第32話 盗聴器




 相良さんが言ったように、会議の中で多く話されたのはこの件だった。


 便利な世の中になった昨今、家にいたまま料理の出前を届けてくれるサービスは大きく発展した。

 多くのお店で頼めて、メニューの種類も様々で、デザートの出前なんかもしてくれる。


 そんなお手軽なサービスだからこそ、配信者をする多くの者も利用する。理由としてはおそらく、家からあまり出ない職業だからだろう。

 一般的な仕事であれば朝会社に行き、昼はお弁当であったりランチに行ったり、夜は会社の人と飲みに行ったりスーパーで買い物をして自炊する。


 だが配信者の多くは、家から出ずに一日が完結する場合が多い。

 ゲーム配信者であれば家でゲームするのが仕事だ。

 わざわざ家を出てお店に行ったりスーパーで買い物をしたりせず、家で待つだけで、手軽にお店の料理を届けてくれる出前のサービスを利用する者は多い。


 そういった配信者を狙って、今回の議題でも上がった個人情報の流出だったりストーカー行為をされるといった被害が最近になって数件だが起きるようになったという。


 どうして知られたか。その理由はおそらく、インターホンで声がバレたのだろう。

 全くのファンであれば気付かないことであっても、その配信者の大ファンであれば声を聞いただけで気付ける。

 顔出し配信をしていない者であれば、インターホン越しに声を聞いたら「あれ、この声もしかして」といつも聞いていた声と同じだと気付く。

 その結果、相手に自宅を知られ、顔を見られ、本名も住所も知られる。


 前に俺が聞いた話では、商品の受け渡し時に「○○さんですよね? サイン貰っていいですか?」と玄関先で言われた配信者がいた。

 もしも断ったりして、その腹いせで本名や住所をSNSとかで載せられたりしたら大変だと思って応じたが、その配信者さんはそのことが忘れられず、結局は怖くなって引越したのだとか。




「橘くんも担当のタレントさんに注意喚起しておいてね」




 会議が終わり解散すると、相良さんにそう言われた。


 幸いなことに被害にあってるのはうちの会社の所属ではないが、これから被害にあう可能性あるだろう。

 俺は彩奈に連絡をする。




「もしもし、今大丈夫か?」

『うん、大丈夫だけど。どうかしたの?』

「いや、実は……」




 今回の件を伝えると、終始、彩奈は『はあ』とボーッとしたような返事をしていた。




「というわけだから、まあ気を付けてくれ」

『気を付けるけど、私今まで出前とか頼んだことないんだよね』

「そうなのか? 食事とかは」

『え、自炊だけど。だって出前って高いじゃない。自分で作った方が安く仕上がるから』




 な、なるほど……。

 まあ確かに彩奈の言う通りなんだけど。会議でも配信者は出前を頼むものみたいな感じで話が進んでたから、俺もそうだと錯覚してしまった。




『それに美容やファッションの配信者が出前ばかりだと示しがつかないわ。出前で頼める料理が悪いとは言わないけど、ちゃんと栄養を考えて食事を取らないと。朝昼夜ってしっかり三食を──』




 彩奈の意識が高いのはわかるけど、なぜだろう、説教をされてる気分だ。




『というわけだから、私は心配ないわね』

「そ、そうか、だったらいいけど……。くれぐれも個人情報を出す場面とか、周囲の目とかには気を配ってくれ。何があるかわからないんだから」

『はーい、わかりました。大丈夫だと思うけど気に掛けておくね』




 そんな他愛もない会話をして電話を切る。

 まあ、彩奈に関して、少し考えれば問題ないのはわかったか。

 というよりこれに関しては燈子さんも料理をするタイプだし、メイに手料理を振るわれたことも何回もある。


 とはいえ、忠告だけでもしないとな。

 俺は燈子さんに電話をかける。だが。




「あれ、出ない」




 時間は昼前。

 いつもは起きてる時間帯なんだけど。




「出掛けてんのかな」




 出掛けていて着信に気づいていないのかもしれない。

 また後で電話するということで、先にメイに連絡しよう。

 そう思ったタイミングで、メッセージが届いた。相手はメイだった。




「……俺の体に盗聴器とか付いてないよな?」




 メッセージを確認すると、内容は『お昼ご飯を作ったので今から家に来てください!』というもの。

 俺はスーツのポケットや襟なんかを確認してから、彼女の家へ向かった。















 ♦





















「いらっしゃいませ、先輩♡」




 扉を開けた瞬間、勢いよく抱き着かれた。

 家にいるだけなのだから、ちゃんと化粧をしなくても、オシャレな服を着なくてもいいのではないかと思う。

 いや、男性の考えと女性の考えは違うか。




「なあ、メイ……俺の服に盗聴器を付けてないか?」

「え? いえ、付けようと何回か思いましたが、まだ付けてはいないです」

「まだ……」

「それで、なんでですか?」

「いや、ちょうどメイに電話しようとしたときにメッセージが届いたから。それに食事関係の話だし」




 そう伝えると、メイの表情がパアッと明るくなる。




「もしかしてメイを食事に誘おうとしてくれていたんですか!?」

「いや、そうじゃなくて」

「もうもう、先輩ったら。そういうことなら早く言ってください。先輩のお誘いならいつでも大歓迎です。あっ、なんなら毎日お弁当を作って──」

「いや、大丈夫。大丈夫だから……」




 お弁当なんて作ってもらったら、次に待っているのは「じゃあ、朝届けるの大変なので今日からメイの家で暮らしましょう」だ。




「それより、誰か来てるのか?」




 玄関にはメイの靴ではないものがあった。




「はい、菜々香ちゃんが来てるんです」

「え、菜々香さんが?」

「は、はい、お邪魔してます……」




 ふと、リビングから声がした。

 菜々香さんが少し顔を赤くさせながらこちらを見ている。




「どうも、菜々香さん」

「ど、どうも、です……」




 少しだけ距離を感じる挨拶。

 派手な見た目とは違って大人しい性格の彼女だから平常運転かもしれないが、俺に抱きつくメイを見て困惑してるのだろう。




「あの、菜々香さん。これは」

「あ、あああ、あの、お二人ってその……」




 おそらくそういう関係だと思っているのだろう。果たしてなんて返すか。そんな風に考えているとメイが俺から離れる。




「……菜々香ちゃん、このことは内緒だよ?」

「は、はい、もちろんです! 応援してます、お二人のこと!」

「くすくす、ありがとう。それじゃあご飯の準備に戻ろっか」




 リビングへと戻っていく二人。

 普段なら、二人の関係についてもっと聞いて、みたいな反応をするメイだったのだが……。




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