第013話 昼食時、ドルフの話

 森で護衛をしてくれた野生のディナルトスたちに別れを告げてドルフの指示に従って平野を進む。


「群れに来いって勧誘されたんだろ。良かったのか?」


 冗談めかして言うドルフに首を撫でられた。

 誘われたのは確かだけどホイホイついていくように思われているなんて心外だとグルグル唸る。


「悪かった。これからもよろしくな」


 私はククッと鳴いた。


 平野になり障害物が無くなったため進む速度が上がった。

 全速力で走りたい欲はあるけどきちんと速度は調整している。


 2時間ほど平野を進むと陽がずいぶんと高くなった。

 森とは違って何かに襲われるということもほとんどなかった。森でのエンカウント率がとても高かったのだと良く分かる。

 近くに川があったので休憩も含めて昼食を取ることになった。


 ドルフもジェフリーさんも慣れた様子で準備をしていく。


「何か手伝えることはありますか?」

「手は足りているのでのんびりしていてください」

「お心遣いありがとうございます。手伝っていただきたいことがあれば声をかけます」


 レクシス様も手伝おうと申し出るが2人から断られて少ししょんぼりとしていた。

 手持ち無沙汰なのか、レクシス様は私の近くに腰を下ろすと私の体を撫で始める。

 体だけでなく手や爪も触られた。


「あのディナルトスたちを見た後だといこともあって、ラナの異質さが良く分かります」


 じっと見つめられたので私も見つめ返しながら首を傾げた。


「彼女が他の生き物に襲い掛かったことはありますか?」

「私は見たことがありません」


 レクシス様の質問に少し思案してからドルフが答える。


 噛みつくなんて嫌だし爪で引き裂くっていうのも嫌だからね。

 戦わないとどうにもならないような状況に追い込まれたら頑張るかもしれない。

 でも、そうでないなら命のやり取りなんてしたくない。


 日本人として平和に生きていた時、命は大切なものなんだって教えられてきた。

 小さな虫とかならともかく、動物を手にかけることは忌避感がある。それに命を奪う覚悟だって持っていない。

 素人にいきなり猟銃を渡して鹿やイノシシを撃てるかと言えばそうではないはずだ。

 少なくとも私だったら撃てない。

 生物の命を奪うというのは怖いと感じるから。


「ラナに食事を与えてみますか?」


 狼の肉を切り分けたドルフがレクシス様に肉片を差し出す。

 昼食は森で倒した狼の焼肉になるようだった。

 目を輝かせたレクシス様が肉片を受け取る。


「どうやってあげればいいのでしょうか?」

「肉をつまんで目の前へ持って行くか、ラナに肉を見せて軽く放ってやれば食べますよ」


 レクシス様は言われた通り肉片を親指と人差し指でつまんで私の目の前に持ってきた。

 私はレクシス様の指に触れないように肉片だけをくわえて肉片を引っ張った。肉片をくわえた状態で上を向いて口を開けて重力に従い落ちてくる肉片を口の中で咀嚼する。


 私の昼食が終わった後、川の水を飲んでから腰を下ろすとじっと馬を見つめた。

 私が見つめると馬もこちらを見ながら左右の耳をバラバラに動かし始めた。視線もうろうろしていて落ち着かないといった様子だ。


 うん、どう考えても好意的な反応ではないよね。


「それにしても即座に崖から飛び下りるなんて思い切ったことをしたな」

「レクシス様はレントナム様の生死に大きくかかわるお方です。それに私以外の方は鎧を着ていました。鎧を脱いで飛び込めるようになるまで時間がかかると思ったのです」


 昼食の準備をしながら2人が会話をする。

 あまり馬を見つめるのも可哀そうになってきたので私は彼らの方へ視線を移した。


「それに思い切ったこと、というのであればドルフ様も相当な無茶をされたではないですか」

「ラナに確認したら大丈夫だと答えたからな」


 ドルフは小さく笑って答えた。

 ジェフリーさんが点火棒で集めた枯れ葉や集めた枝に火を点ける。


「素敵な信頼関係ですね」

「ジナルドからディナルトスとの接し方を教えてもらったことが大きいな。それにラナも歩み寄ってくれた。とてもありがたいと思っている」


 それはドルフが私を大切に扱ってくれていたからだ。


 私が何か言ったり言おうとしたら汲み取ってくれるし、ドルフからの信頼を感じるから私もドルフを信じることができる。

 崖から飛び下りる時も私に聞いてくれて嬉しかった。


「どうにも俺は動物に嫌われやすいようでな。馬はもちろんビリューケルからも威嚇されたり怯えられていたんだ。ラナ以外のディナルトスたちにも威嚇されてしまった」


 ビリューケルってあれかな。ダチョウみたいで馬のように人を乗せていたりする魔物。

 馬と同じくらい良く見るし、会話の文脈からも合ってると思うんだけどな。


 でも本当に不思議だよね、全然怖くないのに。


「だがラナだけは最初から好意的に接してくれた。俺はそれが嬉しかった。大切にしないわけがない」


 そう言ってドルフは私の首を撫でた。


 ドルフからの好意は伝わっていたけどこうして改めて言葉にしてくれるとやっぱり嬉しい。

 私はクルクルと鳴いてドルフの顔に自分の頭を擦りつけた。


「しかし不思議ですね。確かに動物に好かれやすい人や嫌われやすい人はいるようですが、噂に聞くくらいで初めて会いました」

「好かれるなら楽しそうだな」


 嫌われて残念がってるドルフを見るのは悲しくなるけど、モテモテっていうのはそれはそれで嫉妬しそう。恋愛感情とかじゃなくて親友だと思ってる友達が他の人と楽しそうにしてるような嫉妬に似ているのかもしれない。


「ドルフ様はリーセディアにいつから住んでいらっしゃるんですか?」

「生まれも育ちもリーセディアだから30年は経つ」


 初めて聞く単語が出てきた。私たちの住んでいる町はラテルだから、リーセディアっていうのは国の名前かな? いやでも前世で言う県に当たるかもしれない。

 ともかく覚えておこう。


 ドルフは30代なのか。

 この世界の人の寿命ってどれくらいなんだろう。

 それに種族によっても違いそうだし、ドルフの寿命は?


 ディナルトス――私の寿命ってどれくらいなんだろうね。動物の寿命って人間よりは短い印象があるけど、ゾウガメは100年以上生きたりするって聞いた覚えがある。魔法もある世界だしエルフっぽい人もいるから結構長いのかもしれない。そういえば不老不死だとか言われているクラゲがいたような気がしなくもない。


 できれば長生きしてドルフと一緒に過ごしたい。


 もしドルフが死んでしまったら、とはまだ考えたくなかった。

 でも日本と違ってこの世界は危険で溢れている。

 寿命まで生きることができる人自体が少ないかもしれない。

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