第65話 敵意剝き出しの同盟
燈子が呟く。
あの女とは、恵が守った女性──早瀬彩奈のことだろう。
黒鉄もその可能性は疑っていた。
ただ、恵から聞いていた人物像とは随分とかけ離れていた。
こんな周り全てを拒絶して、多くの敵に宣戦布告するようなことをするタイプではなかったはずだ。
「……あの女、誰」
メイに聞かれて、黒鉄は彼女が悪いかの判断ができず返事をするのが遅れた。
「誰って聞いてるの。ねえ」
だが、暴走モードの彼女に正解か不正解かは関係ない。
単純に気に食わないのだろう、恵の隣に彩奈がいることが。
「お前らと同じ配信者で、早瀬彩奈だ」
「……知らない」
「でしょうね。恵くん以外の他人に興味ないあなたなら知らなくて当然よ」
「……チッ、うざ」
「おい、いちいち喧嘩すんなよ」
「別に喧嘩なんてしてないわ、勝手にこの子が突っかかってきてるだけ」
喧嘩売るようなこと言ったのはお前だろ。
と、心の中で黒鉄はため息をつく。
「それで、ただの配信者とマネージャーの関係ってわけではないのでしょ?」
「ああ、中学時代の元カノだとさ」
「あら、やっぱり私たちと同じだったのね。で、今も恵くんのことが好きなんでしょ?」
「そこは知らん。そう思うか?」
「まあね。あの廊下で、恵くんのことを心配して弱々しく震えていたけど……私たちを見る目だけは嫌な感じだったもの」
それはきっと、敵対心のような目ということだろう。
黒鉄はなんとも思わなかった。恵からも、そういう関係だとは聞いてなかった。
女の勘。同じ元カノだから伝わったといった感じか。
「これ?」
スマホで検索していたメイに”彩奈ちゃんねる”のページを見せられる。
「ああ」
「メイクやファッション関係の配信をしている子よ。女性からの人気が凄かったわね」
「わかった」
すると、メイは急に立ち上がると、持って来た鞄を手に取る。
「おい」
「その女から話を聞く。先輩を独占しようって言うなら、無理やりにでも先輩を取り返す」
「あら、どうやって?」
「いくらでも方法あるでしょ。会社に言って連絡を取ってもらったり、その女の居場所を聞き出したり」
「ふぅん、無理だと思うけど」
「……なんで」
座ろうとしないメイは燈子を睨み付ける。
「仮に個室に移動させたのも面会謝絶にしたのも仮に彼女だとして、ここまで大胆なことしたのよ? それなのに、会社経由で恵くんに会わせてってお願いして「はい、わかりました」って簡単に会わせてくれると思う?」
「……」
「そもそも彼女、今は活動休止中よ」
「休止……?」
「そう。だからまず座りなさい。あなたに見下ろされると、イラつくから」
あー、やめてくれ。
黒鉄は腕を組み、ここで二人が口喧嘩しないことを願う。
だが黒鉄の予想とは違い、メイは素直に元の席に座った。
「休止ってどういうこと」
「今回の事件はニュースにもなった。被害者が配信者で、助けたのはマネージャー、犯人は彼女のファンっていうことはどこでも公表されてる。不安定な精神状態の彼女が今まで通り活動なんてできるわけがない。会社にもSNSでも、同じ理由でしばらくお休みするって言っていたわ」
「……休止中だからなに?」
「そこまで追い込まれてる彼女の住所を、私たち第三者に会社が教えてくれると思う? ただでさえ、今回の一件で相当会社は叩かれてるのよ、無理に決まってるじゃない」
燈子の言う通り、いくらマネージャーが守ったとはいえ今回の一件で会社の評判はガタ落ちだ。
どういった経緯で加害者に個人情報がバレたとしても、所属タレントを守るのも会社の仕事であり、未然に被害を防げなかった。
十分、会社が叩かれる理由になる。
少なくとも純粋に彩奈を応援していたファンにとっては、加害者と同じぐらい怒りの矛先になる対象になってしまうのは当然のことだ。
「そもそも今回の一件で、彼女に対して会社の立場はかなり低いはずよ」
「まあ、そうだな。もしあの女の機嫌を損ねて、あることないことを勝手に世の中へ発信でもされたら、それが嘘でも誇張でも全て真実に変わる。会社は正真正銘、終わりだろうな」
「ええ、会社は彼女に「はい」と「すみません」以外の返事はできない。会社はきっと──全面的に彼女の味方をするはずよ」
「いくらお前らでも、今の会社を使うのは無理だろうな」
「そう。だから住所を聞くのは無理。会社が恵くんの状況を詳しく知っている……とも考えにくいわね。彼女に先手を打たれていてもおかしくないもの」
──私と恵の情報を一切封鎖して。
もしも彩奈が会社にそう言っていたとしたら、おそらく会社は頷くしかないだろう。
もしかすると、こうなるとを予測してこんな強引な手法を使ったのかもしれない。
これがただ単に暴走したからなのか、それとも彼女の本性だったのは知らないが、もし本性だとすればかなり厄介だと、黒鉄は思う。
「個室に侵入できないの?」
話を聞いたメイの代替え案。
だが、黒鉄は首を左右に振って即答する。
「無理だな。あの病院の個室は特別な階層になっていて、エレベーターで向かうには専用のカードキーが必要なんだよ」
「有名人御用達の病院よ、あそこ。警備関係も物凄くしっかりしてるわ」
「じゃあ、病院に張り込んであの女に接触する……」
朝から晩までずっとか?
黒鉄と燈子はきっと同じ疑問を抱いただろう。
だが、メイの表情はそのつもりのようだった。
きっとここで否定しても、彼女は他の無茶な考えを口にするだろう。
燈子は大きくため息をつく。
「それしかないわね。万が一にも彼女が無関係だったとしても、今の恵くんのことを詳しく知っている人物は他にいないわ」
「そうだな」
「……それじゃあ、一時休戦といきましょうか。あなたたちと手を組むなんて気乗りしないけど、別々に動くよりも手を組んだ方がいいでしょ?」
燈子の提案を受け、メイは迷い沈黙する。
だが、
「わかった。でも、メイはあなたが大嫌い。それと、先輩はメイのご主人様だから。それだけは忘れないで」
「ええ、私もあなたが大嫌いよ。それと恵くんは私の大切な人。ご主人様が欲しいなら、貢げば見捨てないでくれるホストにでも鞍替えしなさい?」
「そっちこそ、いい歳して一人ぼっちなのが寂しいなら、ずっと側にいてくれる抱き枕でも買えば。もしくはペロペロあそこを舐めてくれる犬。あんたにはそれで十分でしょ」
「……」
「……」
「……あなたも、それでいいわね?」
敵意剥き出しに睨み合う二人の視線が黒鉄に向く。
心の中で「絶対にこいつら途中で裏切るだろうな」と思いながらも、ここは仕方ないと提案に乗ることにした。
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