第33話 働きたくない
「そういえば菜々香さん、昨日のコラボ配信お疲れ様でした」
メイがお昼ご飯の準備をしてくれている間、リビングで待つ菜々香さんに声をかける。
「あ、ありがとうございます!」
「コメント欄を見るかぎり反応も良かったし、何より菜々香さんへの反響も凄かったですね」
「はい! カナコさんが一緒に遊んでくれたお陰で、たくさんチャンネル登録をしてくれる方がいて……一気に増えてビックリしました!」
嬉しそうに話す菜々香さん。
数百ほどだったチャンネル登録者数は、たった一日で一万を超え、今もなお増え続けている。
これが弧夏カナコとのコラボをした影響。
だが、ふと菜々香さんがしょんぼりと俯く。
「ただ少しだけ。もちろん嬉しいんです、嬉しいんですけど……」
「何か不安?」
「いえ、不安とかではないんです。ただ、今まで頑張ってきたのはなんだったんだろうって思って……」
そういうことか。
今まで努力してきても増えなかったチャンネル登録者数が、たった一回のコラボでその数が何倍にも増えてしまった。
虚しくなったんだろう。今までしてきた自分の頑張りは何だったのかと。
「俺は配信者じゃないから、的外れな考えかもしれないけど……こうしてメイとコラボをしたのだって、菜々香さんが今まで頑張ってきたから実現したことじゃないかな?」
「頑張ったから……」
「前に菜々香さんが話してくれた、これまでしてきた頑張り……たぶん俺だったら続けられなかったと思う。もし続けてなかったら、神宮寺に目を付けられることも、俺たちがこうして出会うこともなかった」
「橘さん……」
「それに今まで苦しんできたんだから、これからの活動でどんなに苦しいことが起きても、きっと乗り越えられるんじゃないかな」
俺なりの言葉を伝えると、菜々香さんは何度か頷く。
同業者ではないから説得力はないけど、少しは励ましになればいいな。彼女が今まで頑張ってきたことは無駄ではなく、それがあったからこそ今の菜々香さんがあるんだって。
「菜々香ちゃん、先輩の言った通りだよ」
エプロン姿のメイが彼女に伝える。
「メイが今までコラボしてきた人の中には、菜々香ちゃんみたいに一気に登録者数が伸びた人はたくさんいたよ。だけどそこから伸びなくて、自分の才能の無さに気づいて辞めていく配信者もいたから」
「カナコさん」
「そんなこと言ってる暇があったら、これからどうやって伸ばしていくか考えなさい」
「は、はい!」
珍しくメイが真面目なことを言った。
いや、昔からアイドルの姿勢についても真面目で、仕事に関しては誇りを持っていたから当然か。
それから、メイの作ってくれた料理を堪能する。
ミートソーススパゲッティとグラタン、それにサラダという、内容もそうだが見た目も味も完璧な料理。
菜々香さんはずっと「美味しいです美味しいです!」と歓喜していた。
こういう手の込んだ料理を、メイは一切の大変さを感じさせず作ってくれる。
料理スキルだけじゃなく、気配りもできて完璧な女性だ……。
「──いい、まず菜々香ちゃんはゲーム配信をメインにやっていくんだから、プレイしながら喋れるようにしていかないと」
「はい!」
食事を終えてから、メイの勉強会が始まった。
菜々香さんはメモを取り、俺はノートパソコンで仕事をする。
「そもそもゲーム配信なんて、別にプレイ技術は上手くなくていいの」
「え、そうなんですか……。頑張って練習したのに」
「『俺はこのゲームを上手くなってプロになるんだ、だから配信者の動画を見るぜ!』なんて人は、そもそもメイたちの配信は見ないの。上手い人の配信なんて探せばいくらでも出てくるんだから、そっちを見た方がよっぽど有益でしょ?」
「はい……」
「配信者は魅せて楽しませる職業なんだから。上手いプレイをするよりも話す。笑って、喜んで、泣いて、叫んで、そういった感情を普通よりも大袈裟にするの。そして配信中に無音が無くなるほど喋り続けて、見てくれている人と一緒に楽しむ。今まで菜々香ちゃんは、自分の配信を別の日とかに見たことある?」
「恥ずかしくて、その……」
「見ないと駄目。いい、これは一か月前の菜々香ちゃんの配信なんだけど……」
メイはタブレットで菜々香さんの配信を流す。
キャーキャー顔を赤面させる目の前の菜々香さんとは違い、タブレットから聞こえる菜々香さんの声は──怖いほど冷静だった。
『この雑魚キャラは三秒後に右回りに動いて背後を狙ってきます。なので一気にボスを叩きます。あー、はいここで片足を上げて踏み抜いてくるのでローリングで避けて一発だけ攻撃。で、すぐに後退して──』
「事務的すぎ! 淡々と進めるこの配信を見て誰が楽しむの!?」
言い過ぎな気もするが、メイの指摘通り、なんだかRTA実況を見ているような感じだ。
声に抑揚もなく、動きも完璧なので、コメントは『すげえ』とか『やば』ばかりで、別の人がコメントしているというのにまるで同じ人が連投してるみたいになっている。
「菜々香ちゃんがゲーム上手なのはわかったよ。だけどプロレベルではないでしょ?」
「えっと、それを今頑張ってるとこで……あっ、このゲーム、今42週目なんです!」
「知らないよ!? そもそもマイナーなゲームなのも駄目!」
「楽しいのに……」
確かにメイの言った通り、菜々香さんが配信でやってるゲームのほとんどがマイナーなものばかりで、一度全クリするまでなら見ていて楽しめるだろうが、何度も同じゲームをプレイしていると正直なところ飽きてくる。
これを続けていればマニアックなファンはできるかもしれない。だが、チャンネル登録者数や再生数を増やしたいというのなら、万人受けするよう配信の方針を変えるべきだろう。
「十人中七人に好かれるような配信をしなきゃ。今してるのは、十人中一人に好かれるかどうかの配信だよ?」
「はい……」
「配信者としてやっていきたいんだよね? だったら変わらないと」
「そういえば、菜々香さんってどうして配信者になろうと思ったの?」
そう問いかけると、思い詰めるように俯いてしまった。
もしかして何か重い理由が。まさかご家族の介護をしないといけなくて、家を離れて働きに行くことができないとか。
そうだったら、あまり触れてはいけないのかもしれない。そう思った。
「……働きたく、ないんです」
「「……」」
素直な、理由だった……。
そして菜々香さんは興奮気味に俺たちに訴える。
「ずっと、ゲームがしていたいんです! 朝起きてFPS! 昼ご飯後にMMORPG! 夜は眠くなるまで積んでる新作ゲーム! 他にもたくさん遊びたいんです、働いていたら時間がないんです、だから配信者になりました!」
それは、なんというか。
メイは菜々香さんの手を握る。
「だったら、配信の方針を変えよう? 今のままだとゲームだけして生きていくのは無理だから」
切実なメイの訴えを受け、菜々香さんは「はい」と小さく頷いた。
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