第016話 レントナム様のお屋敷
ジェフリーさんがこちらを振り返った。そして下を指差し地面へと下りた。ドルフからの指示も出たので私も屋根から飛び下りる。
地面に着地した音は魔族と戦っている人たちの戦闘の音によって掻き消された。
羽をしまったジェフリーさんについていきながら屋敷の外壁に身を隠して移動する。
「それがお前らの全力か? くだらん、実にくだらんな。少しくらいは俺を楽しませろ。このまま俺を倒せなければ屋敷の人間は全員焼け死ぬことになるぞ。まだ生きているようだがいつまで持つか見物だな」
魔族は挑発するように余裕な声音で煽るように言う。
人の命を使ってゲームでもしているつもりか。沸々と怒りが沸いてきた。
探知魔法の範囲に魔族が入った。分かったことは、その魔族はジェフリーさんと同様に体内に強い魔力の塊のようなものを持っていた。
そして、膨大な魔力を持っていることも分かった。対峙している人たちとは比べものにならないほどに多い。ジェフリーさんも魔力は多いけど魔族と比べたら4分の1程度しかない。
魔力量だけなら魔族より私の方が少し多いくらいだ。
だからといって屋敷の火を水魔法で消せるかと言えばそれはできそうにない。私の使える水魔法は蛇口を捻った時くらいの水が出せる程度だ。
端的に言えば出力が足りない。
大袈裟に例えるならダムほどの魔力を持っていても放出するための穴がペットボトルの口しかないようなものだ。
長く水を出すことはできても1度に大量の水を放出することはできない。
火魔法も水魔法と同じくらいの出力でライターレベルだ。
風魔法は直径2メートルくらいの出力だ。向かい風だと前に進むことが辛いくらいの強風を吹かせることができる。
ただ、風魔法を使ったとしても火の勢いが増すだろうから使えない。
結界魔法は直径5メートルくらいの出力で、ドルフを乗せた私が足場にしてもびくともしないくらいに頑丈な結界を数秒で張ることができる。直径1mくらいの大きさなら最大で5個同時に可能だ。
そうなるとやっぱり結界でどうにかする必要がありそうだ。結界で火だけ吹き飛ばしてみる?
もっと火が回りそう。
酸素を結界で弾くとしたら中にいる人も酸欠で死んでしまう。
それに火災で恐ろしいのは実は火じゃない。
本当に恐ろしいのは煙の方だ。
今から消火方法を考えるよりも煙の排出を考えた方が良さそうな気がしてきた。
屋敷がどこも開かないのであれば煙は中に溜まる一方になってしまう。
屋敷に入れるようになったら2つの結界をそれぞれパイプのように伸ばそう。
1つは新鮮な空気の確保用でもう1つは煙の排出用だ。
出口まで繋がった救助袋と排気ダクトのイメージだ。
対策になるかは分からないものの、1つの案が浮かんだタイミングで屋敷の裏側へと到着する。裏門と裏口がありこちらにも人がいた。
裏門は開いたようだけれど正門と同様で屋敷には入れないでいる。
「どいてください」
裏門をくぐり扉へと駆け寄ったジェフリーさん扉の近くにいる人たちに声を掛ける。大きな声ではないのにどこか迫力があって、扉の近くにいた人たちが慌てて離れた。 勢いはそのままに懐から魔道具のナイフを取り出したジェフリーさんが流れるようにそのナイフを扉に突き立てる。
刃物を木に突き立てたような鈍い音ではなく、ガラスを刃物で突いたような軽い音がした。
直後にガラスが壊れるような音が響いたかと思うとジェフリーさんが扉に回し蹴りを放った。
これまでの頑丈さは嘘だったかのように扉が破壊される。
扉が壊れたお陰で屋敷の中が見える。
あちこちが燃えていて煙が天井に溜まってきている。
ただ、消火活動も行っていたようで廊下のあちこちが濡れていて火も思ったよりは大きくない。
扉から少し離れたところに剣を握った軽装の男性が1人、ローブを着て杖を持った魔法使いっぽい女性が1人、執事服の男性が1人いた。
壊れた扉から3人が出てくる。
「状況は?」
「レントナム様は自室です。お守りしていますがそう長くは持ちません」
「突然あちこちが燃え始めました。水で消える火もあれば逆に勢いが増す火もあります。区別が付かず水で消える火だけを消火するのは困難です。水で消えない火も空気の遮断で消えることは分かっています」
「動けない者は2人、レントナム様と共に部屋で寝かせています。うち1人、バルトは酷い火傷を負っています。もう1人は魔力切れです。俺たち以外にも3人、外へ出られる場所を探しています」
ジェフリーさんの問いかけに対して順番に返答がある。
「レントナム様の元へ向かいます」
「俺たちも手伝う」
扉を壊そうとしていた人たちから声をかけられた。
「感謝します。リヒトとネリアさんは1階で出口を探している者と合流して屋敷から脱出してください。コリーさんはついてきてください」
指示を出しながらジェフリーさんは懐から取り出したハンカチで口元を覆うように頭の後ろで縛る。
この状況とハンカチを見てふと思い出したことがある。
中学2年生の夏に出された宿題の1つである自由研究だ。
夏休み直前に行われた探偵ものの劇場アニメに感化された私は、そのアニメで取り扱われた火災をテーマにした。火災の事例と原因、避難の仕方、対策をまとめた。
火災の時、ハンカチを濡らした方がいいような気がするが、実はそれは間違いだ。
確かに濡らした方がススなんかを防ぐ効果は上がるらしい。でも肝心の一酸化炭素なんかに対してはあまり効果がないという話だったはずだ。
さらに言うなら、濡れたハンカチは口に当てた時に呼吸がしにくくなってしまうというデメリットがある。そのデメリットの方が問題だ。
他に役立ちそうな情報はなかっただろうかと思い出している時、ドルフが私の首元のスカーフを口や鼻を覆うように縛り直してくれた。
指示を出された3人の返事が聞こえて我に返る。私たちは走り出した。
コリーさんというのは軽装の男性の名前だったようで、彼がついて来ている。
必要な結界の種類は4つ。
屋敷の外に設置する必要がある空気と煙の出入り口となるものが2つ。その出入り口まで繋ぐパイプとなるものが2つだ。
まずは屋敷の外に結界を2つ張った。今回も見えないと不便なので薄く色が付いている結界にした。
設定する結界の条件は3つ。
①結界の外から内へ入るもの。②結界の中から外へ出すもの。③それから結界内での移動条件だ。
救助袋の方は屋敷の外に設置した結界で新鮮な空気を取り入れ、パイプとなる結界内だけに新鮮な空気を通す。
排気ダクトの方は屋敷に設置した結界で火と煙を取り込み、屋敷の外に設置した排出用の結界まで通す。
新鮮な空気は結界内だけに留めておく。下手に空気を送り込むと火の勢いが増してしまうと考えているからだ。
……あれ、でもそうしたら屋敷から煙は排出されるけど空気は入って来ないから屋敷の中がどんどん低気圧になる?
低気圧が起こることによるデメリットは?
体調が悪くなるって聞いた覚えがあるな。でも煙を吸うよりはマシなはず。
そういえば高山病も空気が薄くて気圧が低いことで起こるんだっけ。
高山病の方は最悪死ぬこともあるって聞いたような覚えがある。
でも結界は煙を吸い出すようなものではないし急激な変化は起こらないはずだ。
煙が多すぎると感じたら風魔法で排気の結界の中に煙を入れればいい。
悩んだ末、私はこの案を実行することにした。
空気が薄くなったり気圧が低くなることよりも、やはり煙の方が危ないと思ったから。
「すぐに耐火魔法をかける!」
屋敷の外用の2つの結界を張り終えた時に声をかけられた。
見ればローブを着て杖を持った男性が私たちに近づいてきた。
杖が光ったかと思うと私たちの頭上から透けた白いヴェールのような物がふわっと降って来た。
お礼を言って私たちは屋敷へと入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます