第24話 裏切り ※神宮寺視点



※神宮寺視点





「……んあ?」




 目を覚ますと時間は昼を過ぎていた。

 体を起こすと、まだ頭が痛い。




「くそ、呑み過ぎた……」




 ホテルに備え付けられてる冷蔵庫を開け、水を取り出し一気に飲み干す。


 ベッドを見ると、ここへ一緒に入ってきたあの女がいなくなっていた。




「もったいねえな、酒で酔っぱらって覚えてないとか」




 ホテルに入るまでは覚えてるんだが、犯ったかどうかは覚えていない。

 あんないい女としたのを忘れるとか、ついてねえ。だがまあいい、次に会ったときにまたすれば。




「あ……?」




 足下に散らばった一万円札。

 なんでこんなところに、つか、俺のかこれ。




「あの女が財布からパクろうとしやがったのか? くそ、覚えてねえ……」




 ただ気にはなる。

 俺はパーティーに参加する奴らを管理している、あいつに電話した。


 プルルルル、プルルルル。


 いつもは昼頃でも電話には出るはずなんだが、何度かけても繋がらない。




「出掛けてんのか? ったく、携帯ぐらい持って出歩けよ」




 神崎まどかにかけた通話を終了して、ベッドにスマホを投げようとした。シャワーを浴びに行こうと思って。


 だが、




「なんか、めちゃくちゃ通知来てんな」




 SNSの通知がいつもより来てる。

 なんかの暴露ネタの反響か? いや、あのマルモロの件は一先ず落ち着いたから、今さら盛り上がるわけないが……。


 と、画面がいきなり着信画面に変わった。



「まどかじゃねえ、誰だ……?」




 相手の名前を見ると、大学時代から面倒見てやってる後輩だった。




『じ、じじじ、神宮寺さん! 大変ですっ!』


「うっさ……頭痛てえだろ」


『す、すみません、で、でも……配信サイト、見てください!』


「配信サイトを見ろっていきなり言われても」




 手持ちバッグからタブレットを取り出し配信サイトを開く。




「で、何を見ればいいんだよ?」


『VTuberの弧夏こなつカナコの、今やってるLIVE配信です!』


「あいつの……?」




 何であいつの配信?

 こいつには、奈子メイのことは話してないんだが。


 俺は奈子メイの配信を見る──そして、一瞬で頭痛が吹き飛ぶような衝撃を受けた。




「なん、だよ……これ」




 配信のタイトルは『地獄代行通信を運営する神宮寺に、後輩が暴力を振るわれました』というタイトルだった。




「おい、なんだよこれ!?」


『自分もよくわからなくて、そ、その……視聴者数が凄くて、それにSNSのトレンドにも入ってて! あ、ああ、あと──』


「クソがッ!」




 俺はスマホを投げ、奈子メイの配信を再生した。




『──まずは、この音声を聞いてください』




 配信は途中からだからよくわからないが、奈子メイの声と、もう一人の女が微かに聞こえるように泣いているのがわかった。


 そして、謎の音声が流れた──。




『──おら、とっとと股を開けよ!』


『いやっ、止めてください!』


『いいから股を開いて懇願しろや! 神宮寺様の大きくて硬いアレを挿れてくださいって!』


「なんだよ、これ……おいっ!」




 どうみても男の声は俺で、もう一人の女の声は昨日のあの女だ。

 だがこんな会話をした記憶はない。




『いや、いやですっ! 離してください!』


『金か? 金が目的か? どんだけ金が欲しいんだよ、この貧乏人が。十万か? 二十万か? お前ぐらいの顔と身体の女なら、十万が相場だな。拾えよ、おらっ!』




 ──パラパラ。

 と、札をばらまいた音。

 もしかして床に散らばっていたこの札って……。




『神宮寺さんはいい人だと思ってたのに……』


『ああ? いい人だろ。お前みたいなアレをしゃぶるぐらいしか取り柄のない女に、こうしてお小遣いをやるって言ってんだからよ。おら、いいから早く犯らせれよ!』




 プツッ。

 音声が止まった。

 一分程度の音声を聞いたコメント欄には、茶化す雰囲気を出す奴は一切おらず、ほとんどの反応は絶句という言葉がピッタリな感じだった。




『声を聞いてわかったと思います。男性は地獄代行通信を運営する神宮寺さんで、女性の声はカナに相談してくれた瀬名菜々香せなななかちゃんという子です』


「瀬名菜々香って誰だよ!?」




 初めて聞く名前だ。

 だがあの女で間違いない。

 どうしてそんなよく知らん奴が、奈子メイと一緒にいやがる。




『菜々香ちゃんはカナの後輩で、彼女も配信者として活動していました。そんな彼女は知人の紹介で、神宮寺さんが主催を務めるパーティーに出席したそうです。だよね、菜々香ちゃん』


『はい……。そこには、配信者の人が大勢いました。みなさんが知ってる有名な方も……。そんな人たちから配信者としてのノウハウを学べたらと、そう思って行ったんです』


『だけど、神宮寺さんに見返りとして、さっきのことを要求されたんだよね?』


『……』




 女のすすり泣く声が聞こえる。




『パーティー会場の近くにあるホテルの部屋を取ってるって、言われました……。神宮寺さんから『色々と教えてやる』って。……それで、怖くて。他の参加者に、助けを求めたんです』


『それで、他の人は?』


『みんな、見て見ぬふりでした。止めるのが怖かったのか、それとも見慣れた光景だったのかは……わかりません』


『……神宮寺さんは酔ってたの?』


『ううん。お酒は苦手だって言ってたから』


「はあああ!?」




 おい、このクソ女なに嘘ついてんだよ!?


 そう思い、タブレットを持つ手に力がこもる。




『菜々香ちゃんから相談されたのは次の日……今日の朝でした。泣いている菜々香ちゃんから相談を受けました。それでこの件を、カナが所属するGG株式会社に相談して、警察に被害届を提出することにしました』


「おいおいおいおい、待て待て待ってくれって!」




 警察!? 警察って、いやなんでだよ!?




『本来なら警察に全てお任せして、配信でお伝えしなくてもよかったかもしれません。菜々香ちゃんにも、配信で音声を流すことで深い傷を抉ることになるかもしれません。でも……菜々香ちゃん』


『……もしかしたら、証拠が無くて無罪になるかもしれないと思ったんです。そうなれば、きっと報復されます……。それに被害者は、私だけじゃないと思いました。同じく配信者として頑張っていこうと思っていて、あの人……神宮寺さんに、強要されたんじゃないかって』


『だからこの場で、みなさんにお伝えしました』




 配信はまだ続いている。

 だがそれを見ている余裕はない。


 コメント欄は更に悪化していた。

 二人を心配するファンの声。女を性処理の道具のように扱う俺を嫌悪する女たちの声。面白がって燃やそうとする馬鹿たちの声。

 そして──今まで俺が暴露してきた配信者たちのファンが、反撃するように俺を断罪しようとする声。




「クソッ……完全に俺が悪者じゃねえか」




 俺のリスナーは何してんだよ。

 こういう時に擁護すんのがファンだろ。


 そう思って、いつもネタを提供してくれているリスナーのSNSを見る。



『あー、なんかヤバいことやってるんじゃねえかと思ってたんだよね』

『さすがにこれは……まっ、ファンじゃないから関係ないけど』

『犯罪者確定。これからは刑務所から地獄代行通信をしてほしい、まあ頼む奴は誰もいないけど』




「クソがあああああッ!」




 勢いよくスマホをベッドに投げる。


 今まで俺が楽しませてやったってのに、なんだこいつら、速攻で手のひら返ししやがった。

 どうする。どうすんだよ、これ。


 俺はスマホを操作して電話をかける。

 神崎まどかはまだ出ない。クソッ、肝心なときに使えねえ女だ。


 俺は大学時代の後輩に連絡する。




「おい、あの女を紹介したのは誰だよ!?」




 こいつには、パーティーの参加者の管理をまどかと一緒に任せていた。あの女がどうやって侵入したのか、まずはそれを明らかにしねえと。




『え、えっと……』


「早くしろって、おいっ!」


『えっと、その……あっ、神崎さんです! 神崎まどかさん!』


「神崎、まどか……だあ!?」




 あの女なにしてくれてんだよ!?

 もしかして知らなかった? いや、知っていて通したのか?

 まさか裏切った!? 最近構ってやってねえから、拗ねてこんな馬鹿なこと……。


 使えねえ女だとは思っていたが、とんだ疫病神だったとは。




「おい、あの女の居場所はどこだ……?」


『え、知りませ──』


「それぐらい調べろよッ! 何のためにお前がいんだよ、なあッ!?」


『……』


「他の奴らにも至急伝えろ、全力で神崎まどかの居場所を探せって! 見つけられなかったらお前ら、俺が作る会社で雇ってやるって話しは無しだからな!」


『……はい』


「居場所がわかったら教えろ、いいな!?」




 ──ブツッ!


 苛立ちから、貧乏揺すりが止まらない。


 大丈夫、大丈夫だ。

 問題ない。もしも警察が動いたとしても、あれは偽装だで押し通せる。なんたって証拠がないんだから。

 それにパーティー会場にいた奴らは俺と一蓮托生だ。あんな女いなかったと言わせればもみ消せる。

 いや、つかむしろ酒を呑んでなかったとか嘘ついたあいつの方が、虚偽報告? とかで問題に……訴えられるんじゃねえか?


 ああ、問題ない。


 それよりも問題は配信活動をどうするかだ。

 弧夏カナコのコメント欄は大荒れだ。俺を断罪しろとか、完全に俺を悪者扱いにしやがった。

 おそらくこの状況で弁明配信しても、火に油を注ぐだけだ。


 であれば──。




「まどかを見つけて、あの女──瀬名菜々香を脅してやればいい」




 もう人前に出れないぐらいに犯してやって、配信で言ったことは全て嘘だと証言させればいい。

 ああ、そうだ。そうしよう。

 弧夏カナコについては、過去のあのストーカー野郎との関係を暴露されたくなくてやったとか、そういう筋書でいけばいける。

 うちの馬鹿リスナーたちなら、それで騙せるだろう。

 まどかについても一度抱けば満足するだろ。ムカつくから気乗りしないが、これからも駒として使っていくには仕方ない。




「なんとかなるじゃねえか、チッ……焦らせやがって」




 そうと決まれば、後輩たちにまどか探しは任せて、シャワーを浴びるか。無駄に汗かいちまったからな。









 ♦










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