第34話 嫌なんですよ


 それからも菜々香さんへのメイの指導は続いた。


 真面目に講義を受ける菜々香さんだったが、メイの教えは「一生ゲームをして暮らしたい」という菜々香さんの甘い考えを打ち砕くものだった。

 終始、涙を流しながら頷く菜々香さん。

 最初は大変だろうが、慣れれば自分の時間ができるからと……二人のやり取りを見ながら、俺は頑張れと無言のエールを送る。




「とにかく、菜々香ちゃんの考えは甘い! ゲーム配信の仕事だって、ただゲームしてるだけで人が見てくれて、お金が稼げるんじゃないの!」

「はい……」

「流行のゲームを抑え、攻略動画なら誰よりも早く情報を発信して、「このゲームの動画ならこの人」って思われるようにしないと」

「で、でも、さっきは楽しく遊んでるだけでいいって……」

「それはどっちの方向性で頑張るかを聞く前の話し! 菜々香ちゃんが配信だけなら楽しくゲームをするだけでいいけど、毎日プレイ動画も上げるって言ったからだよ」




 一般的なゲーム配信者は二つの分類に分けられるとメイは言う。

 配信メインで流行りのゲームを楽しく実況する配信者か、好プレイ集や攻略動画なんかを毎日動画として投稿するか。

 どちらのゲーム実況者になるかの選択を菜々香さんに委ねたメイ。

 すると「どっちも頑張ります!」と答えたので、最初は優しく教えていたのだが……。




「今までのやり方でお金を稼ぐのは難しいっていうのはわかるよね?」

「それは、はい……」

「メイとコラボして人は集まったけど、それは一時的なものなの。弧夏カナコとコラボして興味を持っているだけで、チャンネル登録した人が全員、菜々香ちゃんの配信を見てるわけじゃない。そして配信を見て面白くないと感じたらチャンネル登録者数はどんどん減ってく。どんなに頑張っても数字が減る光景……菜々香ちゃんが想像しているよりもずっと辛いと思う」

「カナコさん……」

「そうならない為にどうしたらいいか、今まで以上に頑張らないと駄目なの」




 メイの言葉を聞いて、菜々香さんは大きく頷いた。




「私、頑張ります!」

「うん、頑張って! まずはどういう方向性でいくか、今はどういうゲームが数字を取れるのか。あとは動画の編集とかも学ばないとね」

「あ、うう……頑張ります!」

「うん、頑張って。……っと、そういえば、そろそろバイトの時間じゃない?」

「あっ、そうでした!」




 菜々香さんはそう言うとカバンを持って立ち上がり、




「カナコさん、また連絡します! 橘さんも今日はありがとうございました!」

「うん、気を付けて」




 大きく頭を下げて帰っていく菜々香さん。

 バタン、と玄関の扉が閉まり見送りから戻ってきたメイは俺を見て、少し間を空け、勢いよく抱き着いてきた。




「……先輩、疲れました」

「お疲れ様。彼女はどう? これから伸びそう?」




 そう問いかけると、メイは俺の胸元に顔を埋めながら左右に振る。




「今のままだと無理かなって思います。全体的に考えが甘くて、やってることは趣味の範疇ですから」

「だよね」




 働きたくない、ゲームだけして生きていたい、そういう理由で配信者を志す人は多い。

 だけどそういった人のほとんどは、人気が出ずに辞めていく。

 そんな考えから入って今も活躍している人は、陰で努力をしているものだ。表では「ゲームだけして暮らしてます、楽しい!」とか言っていても、裏では並々ならぬ努力をしている。


 菜々香さんにメイが言ったことよりもずっと大変な努力を。




「あと数回だけコラボして、もし菜々香ちゃんの意識が変わらなかったら、もうコラボしなくてもいいですか?」




 真顔のメイに聞かれる。

 俺は彼女の頭を撫でながら大きく頷く。




「残念だけど、仕方ないね。約束したのは友達という設定にしてコラボするってだけだから。これから先、無理してする必要はないよ」




 メイが今までコラボをしてこなかった理由は、同等の利益を相手が生んでくれないことと、下心が丸見えだからだ。

 彼女とコラボすれば相手は莫大な利益を得る。けれど、メイ自身には何一つメリットがない。

 そして、今までコラボした相手は決まって、弧夏カナコというブランドの爆発力に味を占め、何度も誘ってくる。

 明らかに弧夏カナコとコラボしたいというよりも、弧夏カナコが呼んでくれる視聴者を分けてもらいたいという考え。


 利用されることが嫌いなメイ。


 そして今の菜々香さんにも、今までコラボしてきた配信者と同じ雰囲気をうっすらと感じたのだろう。


 ──別に意識とか変えなくても、カナコさんとコラボしてたら簡単に稼げるじゃん、楽勝楽勝!


 今はそんなこと思っていないだろうが、この先も変わらないとは限らない。

 そういった下心を持って近づいてきた今までの連中と重なって、純粋に応援する気が失せそうになったのだろう。

 俺自身は今まで努力してきた菜々香さんを応援したいが、もしも成長が見えないのであれば、無理強いはできない。




「メイだって菜々香ちゃんと同じく、チャンネル登録者数0から始めたんですよ。奈子メイっていうアイドルのブランドを捨てて、アイドル時代に稼いだお金でイラストレーターさんに弧夏カナコを描いてくださいって依頼して。どんなに疲れてても毎日何時間も配信して、人気配信者の配信とか見て勉強して、どうすればファンが増えるか、どうやったら多くの人に好かれるかをたっくさん試行錯誤して頑張ってきたのに……嫌なんですよ、ああいう努力をしない人に利用されるの」

「メイ……。すまないな、嫌な気持ちにさせて」

「いいんです、先輩の頼みですから。それに菜々香ちゃん自体は好きですから。これから変わってくれたらいいんですけどね」




 そして、メイは「少し疲れました」と言い、俺の腕の中で目を閉じた。




「ここで寝たら風邪引くぞ?」




 返事はない。

 気持ちよさそうに寝ている。




「仕方ない」




 俺はメイを抱き上げ、寝室へと連れて行く。

 ベッドで横にすると、彼女は既にぐっすりと眠っていた。




「……おやすみ」




 今のまま寝たら服にしわが付きそうだったが、服を脱がして着替えさせたら起こしちゃいそうだ。

 俺はそのまま寝室を出る。


 ──ピコン!


 ふと、リビングで音が鳴った。

 確認しに戻ると、俺のスマホにメッセージが届いていた。




「燈子さんか?」




 不在着信を見て連絡をくれたのだろう。

 そう思ってメッセージを確認すると、


「え……?」


 と声が漏れた。

 



『恵くん、助けて』










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