第64話 止まない舌打ち
「だから!」
「おい、やめとけって」
困り顔を浮かべる受付の女性に詰め寄るメイを黒鉄が止める。
おそらく頭に血が上っている彼女は気付いていないのだろう、周りの注意を引き、警備員が集まりだしていることを。
「なんでよ」
「ここで粘っても好転しねえよ」
「わかんないでしょ、そんなの」
「わかんだよ、それぐらい。いいから行くぞ」
ここでこの病院関係者に危険人物扱いされれば、今度からは施設内に足を踏み入れただけで止められる。
それを危惧して止めたが、メイは黒鉄の言うことを聞こうとしない。
「おい」
大きく息を吐くと、メイは返事することなく病院の出口へと歩きだす。
”先輩”が好きと言った服装に気合の入った化粧。
一緒に来たわけではなく、この病院で偶然遭遇した黒鉄には断言できないが、おそらくここへ来るまでのメイは上機嫌だっただろう。
違っていたとしても、今の人を殺しかねない目はしていないはずだ。
「……この病院、ぶっ壊してやる」
「物騒なこと言うなよ。俺まで変な目で見られんだろ」
「うざ。というより付いて来ないで」
「そう言うな。情報は交換した方がいい──三人でな」
「三人?」
入口に着くと、彼女──燈子は、腕を組みメイに視線を送る。
こちらもきっと”彼”が興奮してくれそうな服を選び、綺麗だと言ってもらえる為に化粧してきたのだろう。
表情も、今のような暴言罵倒を吐き散らしそうな顔をしていなかったはずだ。
「最悪……」
メイが地面に言葉を吐き捨てると、燈子はゆっくりとこちらへと歩いてくる。
「それはこっちのセリフ。どうして彼に会いに来たのに、あなたたちの顔なんて見なければいけないのよ」
「じゃあ帰れば?」
「ええ、言われなくても帰るところ。だけどその前に、そっちの男に話を聞く必要があると思ったの」
「悪いけど、これはメイの為に役立ってもらわないといけないから。他を当たってくれる?」
「あなたがね」
「は?」
いがみ合う二人に挟まれ「モテ期来た!?」と喜ぶ気にもならない。
なんなら誰でもいいから代わってくれと願う黒鉄だった。
「とりあえず場所を変えるぞ。一応だが調べてきた」
「「……チッ」」
返事が舌打ちかよ。
と思ったが、それを口にしたら余計に面倒になりそうなのでグッと飲み込み我慢した。
「あの野郎、これは貸しだからな」
だから返せよ。
心の中で黒鉄は舌打ちをして、二人の後を追った。
♦
近所のレストランへ。
異色の三人がテーブルを囲う。
頼んだメニューは、メイがジャンボストロベリーパフェで、燈子がホットコーヒー、黒鉄が300グラムのステーキ。
支払いは、きっと二人のどっちかがやってくれんだろ。
そんな考えで注文した。
「病院内をうろちょろして聞いてきたが、あいつは朝早く、家族と一緒に病室を大部屋から個室に移動したらしい」
メイが受付で門前払いを食わされているのを見て、黒鉄は病院関係者ではなく、病室内の患者に聞き込みをした。
恵の病室が何処かもここの三人は知らされていなかったが、なんとか調べられたのは恵が朝早くに家族に連れられて個室へと移動したという情報だけ。
燈子は難しそうな表情を浮かべる。
「病院に運ばれた次の日の朝に個室へ移動って、ずいぶんと急ね。大部屋と個室って費用が全く違うのに、被害者家族とはいつ話を済ませたのかしら」
「いや、被害者家族にはまだ知らせてねえんじゃないか」
黒鉄はステーキをナイフで切りながら答える。
「そういうのには色々と面倒な手続きが必要なはずだ。金を負担する加害者家族になんも知らせず、勝手に金額が変わる病室に移動するわけにはいかねえ。普通は最低限の手続きを済ませてから移動するもんだが、その手続きが次の日の朝に完了するとは思えない。だったらきっと、金とかはあいつの家族が負担してんじゃねえか?」
「……恵くんのご家族が。でも、どうしてそこまで」
「さあな。犯人から逃げたかった……は、ないだろ。逮捕されてんだし。だとすればあいつを周りと関わらせたくなかったか」
「事件の影響で他人に脅えてる、とか……?」
「可能性としてはありそうだが、あいつがそんな簡単に脅えるとは考えにくいな」
大怪我したのだから可能性はなくはないが、それでも黒鉄が知っている橘恵が、一刻も早く誰もいない個室に移動したいなんて言うとは思えない。
「どうでもいい」
ずっと黙っていたメイが口を開く。
燈子は落ち着いたが、メイは変わらず鬼の形相のままだ。
「加害者家族とか。先輩の家族とか。大部屋とか、個室とか、なんで移動したとか、そんなのそんなのそんなの……どうでもいい。メイが知りたいのは、どうして面会謝絶なのかだけ」
そもそも昨夜から今にかけて、色々とおかしなことが多かった。
メイの言った面会謝絶もそうだが、なぜか恵が勤めているGG株式会社にも、恵がどの病室にいるのかは知らされていなかった。
それどころか家族からの連絡もない。
事件があったことは会社も把握していたから良かったものの、危うく無断欠勤になるところだった。
だからこそ、メイも燈子も黒鉄も、病院に到着したのが夜になってしまった。
本来はお昼過ぎには行きたかった。というよりもし恵が目を覚ましたという連絡が家族から来たなら、会社からメイか燈子に連絡するようお願いしていた。
「面会謝絶か。生きるか死ぬかの瀬戸際だった……とかならわかるが、大部屋から個室に移動してるからそれはねえだろ」
「だったらなに、先輩がメイを拒んだ? ありえない、絶対にありえない!」
何度も何度もテーブルを叩くメイ。
「わかった、わかったから落ち着けって」
「じゃあ──」
「──考えられるとしたら、あの女が勝手にそうしたんでしょうね」
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