第012話 野生のディナルトス

 7メートルはありそうな木々が立ち並ぶ森。空に向かって広がった枝葉に太陽の光が遮られているせいか、太陽の位置は高いのに森の中は薄暗かった。


 整備なんてされているはずがなくてかなり歩きにくい。

 大きな木の根が盛り上がり地表に出てきていたりでデコボコしている。草も生え放題で虫を踏んだりもして最悪だ。

 当然、そんな道とも言えないところを通っているため進むスピードは遅い。


 ある植物があると迂回するようにドルフの指示が出る。

 その植物とは3メートルはありそうな高さがあり、その先端にはタンポポの綿毛のようなものが無数についている。見た目はとても可愛らしい。

 しかし迂回する理由のある危険な植物なのだろう。


 そういえば地球にも触ってはいけない植物があったな。

 動画投稿サイトのオススメに出てきて何となく見た動画で紹介されていた。

 そういう植物なのかもしれない。私はその植物にマークを付けて探知魔法で表示されるようにした。

 いくつか反応はあるけど動けないほど多くはない。


 狼の群れや3メートルはあり人間すらパクリと食べてしまいそうな大蛇と戦闘になったが難なく乗り切ることができた。 


 ドルフはもちろんのこと、ジェフリーさんも強かった。馬車の扉を切り取ったナイフの切れ味は健在だ。

 と言ってもドルフの槍と違ってナイフだと馬に乗ったままでは攻撃対象まで届かない。なのでかなり近づかれた時か硬そうな相手が現れた時に使われている。


「良く切れるナイフだな。魔道具か?」

「はい。多少の硬化魔法くらいなら、ないと同様に切り裂けます」


 戦闘を終えた時に2人の会話を聞いて納得した。

 扉を切り取ったのを見た時、硬化の魔法をかけているのにどうしてと疑問だった。

 結界はどうなんだろう。もし切れるんだったら怖いな。


 そしてジェフリーさん、魔法でも戦えるタイプの人でした。


 いきなり氷のナイフが空中に現れて飛んで行った時は凄く驚いた。

 今のところ最小で3本、最大で21本のナイフが同時に現れた。そこまで大きくないナイフで攻撃力を上げるためか、3本で1組として同時に動く。

 命中率も高い。動きとしては直線的で追尾したりはしない。


 そんなことを考えていると私たちを囲むように魔物の反応が近づいてくる。

 いやでも、風に乗って流れてきた臭いはかなり覚えがある。

 警戒を促すためにグルグルと唸る。


「囲まれたか」


 ドルフも気づいているようで、止まるように指示を出された。周囲を警戒していると見覚えのある姿が見えた。


 ディナルトスだ。


「どうしますか?」

「ラナの前で彼らを殺したくはないが、手加減のできる相手でもない。襲われたら他の魔物と同様に対処しよう」


 2人の会話が聞こえる。

 気を遣わせて申し訳ないと思う反面、凄く助かる気遣いだ。


 正直なところ、他の生き物が目の前で倒される光景にはまだ慣れていない。

 ガルたちが生きた牛や豚を襲って食べる時も目をそらしているし、襲い掛かってくる生物が倒される時も気持ち悪さがある。


『お前は人間を背中に乗せて何をやっているんだ?』


 姿を現した1匹のディナルトスが私を見て言った。


『彼らを運ぶ仕事をしています』


 とりあえず見知らぬ人にあった時には丁寧な対応を心掛ける。

 今のところ彼から敵意は感じない。けれど保険として自分たちの周りに結界を張っておく。


『無理に従わされているわけじゃないのか?』

『はい。私は自分の意思で彼らに協力しています』


 ガルたちのことしか知らない私は他のディナルトスがどのような基準で動いているのか分からない。だからどう答えることが正解かも分からない。でも、可能な限りは正直に答えたい。嘘をつくのは心が痛いからね。


『そうか。だったら困っていることはないか?』

『え、うーん……色々と襲われて大変です』


 答えてから言っても良かったのだろうかとそのディナルトスの様子を窺う。


『なるほど、だったら俺たちが護衛しよう。どこまで行くんだ?』

『ありがたい申し出なのですが、お礼はできませんよ』


 何で親切にしてくれるんだろう。私がディナルトスだから?

 ただより高いものはないと言うしちょっと怖いなぁ。


『これも何かの縁だ。別に何かを要求するつもりはない。手に負えないような事態になったらさすがに逃げるけどな』

『だったら無理のない範囲でよろしくお願いします。このままの方向に進んで森から出たいんです』


 私が言うとそのディナルトスは了承した。


『そういうわけだてめぇら! レディーとその仲間を守るぞ』


 そのディナルトスが声を上げると周囲のディナルトスから返事が返ってくる。


 あれ、これもしかして異性として優しくされてる?

 今は考えなくてもいいか。お礼できないとも言ったんだから。


 私とずっと話していたリーダーらしきディナルトスが走り始める。

 方向は私たちの進行方向だ。


「彼らは大丈夫なのか?」

「ク~? ククッ」


 ドルフに尋ねられた私は少し悩んで『分からない』と小さく『肯定』を返した。たぶん大丈夫って意味なんだけど通じるかな。


「今の鳴き方はどういった意味が?」

「確定的ではないが、一応は信用しても良いという意味合いだろう」


 通じているようで良かった。


『6時の方向からボア。大きさ的に俺ともう1匹で対処できる』

『4時方向から毒トカゲ。奇襲の囮役、よろしく』

『10時、石イノシシ。ジャンプ台』


 彼らが護衛をしてくれるようになるとそんな感じで鳴き声が飛び交うようになった。ドルフたちが戦う必要もなく進めている。

 驚いたのは戦略の多さだ。何匹かで組んで戦うことを基本に、囮役が注意を引きつけて回り込んだ他のディナルトスが襲いかかる、木の上に登ってその木の近くまで対象を追い込んだところに空からの強襲、ディナルトス2匹を足場に跳躍した1匹が落下や自重を生かして爪で切り裂いたりもしている。

 敵に襲い掛かっていく姿には迷いがなく返り血を浴びている姿は、獰猛で肉食獣らしかった。


 え、野生のディナルトスってこれが普通なの?

 これなら確かに怖がられたりしててもしょうがないような気がする。


「敵対しなくて良かったです」


 ジェフリーさんの言葉にドルフは頷いた。


 彼らに護衛されて森を進むと一気に視界が開けた。

 森を抜けた先には特に何も無さそうな平野が広がっていた。


『この先はそう襲ってくるのもいないはずだ。俺たちは森へ戻ろうと思う』

『ここまでありがとうございました』

『その仕事とやらが終わったら俺たちの群れに来ないか?』


 最初に話したリーダー的なディナルトスが私をじっと見る。


『ごめんなさい。私の群れは彼らです。もし、私に行く場所が無くなった時はよろしくお願いします』

『そうか。分かった。その時はよろしくな』


 少し残念そうに言いながら彼は近づいてくると私の首元に頭を擦り付けた。


 良かった。『だったら今のお前の群れを消してやる!』みたいな展開にならなくて。1割2割はそんな展開になるんじゃないかなと警戒していた。

 でも彼らは紳士的だった。

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