番外編 リオルの半生
彼はこれまでに3つの集団の中で生活を送ってきた。
1つ目は生まれ育った村。恐れられ石を投げられるようになり自ら出ていった。
2つ目は傭兵団。囮として魔物の前に突き飛ばされた。
そして現在はラテルの調査団に属し生活の基盤となっていた。
これまでの失敗を繰り返さないよう細心の注意を払って日々を過ごしている。
同僚を始めラテルには優しい人が多い。小柄なリオルを気遣って料理を多めによそってくれたり、買い物をすればおまけをつけてくれることがある。ちゃんと食べているのかと何度言われたか分からないほどだ。
今後も変わらず過ごしたいからこそ、秘密がバレるわけにはいかなかった。
リオルはその体に悪魔を宿す【悪魔憑き】であった。
きっかけは住んでいた村が盗賊に襲われたことだった。
リオルの父親は司祭で呪具の呪いを払ったり祝福をかけることを生業にしていた。
そんな父の元へ持ち込まれた1つのネックレス。そのネックレスには悪魔が封じられていた。
悪魔を払うことは難しく、時間をかけて悪魔を説得しているところだった。
そんな時に盗賊の襲撃を受けた。母親は殺され、父親も致命傷を受けた。
リオルの父親は悪魔と取引をした。息子を助けて欲しいと悪魔に願った。
悪魔はリオルに取り憑き、目下の危険を排除した。
リオルの体を使って盗賊たちを殺し回ったのだ。
人外の力を見せるリオルに戦意を喪失する盗賊。彼らの命乞いすら聞き入れず、悪魔は冷酷に首を跳ねた。
盗賊を全滅させたことで村は救われた。
村人たちはリオルに感謝をしたが、その日を境に彼への態度を一変させた。
避けるくらいなら優しいくらいで、恐怖に怯え化け物を見るような目を向ける者もいた。
やがて、リオルのせいで盗賊に襲われたのだと言われるようになった。
広がり始めた噂は止まることなく、時間が経つほどに酷いものへと変わっていった。
【悪魔憑き】だと言われ、村で何か悪いことが起こるとリオルのせいにされるようになった。
ついに石を投げられるようになり、リオルは村を出ることに決めた。
村を出て森の中を歩いているとディナルトスに遭遇した。
『人間の子どもだ。ご馳走だ』
悪魔を体に宿してから様々な生物の言葉が分かるようになった。
聞こえてきた声も内容も人間のものではないことがわかった。
『人間は下手に敵対すると厄介だ。大した爪も牙もないくせに武器を持っていたり魔法を使う』
『見逃すのか?』
2匹の会話にリオルはそうなって欲しいと祈った。
『いや、追いかけ回して決して休ませず、疲れた時に仕留めればいい。寝ている時でもいいな。仲間を呼ぼう』
しかしその祈りが届くことはなかった。
(殺そうか?)
正確には、悪魔へは届いていたが彼に頼るつもりはなかった。
リオルは父親から悪魔の怖さについて聞いている。本当に危なくなるまでは自力でどうにかしようと考えていた。
仲間同士の会話の通り、彼らがリオルを襲うことはなかった。ただ執拗に逃げるリオルをどこまでも追ってきた。
深く眠る時間すらなかった。
うっかりと眠りこけた時、悪魔に呼び掛けられて目を覚ましたことがある。すぐに目を開ければ手を伸ばせば触れられる距離に口を大きく開けたディナルトスがいた。
あの光景は今になっても悪夢としてリオルを苦しめていた。
森を出れば彼らは追ってこなかった。
そしてリオルは2つ目の集団、傭兵団に拾われることとなった。
傭兵団では【悪魔憑き】である特性を生かし、翻訳を勤めた。
あちこちを渡り歩く傭兵団にとってリオルは便利な存在だった。
それなりに可愛がられ、リオルを気にかける傭兵もいた。
傭兵団のリーダーもリオルを評価していた。
その反面、戦わずに少なくない給金を得ているリオルに対して否定的な感情を抱いている傭兵もいた。
その溝が、リオルの命を脅かした。
想定外の強力な魔物に襲撃されて撤退するとなった時、リオルは共に行動していた傭兵の1人に突き飛ばされた。
貧弱なリオルは突き飛ばされたことで体勢を崩して無様に地面へと転がることとなった。
場所が洞窟だったこともあって魔法使いが洞窟を塞ごうとしていた。
リオルを犠牲に魔物の注意を引きつけることに成功した傭兵たちはその命を繋ぐことができた。
魔物は目前で、リオルにはなす術がなかった。
気が付くと体が勝手に動いていて魔物を切り捨てていた。
リオルは自身を突き飛ばした傭兵の顔を忘れることができなかった。彼の顔に罪悪感はなく、嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべていたのだ。
他の傭兵たちもリオルを囮にしたことに対して何の罪悪感も感じていないようだった。むしろ好都合とばかりにリオルを生贄とした。
リオルは生き残ることができたが、傭兵団と合流したところで要らぬ軋轢を生む。何より、これ以上傭兵団を信じることができなかった。
リオルは傭兵団を抜けることに決めた。
そして3つ目、現在の集団に属することとなった。
リーセディアは各国のはぐれ者が集って作れられた国。平等を謳った国だ。得意不得意による選別はあれども種族を理由にした差別は禁じられている。
リーセディアであれば、【悪魔憑き】だとバレることがあっても受け入れられるかもしれない。そんな期待を抱いていた。
リオルはリーセディアにあるラテルという町の調査員として採用された。
村に属していた時の経験を生かして悪魔にしっかりと言い聞かせて表へ出ることを許さず、傭兵団に属していた時の失敗から表立った行動は避けてきた。
そんなある日、ラテルは襲撃を受けた。
リオルは目立たないようにしながら魔物を倒し人々を助けた。
そして、ドルフを背に乗せ町を駆けながら結界を張って人々を守るラナを見た。
魔法を使う魔物もいるが、ディナルトスは違う。
しかし、変異種であればおかしいことではない。
変異種について未だ詳しいことは分かっていない。だが同族と比べて能力が非常に高いことが多く、魔法を使わない種族であっても魔法を操ることがあることは知られている。
また、狂暴性が増す場合もあればそう変わらない場合もある。
幸いにも町は守られた。
その後、ラナを調べようと言い出した者がいた。実際に調べようとしたが、ラナが嫌がったため中止となった。
「あの、ドルフさん。ラナって魔法を使っていましたよね。恐らく変異種です。恐ろしくはないんですか?」
ある時リオルはドルフへ質問をした。
「確かにラナは一般的なディナルトスではないかもしれない。だが彼女はとても大人しく優しい性格だ。恐ろしくはないし、魔法を使えることも含めて彼女の個性だと考えている」
そんな考え方は無かったリオルは目を丸くした。
「ラナの魔法をもっと活かそうとは考えていないんですか?」
「状況次第では今回のように頼ることもあるだろう。いざという時のために訓練しておくことも考えてはいる。だが、ラナの能力を大っぴらにすることは考えていない。不要なトラブルを招いてしまう恐れもある上、これまでラナが隠してきたことだ。大切な相棒だからこそ、彼女の意思を尊重したい
どれほどドルフがラナを大切にしているかをその言葉の端々からリオルは感じた。
リオルにはそれが眩しく、羨ましかった。
「お話、ありがとうございました。とても素敵だと思います。ラナは幸せですね」
微笑みお礼を告げた後、リオルはドルフと別れて部屋へと戻った。
ディナルトスとして普通ではないラナ。人間として普通ではない自分。
ドルフであれば【悪魔憑き】だと知られたとしても、これまでと変わらない態度で接してくれるのではないかとリオルは思った。
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