第66話 それぞれの思惑




 歪な同盟を結んですぐ、メイは一人先に帰っていった。


 残された黒鉄と燈子。

 黒鉄は半分残ったステーキを食べながら燈子に聞く。




「結局、あの後どうだったんだ?」




 あの後というのは、恵と行った旅行の件だ。

 黒鉄が参入した結果、燈子の秘密の過去を恵に知られることとなった。

 詳しいことを恵から聞いていないので、こうして二人、良い機会だと思い聞いてみた。


 いや、というより早く燈子に帰ってほしいから、わざと嫌な質問をしたというのが正しいか。




「お陰様で、恵くんに知られたくないこと全て知られて、隠し事なしで話したわ。それ以上のことは何もないわね」


「進展もなしか?」


「進展? たくさん愛してもらった。進展があるとすればそれぐらいね」


「いつも通りじゃねえか」


「どうかしらね」


「なんだそれ」


「後は、そうね……」




 一瞬だけ微笑む燈子。

 だがすぐに悲し気に視線を落とす。




「来年、お祭りに行く約束をしたわ」


「祭り? しかも来年って、一年後の約束かよ」


「ええ、そう。一年後……。だけど私にとって、未来の約束をするっていうのはとても重要なのよ」


「……どうしてだ?」


「一年後もまた私は彼の側にいれる。そう思える約束だからよ」




 疑問符を頭に浮かべたが、謎の説明をした彼女の表情はどこか満足そうだった。




「ただの口約束でもか?」


「それでもよ。まあ、そんなことあなたにはどうでもいいでしょ。それより、あの子は大丈夫なの?」


「エロ狐のことか?」


「そう」


「さあな。まあ、大丈夫じゃないだろうな。下手すると俺たちの制止を振り払って病院の個室に潜り込むかもな」


「その前に病院側のブラックリストに入れられて門前払いされるか、警備員を呼ばれるかでしょうけど」


「かもな。それぐらい必死なんだろ。それに比べて、あんたは随分と落ち着いてるんだな」




 優雅にホットコーヒーを嗜む余裕をみせる燈子。

 メイがいたときはいつ喧嘩してもおかしくない様子だったが、メイに比べて落ち着きがあるように見えた。




「ここで慌てたり苛立っていても問題は解決しないもの。とりあえず、あの子の作戦が失敗してから考えるわ」


「やっぱり病院に張り込むって作戦、無理だと思うか?」


「当たり前でしょ。彩奈って子に会えたとしても、恵くんに会わせてなんてくれない。もし仮に、意図して恵くんを私とあの女から遠ざけようとしてるなら、鉢合わせたところで警察か警備員を呼ばれて終わりよ」


「須藤って犯人と同じ扱いされれば、こっちは言い訳できないもんな。じゃあなんで止めなかったんだ?」


「めんどくさかったからよ。どうせ何を言っても聞かないでしょ、あの子」




 ふう、と燈子はため息をつくと帰る準備を始める。




「あの子に彩奈さんの相手をしてもらえば、彩奈さんの注意は私に向かないから」


「スケープゴートにする気か?」


「もちろん。その間に私は私で、他の方法でアプローチしてみるわ。それじゃ」





 燈子は自分の言いたいことだけ吐いて帰ってしまった。

 一人残された黒鉄は背もたれに背を付け、ナイフとフォークを置く。




「何が同盟だ。途中で裏切ると思ったが、最初から口だけかよ。めんどくせえ」




 とはいえ、燈子の意見に賛成だ。

 彩奈を待ち伏せして接触したところで得るものは何もない。

 あるとしたら、彼女が敵対心を持っているかどうかを知れるだけだ。

 代償に病院への立ち入り禁止か、警察に連れて行かれるかだろう。


 何か他の策を考えるべきだ。

 まず病院の個室への侵入は、カードキーが必要な階層だから無理だ。

 他は受付に頼んで入れてもらうか。いや、それもメイが何度も頼んだが門前払いさていた。

 会社に頼るのも駄目。


 であれば不法侵入か。

 いや、恵と会うだけのために捕まる気はない。


 だったら。




「……あいつの親に連れて行ってもらうか」




 それしかない。

 なんとか恵の家族に接触できれば、恵に会うことができるだろう。

 おそらく燈子も黒鉄と同じことを考えているはずだ。

 彩奈の注意をメイに引き付けている間に、恵の両親に接触する。




「だからこその同盟か」




 利用する気満々の同盟。


 


「って、伝票……嘘だろ、あいつら自分の飲み食いしたのも払ってねえ!」




 一人残された黒鉄は、恵のいない時に絶対あの二人とはお店に入ることはしないと心に誓った。













 ♦
















 黒鉄と燈子と別れたメイは真っ直ぐ自宅へと帰ってきた。

 部屋の電気も付けず、カバンを投げ置き、着替えも化粧落としもせずパソコンの前に座る。


 無音の部屋にキーボードを叩く音だけが響く。

 真っ暗な部屋で、画面の明かりに照らされたメイの表情は無表情。

 視線の先には、彩奈ちゃんねるが投稿している全ての動画が表示されていた。




「……」




 笑顔でファッションやメイクを語る彩奈の顔を目に焼き付けるように、メイはジッと画面を睨み付ける。


 一時間。

 二時間。

 三時間。


 0時を過ぎても、メイは無言で彩奈ちゃんねるの全動画を見続けた。


 目的は彩奈という女の全てを覚えるため。


 化粧を変えてもすぐに顔がわかるように。

 受付で発した小声でもすぐに気付けるように。

 それと癖や仕草、趣味嗜好まで、動画でわかること全てを覚える。




「待っててね、先輩……。すぐにこの女から取り返しますから」




 悪い女に監禁されたご主人様は、最愛のペットが舌を出して駆け寄ってくるのを待っている。

 きっとそう、そうに違いない。

 パソコンの電源を切ったメイは両脚を開いたままテーブルに乗せて目を閉じる。




「せんぱい、好き……大好きです♡ 早く……早くメイのこと、めちゃくちゃに犯してください……っ♡」




 ご主人様に何度も調教してもらった記憶を思い出しながら自慰行為をすると、怒りや悲しみといった感情は薄れ、彼に抱かれたときに感じる安らぎへと変わった。

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