第034話 召喚術について

「エリック殿、このロレット――」

「ドルフ殿」


 険のある呼び掛けに、ドルフは弾かれたように振り返って彼を見た。

 エリックさんはとても真面目な顔をしている。


「何でしょうか?」


 その雰囲気にドルフは怪訝そうな顔で尋ねた。


「差し出がましいながらも1つ忠告を。神や神として扱われているような存在の名は軽々しく口に出さない方が良いです。何がきっかけでこちらに干渉してくるか分かったものではありませんから」


 人差し指を立てて自分の口元へと持って行くと、「シー」と言うように口をすぼめた。冗談めいた雰囲気は一切なく真剣な顔だ。

 リオルさんは顔を青くしてコクコクと何度も頷いた。


「名を呼ぶだけでですか?」


 そんなことはないだろう、という否定的ものではなくそんなことで? と少しの驚きがあった。


「えぇ、名を呼ぶというのはもっとも簡易的な召喚術です」


 召喚術士であるエリックさんの言葉にはそれだけで説得力がある。

 でもエリックさん、マルメを召喚した時は名前すら呼んでなかったよね?


「先ほどの水塊が何らかの方法で召喚されてしまった、という可能性はありますか?」

「その可能性が高いと思っています。ですがそれは、俺が召喚術士だからかもしれません」


 だから客観的におかしいと感じたことは言って欲しいです、と前置きしてからエリックさんは話し始めた。

 前提として、召喚獣というのは召喚術を通して呼び出した生物の総称なのだそうだ。


「召喚術の観点で考察するのであれば、媒体は水差しの水、捧げものは皿に乗っていたはずの食べ物、召喚方法は名を呼んでしまったこと、が考えられます」


 その他の用語についてもエリックさんが簡単に説明してくれた。


 媒体というのは、依り代を必要とする召喚獣を呼び出す場合に必要となる素材のことだそうだ。召喚獣はその素材に取り憑く形で姿を現すのだという。

 次に捧げもの。これは召喚獣へ支払う対価のこと。

 そして召喚方法について。言葉の通り、何がきっかけで召喚が行われたかという意味だった。


 つまり、報告書作成のために呟いた神様の名前がきっかけで、飲み水を含むジナルドの朝食を犠牲にあの人形の水塊は召喚されてまった、と。


 そんな偶然ある!?


「……確かにジナルドは報告書を作成する時に悩んだら文章を口に出す癖があります」


 それ自体は分かるよ。口に出しながら言い回しがおかしくないかとか、ちゃんと伝わるか考えたりするよね。


「本来であればこのようなことは滅多に起こりません」


 名を呼ぶ、といった召喚方法とは別に召喚形式というのがあるそうだ。

 代表的なものは3つ。


 1つ目は召喚術士が召喚獣に呼び掛けて、召喚獣もそれに答えて姿を現すというもの。

 2つ目は召喚術士の意思を無視して、召喚獣が強引にやってくるというもの。

 3つ目は召喚術士が召喚獣の意思を無視して強制的に召喚するというものだ。


「今回だと2つ目に該当するでしょう。そして、その形式だと召喚術にかかるコストを召喚獣が全て負担することになります」


 まぁ、ジナルドが意図的に呼び出したようには思えないもんね。


「雇用契約を思い浮かべてもらうと分かりやすいかと。雇い主は仕事内容を説明し報酬を提示し、それに納得した従業員がやってきます。今回の場合、従業員は何の説明も受けないまま、呼ばれたからという理由だけで現場へとやってきたようなものです。出向くための費用を全て自分が負担した上で」


 確かに普通だとあり得ないように感じる。

 でも、状況次第ではそうおかしいことでもない。


「従業員はすでに現場の近くにいた、現場もしくは雇用主のことを知っていた、報酬などの見返りを求めていない。これらの場合、事情が変わってきます」


 今回の場合はこれなんじゃないかな。

 リステラ症候群を起こしている犯人はすでにラテルの状況を知っていた。

 そのラテルで自身の名前を呼ばれた。自身についての情報が洩れる前にジナルドを眠らせた。

 これなら呼ばれただけでやって来た理由として考えられる。


「仮にリステラと呼びましょう。彼女が依り代にしていた普通の水になっているようですが、その場合だとリステラはどうなるのでしょうか?」

「依り代に憑く召喚獣の場合、依り代が壊れたとしても本体が損傷するようなことはありません」


 まぁそうだよね。


 その後、ドルフはエリックさんに対していくつかの質問を行った。

 本体の居場所を調べることはできるのか。依り代から本体の力量を推測できるか。

 ただ、残念なことに収穫はあまりなかった。


「召喚形式の1つ目でリステラを呼び掛け、対話することはできませんか?」

「呼び掛けることは可能かもしれません」


 だったら安全に目的を聞き出せるかもしれない。


「人々が一斉に倒れた直後、リステラが発した言葉のような音の意味は分かりましたか?」


 エリックさんの問いかけにドルフとリオルさんは首を横に振った。


「呼び掛けることはできても、会話できるとは限りません。あまり良い方法とは言えないでしょう」


 彼の言うことは最もだった。


「少しでもリステラのことを知るためにも、そちらにある資料と思われる書類を確認してもよろしいでしょうか?」


 エリックさんの申し出に、ドルフは断りを入れてから紙の束を手に取った。マルメが内容を映さないようにしていたため、何をどう確認したのかは分からない。

 見せても問題ないのか、今は仕方ないということなのか。

 ドルフがエリックさんに紙の束を渡した。


「ありがとうございます」


 エリックさんは綺麗に微笑むと両手でその紙の束を受け取った。


「あ、僕も読みたいです」


 控えめながらリオルさんが主張し、部屋から出てきた。


 エリックさんは頷いた後、マルメと紙の束を視界に入れながら表紙から順番にめくっていく。

 私とリオルさんはその紙の束を覗き込んだ。

 1枚をめくるのに1秒もかかっていない。

 5分も経たずに全てのページをめくり終わった。

 そしてリオルさんに紙の束を渡した。


 え、それで読めたの?


 そんな疑問を浮かべた時、ちょうどドルフたちも部屋から出てきた。


 その直後、マルメが青く発光した。

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