第74話 非行への誘い
「あなたは……?」
「さっきのコンビニの店員」
「はあ」
で、そのコンビニの店員が何か用ですか? といった表情の青年。
まあ、そうなるよな。
黒鉄は周囲を見渡すと、すぐ目の前にある公園を指差す。
「少し話してかねえか? どうせお前もこれから飯だろ?」
赤の他人にいきなりこんなこと言われたら、普通なら拒むか怪しんで距離を取るだろう。
だが、
「……はい」
彼は素直に頷いた。
誰かに話を聞いてほしかったのだろうか。
黒鉄と青年は公園のベンチへ。
この時間はまだ小学生もおらず、遊具で遊んでいる者はいない。
静かな公園に、お弁当のフタを開ける音とおにぎりの袋を開ける音が響く。
「で、なんかあったのか?」
コンビニの訳ありお弁当を食べながら黒鉄は聞く。
「えっと……」
「いやなんだ、急に知らん奴にこんなこと聞かれても困るだろうけど、なんか悩んでんだろ? 顔がもう今にも死にそうだからな」
冗談っぽく笑いながら言うと、青年は悲し気に俯いてしまった。
「えっ、まじ? 死ぬつもりだった?」
「いえ、そこまででは……そもそも自殺する勇気なんて、自分にはないですから」
「そ、そうか、それは良かった。あっ、俺は黒鉄だ」
最初の自己紹介というのはフルネームでするものだが、なぜだか名字だけ名乗ってしまった。
「自分は橘恵です」
「橘な、おっけ。で、何をそんなに悩んでたんだ?」
自己紹介を終えて流れるように聞くと、橘恵──恵は抱えていた悩みを話してくれた。
高校時代、付き合っていた彼女に浮気されたこと。
そんな彼女に会いに大学へ行ったら、浮気男に大勢の前で罵られたこと。
全てに絶望した日、恵に女神が救いの手を伸ばしたこと。
それから女神と付き合い、同じ大学に入学した。
「……だけど、燈子さん。大学辞めちゃったらしいんです」
「は、辞めた? だってその先輩彼女と同じ大学に通う約束してたんだろ?」
「はい……」
悲しそうな表情をする恵。
迷子になった子犬のような、そんな表情だった。
「で、その元カノと浮気男と同じ大学に一人で入学しちまったと」
「燈子さんが一緒にいてくれたら、別にあの二人と同じ大学でもいいって思っていたんです……」
「なるほどな」
「だけど神宮寺、燈子さんのこと狙ってたらしくて……俺のこと、前よりムカついてるみたいなんです」
「狙ってた女を取られてか。はっ、自分だって同じことしたくせに、勝手な男だな」
なんでその二人がいる大学に入学しちまうのかなーと黒鉄は思ったが、その燈子っていう女神がいるから、そんなの気にも止めなかったのだろう。
浅はかな考えだが、少しだけ気持ちはわかる。
それに誰もが羨む美人らしい彼女の隣を歩く姿を、浮気男と浮気女に見せつけたかったという気持ちもあるのだろう。
恵は決して下衆い考えを口にはしないだろうが、黒鉄はうっすらとそんな気がした。
それから、その燈子さんって彼女に連絡ができたのか聞くが、恵は首を左右に振った。
大学で一人。
しかも憎い浮気男と浮気女がいる。
「そりゃあ、そんな顔にもなるよな」
黒鉄は恋愛に一切興味がないので彼の恋愛についての気持ちはよくわからない。
ただもしも嫌いな奴が同じ職場にいて、しかも顔を合わせるたびに絡んでくると例えるなら最悪だ。
黒鉄なら力技で対処するが、恵は見た目からも喧嘩が強そうには見えない。
このまま大学に通い続ければ、一方的に言われ続ける地獄の日々が続くだろう。
「一番簡単なのは大学を辞めちまうことだろうけど、せっかくクソ高い入学金払ったのに数か月で辞めんのもな。それに就職にも響くだろ」
履歴書に一生、大学を数か月で中退したことが書かれ続ける。
それがどれだけ就職に影響するのか黒鉄はわからないが、マイナスのステータスになることはなんとなくわかる。
「それに、そいつらのせいであって、何も悪いことしてねえお前が中退しなくちゃいけねえってのがムカつくな。なあ?」
「それは、はい……」
「その神宮寺って奴、大学ではそれなりの人気だったり影響力あんのか?」
「え、まあ、たぶん。いつも取り巻き引き連れてますから」
「何人ぐらい?」
「六か、七か」
「多いな」
取り巻きの人数がそこまで影響するわけではない。
それでも、大学だって中学高校と同じ学校だ。人数の影響はそれなりにある。
何より小学生中学生高校生と違って、男同士の殴り合いの喧嘩で勝敗を決めるといった世界ではないのだろう大学というところは。
どんなに質が悪くとも、大人数というだけで大学での影響はそれなりにある。
それに目の前にいる恵のような”普通”の学生一人をイジメるなら、質よりも数の方が効果的だ。
他の生徒だって、大人数の中に割って入って恵を守ろうとしない。
「なるほどな。結局、そいつらと数年は付き合うしかないわけか」
「はい」
「苦痛だな。かといって中退も、なんか負けたみたいで腹立つな」
勝負事ではないが、黒鉄はそう思う。
と、そこで思いつく。
「だったらよ、その神宮寺って奴の好きな女を取っちまえよ!」
「え?」
唐突な提案に、恵は理解できないように疑問符を頭上に何個も並べた。
「だってよ、まず中退って選択肢は消すとして。その神宮寺と喧嘩して勝つっつっても人数差とお前の非力さで無理だろ? で、頼みの燈子さんはいない。だったらほれ、一矢報いるならその男の女を取るしかないだろ」
「え、なんで急にそんな話に……?」
「まあぶっ飛んでるけどよ、神宮寺って奴にお前は高校時代の彼女を取られたんだろ? で、その件で今もああだこうだ言われてるわけだ。だったら同じことやってやればいい。そしたら、その神宮寺って奴の悔しそうな顔も見れるし、立場だって逆転するかもしれねえ」
黒鉄の言ってることは滅茶苦茶だ。
それに言いたいことをオブラートに包んで話してる。
はっきり言うなら、
──どうせ詰んでるんだから華々しく散れ。
ということだ。
「やられたことをやり返してやれ。お前の話を聞くかぎりだと、神宮寺って奴はかなりプライドの高い奴だろ。そういう奴には効果的な一撃だろ」
「それは、まあ……」
「喧嘩じゃ勝てない。人数でも勝てない。勝つ方法はこれぐらいだろ」
「そもそも勝ち負けじゃ……」
「うだうだ言うな、タコ! いいか、ずっと下に見てたお前に女を取られる。しかも燈子さんってのを合わせれば二回目だ。これほど爽快なざまあはねえだろ。な?」
楽し気に話す黒鉄を見て、恵は困惑していたが、
「……それは、確かに面白そうだ」
初めて笑った。
「だろ?」
「でも、女性を……そもそも、神崎とはもう」
「神崎? ああ、お前の元カノな。違う違う、それとは別の女。神宮寺が今狙ってる女だよ」
「今狙ってる?」
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