第076話 シーナちゃんの覚悟

「これ以上、他の子たちを殺させない」


 シーナちゃんがセオロアを突き飛ばす。

 数歩下がりながらも立っていた彼の左胸からはナイフの柄が生えていた。

 それも、柄しか見えないほど刃が深く刺さっている。

 彼の着ていた真っ白なシャツは赤く染まり始めていた。


 目の前で起こったことに呆然としている私とは対照的に、素早い動きでセオロアがシーナちゃんへ手を伸ばした。

 我に返ってシーナちゃんを結界で覆う。セオロアは結界に阻まれてシーナちゃんに触れることはできなかった。


 その直後に多数の石がセオロアへと飛んでいった。石、と言ったけど30cmはありそうなものばかりでそれなりに大きく勢いもあった。当たればかなりのダメージになるだろう。

 その石をまともに浴びた彼は後方へ押しやられながらも大した反応を見せなかった。石が当たったところは肉を削がれ出血も酷い。なのに、まるで痛みを感じていないようだった。


「これより、ここへ残る方はシーナの捕獲を邪魔する敵とみなし無力化の対象とします。そうなりたくない方は20秒以内にここから出て行ってください。カウントダウンの途中でもシーナを連れて外へ出たり私を攻撃すれば行動を開始します」


 彼は無表情でそう告げた。そしてカウントダウンが始まる。シークくんは動かずにセオロアの近くに立ったままだ。


 外へ出るだけなら5秒もあれば足りる。けれども出て行こうとする者はおらず、むしろそれぞれが武器を構えて臨戦態勢へと入った。

 タタさんはシーナちゃんの手を掴んで引き寄せると彼女を背負ってセオロアから離れた。


 私も身体強化や思考加速を使用してから全員に見えない結界を張って準備をする。

 セオロアに対しては結界から外へ出られないもの、他の結界は出入りが自由にできるものにした。

 1枚だと不安なので5枚ほど重ねる。

 これで抑え込めるとは思わないけど少しでも邪魔をできれば良い。


 各々が動く。

 ミラさんとアントンさんは他の人に強化系の魔法をかけたりそれが終われば攻撃魔法の準備をする。

 ローレンさん、アルさん、タタさんは身体強化魔法を発動させている。


「気休めですが浴びておいてください」


 アントンさんがそれぞれに水筒を投げ渡す。中身は恐らく塩水だ。

 シーナちゃんやシークくん、彼女を背負っているタタさん以外は水筒の中身を被った。


「何でアンタらまで残ってる。奴が人間でなく、半端な力じゃ歯が立たないことくらい分かるだろ。それに『無力化』がいつ『死傷も問わない』に変わるかも分からない」

「その言葉自体が嘘で戦力を分散させることが目的かもしれませんよ。気がつけば隣人が黒い泥人形に成り代わっているかもしれない。それは嫌ですから」


 剣を構えながら言うアルさんにアントンさんが答える。

 アルさんはため息をついた。


「まずいと思ったらすぐに逃げろ」


 そう言った後、アルさんはミラさんへと視線を送った。

 ミラさんがバスケットボールくらいの大きさはある炎の玉を10個同時に作り出すとセオロアへと飛ばした。


「ゼロ」


 セオロアのカウントダウンが終了するとともに彼へ向かっていた炎の玉は凄い勢いで小さくなり消えてしまった。

 それだけでも何が起こったのか分からなかった。


 恐ろしいことに、私の張った結界も外側から順番に消えてしまった。探知魔法も消えた。

 すぐに結界を張り直すも張った直後に消えてしまう。

 ただ、全ての魔法が無効化されたわけではなく身体強化と思考加速の効果は残っていた。


 ミラさんやアントンさんも同じで炎以外にも氷や土魔法を飛ばすもすぐに消滅してしまう。

 そんな様子を見たアルさんは舌打ちをしながらセオロアの元へ駆けて彼を切り裂いた。


 次の瞬間、彼の体は膨らみながら黒くなり、溶けるように人の姿がなくなると粘性のある黒い液体となった。

 黒い粘液の膨らみは止まらず、むしろ加速度的に面積を増やしながらゆっくりとシーナちゃんの元へと向かっている。


 移動を続けながらも黒い粘液の一部がうごめきながら上へ伸びていく。やがて人の形になり色がつくと閉じていた目が開かれた。

 シーナちゃんともシークくんとも違っていながらも、どこか雰囲気が似ている少年少女7人になった。少年は白いシャツと短パン、少女は白いワンピースを着ている。

 全員無表情でただただシーナちゃんを見つめている姿はまるでマネキンのようだ。


 それなりに広いとはいえ、建物の中では戦うことも逃げることにも向かない。今はまだ逃げ回ることができるけどこのまま黒い粘液が増えたらいずれ追い詰められる。

 タタさんもそう判断したようでシーナちゃんを背負ったまま施設の出口へと駆けた。


 セオロアの目的はシーナちゃんだ。逃げればきっと彼らを追うはず。

 だったら2人の足になろうとタタさんを追いかけた。


 出入口の扉を開けたタタさんの足が止まる。


 開いた扉の先、施設の外には一面の黒が広がっていた。

 地面は黒い粘液で覆われ、木々や生えていた草も這い上がる黒に飲み込まれているところだった。

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