第75話 知らない話
「そうそう。話を聞くかぎりじゃ、その神宮寺って奴あれだろ、遊びまくってんだろ?」
「どう、だろ……」
「もしそうなら、関係を持つ女はお前の元カノだけじゃないかもだろ」
「でも二人、今も付き合ってるって」
「それは」
ピュアだな。
黒鉄は素直にそう思った。
実際に黒鉄は神宮寺という男にも神崎という女にも会ったことも、どんな見た目をしているのかも知らない。
だが大学で遊びまくって、年下の高校生から女を取って、大勢の前で罵倒するような奴が普通なわけがない。
そういう奴が一人の女で満足するかは微妙だ。
黒鉄の想像通りの人物なら浮気した女はキープで、もっといい女がいれば簡単に手を出すはずだ。
まあ、純粋な彼にはまだ難しいだろうが。
「とにかく、一回その神宮寺って奴に会ってみるか」
「会うって」
「安心しろ、会って話しかけたりしねえから。どんな奴か知らんで作戦もなんも考えられねえだろ」
「まあ」
「というわけで行くぞ」
黒鉄は子供のようなわくわくした表情を浮かべると、憂鬱とした表情の恵を連れて彼の通う大学へ向かうのだった。
♦
「こうやって、俺とあいつは出会ったわけだ。で、ここから──」
「──そう、随分と運命的な出会いだったのね。ありがとう」
途中までの過去話を聞き、燈子は大きくため息をつく。
時間にして十数分。
物語の起承転結でいったらまだ起の入口部分だろうが、燈子はお腹一杯と言わんばかりに話を止めた。
「なんだよ、そっちから聞きたがってたくせに」
「私が聞きたかったのは恵くんと彼女の出会いよ。あなたのどうでもいい過去の話と、恵くんとあなたの運命的な出会いになんて興味がないの」
「チッ、ここも重要だってのに」
黒鉄の過去の苦労話はそこまでしていないが、出会いの話だけで十分近く使われた。
男同士の出会いなんて、この物語にとって補足──※で記載する程度の内容でしかない。
そんな※で十分な内容にこれだけの時間を取られるのなら、本題の恵とメイの出会いなんてもっと時間を取られるに違いない。
「恵くんからの話なら何時間でも喜んで聞くけど、あなたの話に何十分も浪費されるのはごめんなのよ」
「へいへい、そうですかい」
「それに……」
言おうとして止めた。
過去の話をする黒鉄の『あの頃は楽しかったな』って伝わってくる表情を見るのが面白くない。
好きな男の自分の知らない楽しい過去なんて。
「それに?」
「それに、ここからの流れなんて想像できるもの」
「ほお、どんな流れなんだ?」
「二人で大学に行って神宮寺くんたちを見て、彼が狙ってた奈子メイの存在を知る。そして復讐目的で彼女と知り合い、無事に恵くんと彼女は結ばれて復讐を果たす。でしょ?」
「ま、まあ、そんなとこだな」
正解だったらしい。
こういった交際相手、それから容姿や年収でのマウントの取り合いは好きではないが、これまでの燈子の人生経験でもこういったことはよくあった。
他人の目に興味がない燈子はそういった感覚は持っておらず共感できないが、一定数こういったことで優越感を得る者はいる。
それを否定するつもりは燈子にはない。というより、自分の中に別の歪んだものがあるのだから、他人の歪んだ感覚を否定するのはおかしな話だ。
「いかにも売れない作家が考えそうな展開だけど、プライドの高い彼には効果的な仕返しね」
「ああ、二人がいちゃつくのを遠目で見つめるあの神宮寺の悔しそうな顔は傑作だったな」
「でしょうね。それで、恵くんは満足していたの?」
これは黒鉄の復讐劇ではなく恵の復讐劇だ。
当然、恵は満足してると思ったのだが。
「……どうだろうな」
先程までの黒鉄のにやけ面が、一瞬で風に吹かれたように消える。
「満足は、まあ、その時はしてたんじゃねえか? だけど満足と一緒に憑き物も取れちまったみたいでな。それから一年ぐらい経って大学を辞めたんだよ」
恵が大学を辞めたことは知っていた。
二年間大学に通い、それから短大に通い直したと。
そのことを聞いたのは二人で旅行へ行った少し前のことだ。
驚いて「どうして辞めたの?」と聞いた燈子に、恵は苦笑いを浮かべながら「まあ、他にやりたいことがあって」と言い、すぐに別の話題を出して誤魔化した。
深く踏み込んでほしくないときに恵がする反応だがら、それ以上は深く聞けなかった。
「もしかして、彼女と何かあったの?」
「何かっつうか……まあ、堪えられなかったんだろ。さっきも話したが、あいつの元の性格ってクソが付くほど純粋で真面目だろ? そんな男が結果的に結ばれたとはいえ復讐の為にエロ狐を利用した。何より当時頑張っていたアイドルを辞めさせちまった」
「でも辞めろって恵くんから言ったわけじゃないんでしょ?」
「まあな。だが自分と関わったことでどんどん落ちていくのが見てられなかったんだろ。あいつもエロ狐に『お互い関わらない方がいい』って言ったらしい」
だけど、と黒鉄は言葉を続ける。
「エロ狐は話を聞かなかった。むしろ狂っていくのを望んでいるようだったそうだ。で、そうやって”自分のせい”で変わっていく姿を見るのが辛くて……結果的にあいつはエロ狐から逃げたんだよ」
「そう」
「まっ、聞いたのは結果だけで詳しい過程については当人同士しか知らねえ。もしかしたら俺の知らない何かがあったのかもな。そもそも」
黒鉄は鼻で笑うと、コーヒーを一気に飲み干し大きく伸びをする。
「あいつがどうやってあのエロ狐を堕としたのかも知らねえんだよ」
「どういうこと?」
「言葉通りだ。俺は復讐する方法をあいつに話したが、実際に行動して成功させたのはあいつだ。最初は恵に対しても取り付く島もないほど見向きもしなかったからな、あのエロ狐。だから別の案を……って考えてたら、何日かしたら恵にべったりになってた」
「どうやったか聞いてないの?」
「ああ。手法に興味はなかったからな。で、これからもこいつといたら何か面白えこと起きるんじゃないかと思って、こうして今もつるんでるってわけだな」
黒鉄は立ち上がると「んじゃ、俺はそろそろパチ屋に行くからよ」と店を出た。
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