第31話 SNSの使い方
朝、目を覚ますと俺──橘恵は洗面所へと向かった。
狭く、何もないアパートの一室。
最近は豪華なマンションに行ったり泊まったりもしていたから、こうして我が家で起きるのと落差が酷くため息が出る。
「まあ、これが普通なんだけどさ」
冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。
賞味期限を確認する。よし、まだ大丈夫だ。
コンビニで買った菓子パンを頬張りながら、スマホを確認する。
メイからのおはようメッセージが届いているのはいつものこと。
文章を読むだけで、クスッ、と笑える。彼女の人を明るくさせる性格を見習いたい。
他にはメッセージは届いていないが、一応だが、俺が担当する彼女たちのSNSのつぶやきを確認しておく。
早瀬彩奈。
俺の幼馴染であり、中学の時の元カノ。
女性向けの配信者である彼女のSNSには、明らかに女性であろうアカウントからのリプライが多い。
彩奈が「みんな、おはよう」とつぶやけば、数分で何百件もの『おはようございます!』という返事がくる。
中には『おはようございます、お姉様!』と彩奈のことをお姉様と呼ぶ者もいるが、まあ、これは彩奈のことを宝塚のスターみたいな感じに見ている人が多い証拠だろう。
「今日も載せてる……」
彼女のSNSを確認するようになって一番驚いたのは、毎朝7時に仕事へ行くファンに向けて今日のコーデと題して、全身の服装をSNSに載せていること。
どこで買ったとか、どうしてこのコーディネートにしたかなど、そういったことも書いているので、ファンの女性からしたら真似しやすく今日の自分の服装を決める手助けになって有難いはずだ。
最初に彩奈から相談された”行き過ぎたファン”の対応も、黒鉄と一緒に対処したのでSNSを確認しても変なファンはおらず問題ない。
「まあ、昔から優等生だったしな」
彩奈に関しては問題ないだろう。次へ。
加賀燈子。
……高校のときの元カノ。2個上で、24才の女性。
活動名は
彼女のSNSは他の二人よりも厳重に見張らなければいけない。
それはなぜか、答えは簡単だ。彼女は週に一度か二度ぐらいしかSNSでつぶやかない──が、つぶやいたときの内容がかなり過激な場合が多い。
例えば『なんだかムラムラしてきちゃった♡』とかいう匂わせであったり『みんなはどうせ彼女いないから、今日も私の配信を聞いて右手でしているのでしょ?』とかいう煽り。
完全にアウトな内容だが、何故か彼女の場合は荒れない。むしろ「もっと罵ってください燈火様!」みたいな……まあ、ファンの多くはMな男が多いから、燈子さんのつぶやきの受けはいいらしい。
けれど、行き過ぎたつぶやきをしていた場合には、問題になる前に止めろと上から言われている。
なので一度だけ、やんわりと燈子さんに忠告すると『だってムラムラしちゃったんだもの。あっ、今から家に来て、恵くんが静めてくれる……?』とか言われたので、今は無法地帯、何も言わなくなった。
「……」
燈子さんに関してはいい。次へ。
奈子メイ。
大学のときの元カノで、3個下の19才。
VTuberの
彼女に関してはSNSや配信について何も問題ない。というよりも、完璧すぎるから口を出す必要がない。
元アイドルでもあった彼女だからこそ、SNSの使い方は熟知しているし、何よりファンがどういうつぶやきをすれば喜ぶのかも理解している。
なので問題発言もなく、更新頻度も高い。
彼女の配信を見ていても「ああ、これは人気でるよな」ってほどファンの心を掴むのが上手い。
──だが、問題なのはプライベートだ。
彼女は他の二人に比べてオンとオフがはっきりしている。
朝早くにおはようメッセージが届いたように、事あるごとに俺へ連絡してくる。何なら仕事と称して家に呼ぼうとするし、仕事だからと泊まっていってほしいと言われることも多い。
他の担当の子と予定があると告げると露骨に不機嫌になり、その日の配信で意味深な発言をする為、プライベートの管理を怠るわけにはいかない。
まあ、プライベートの管理というのは主にお家デートとセッ──。
「……こほん」
朝から考えるのは止めよう、これから仕事なのにそれどころじゃなくなる。
とはいえこんな感じで、彩奈に関しては問題はなく、燈子さんに関しては一応は見張り、メイに関しては適度な距離を取れば大丈夫。
「さて、行くか」
出勤の時間になり事務所へ。
基本的に自由出勤に近い職場だが、月曜日は定例会議があるため、マネージャー全員事務所に行かなければいけない。
電車に乗って十数分。
到着すると、複数の視線を感じた。
「やあ、橘くん!」
少し居づらい空気を切り裂くように、相良さんに声をかけられた。
相変わらずの小太りの体型に満面の笑み。なんだかマスコットキャラクターっぽくて和む。
めちゃくちゃ先輩だけど。
「おはようございます、相良さん」
「おはよう。会議室集合らしいから行こうか」
相良さんに付いて行く中、小さな声で言われた。
「まあ、例の件があってみんな、君にどう接したらいいのかわからないんだろうね」
例の件、というのは神宮寺を追い詰める為にした弧夏カナコの暴露配信のことだろう。
瀬名菜々香という協力者を使って、ホテルでの音声を録音してLIVE配信で流したあの件。
あれから少し経っても、周囲から向けられる俺への視線はどこかよそよそしいというか、一人の新人に向ける視線ではない。
「僕は、カナコたんのしたことも、君のしたことも間違ってはいないと思う。だって後輩が困ってるんだから、手を差し伸べるのは人として当然さ。だけど君が、あのカナコたんと協力してというのがみんな引っかかってるんだろうね」
弧夏カナコ──メイは、言ってしまえば俺以外の人間との交流を完全にシャットダウンしているタイプだ。
前任者の加藤さんだって、月に数回ぐらい話すだけで、家に行ったことは一度しかない。
そんな他者と壁を作る彼女が今回の件では俺と協力しているし、なんなら俺を担当に指名したのはメイだ。
そういう関係……だと疑う者もいるのだろう。
「橘くん、一つだけ聞いていいかい?」
「はい、どうぞ」
「カナコたんと、そ、その……付き合っていたり、していないよね?」
恋する乙女みたいな感じで、相良さんに上目遣いで聞かれる。
「そんなわけないじゃないですか。今回の件で協力されたのは、自分が彼女の担当だっただけで、頼れる相手が他にいなかっただけですよ」
「そ、そうだよね、あのカナコたんが……あはは、そうかそうか」
相良さんは微かな疑念を抱きながらも笑い、俺も笑い返す。
「そ、そういえば今日の会議のことなんだけど」
相良さんは変な空気を換えるように話を振る。
「実は最近、出前業者が配信者の自宅に行って、そこで得た個人情報をネットに拡散したり、ストーカーの被害に遇うって事件が増えてるそうだよ」
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