第79話 二つの出会い
「そういうえば、メイが元アイドルだったことも忘れてるんですよね?」
「え、アイドル?」
「くすっ、はい。元人気アイドルでした」
振り返った彼女は明るい笑顔を浮かべた。
可愛いと思ってたけど、本当にアイドルだったなんて。
「でも、先輩と出会った時は違いましたけどね。アイドルって名乗るのもおこがましいぐらい人気もなくって、ライブを開催して十人見てくれたら『今日はお客さん凄く来てくれた!』って喜ぶぐらい、人気のない地下アイドルでした」
「そうなんだ。でも、そこから人気アイドルになったってことは頑張ったんだね」
「頑張った……。はい、頑張りました」
微かに彼女の笑顔に陰りが見えた気がした。だけどすぐに明るい笑顔に戻った。
「っと、話を戻しますね。ここの学祭に来たのは、メイがまだ高校一年生の時でした。中学から進学して新しくできた友達に誘われて。ほら、高校生の時って、大して歳も変わらないのに大学生が大人に見えた時期あるじゃないですか」
「そうかな?」
「お洒落した大学生とか、車に乗ってる大学生とか。要するにここに来たのも、友達の大学生彼氏を見つける為です」
「友達のってことは、メイは?」
「まあ、あわよくば、みたいなことを当時は考えてたかもですね。その時に所属していた地下アイドルグループは恋愛自由だったんで。それで……そうです、制服で行ったんでした。女子高生の特権の制服です」
くすくすと笑った彼女。
校舎までの道のりにある木々に手を触れながら言葉を続けた。
「それはもう、何人も声かけてきましたよ。友達は大学生に魅力を感じて、向こうは制服を着た女子高生に魅力を感じて。友達が大はしゃぎして、ブランド物のアクセ付けてた大学生に『あの人絶対お金持ちだよ!』って興奮したりしてました」
「そんなに興奮することなの?」
「メイはしませんでした。人気がないとはいえ地下アイドルとして活動してたので、大学生よりずっと大人の人と仕事してましたから。それにその人たちが付けてたアクセ、明らかに偽物でしたからね。でも友達は数か月前まで中学生でしたから。みんな騙されて付いて行こうとしてましたよ」
レンガ造りの校舎の外壁をなぞりながら、校舎裏へ向かって歩き続ける。
「友達に『この人たちと一緒に回ろう!』って言われて迷ってる時でしたね。一組のチャラそうな人たちに声をかけられました」
「別の大学生?」
「はい」
メイが振り返ると、少し迷ってから。
「名前は忘れました。ただ嫌いで、ムカつく男でした」
彼女は笑った。
さっきまで話していた大学生とは明らかに違う反応だった気がした。
「その中のリーダーの男がメイにターゲットを絞って、しつこくて……。やれ俺の車でドライブしようだとか、やれなんでも好きなもの買ってあげるよだとか。挙句の果てにはその人、メイになんて言って誘ってきたと思います?」
「え、なんだろ……車、お金ってきたから。わかんない、なんて?」
「メイの目をジッと見つめながら『今までの男じゃ味わえなかった快感を味わわせてやる』って。なんなら快楽の天国に連れて行ってくれるそうです」
口に手を当てくすくすと笑いだす彼女。
「それまでは友達の付き合いで一緒にいるならいいかなって思いましたけど、その瞬間に冷めちゃって。友達はキャーキャー言って満更でもなさそうだったので置いていっちゃいました」
「僕にはわからないけど、ドラマとか見てたら女の子はそういう言葉を囁かれて喜びそうだけど」
「テレビとかで見る俳優さんに言われたらときめくかもしれません、雰囲気とかが作られてますから。だけど会って数分の、それも少ししか年齢変わらない相手に言われても『気持ち悪い』としか思いませんよ」
病室のテレビでやっていたドラマを見て「かっこいいなー、こういうことをパッと言える男になりたいな」と思ってたけど、誰にでもというわけにはいかないんだな。
「友達と別れたメイは一人、校舎から出てこの辺りに建ち並ぶ屋台を眺めてました」
木々や花々で彩られた裏庭に来ると、メイは手を広げながらくるっと回る。
「それで、たこ焼きでも買って帰ろうかなって思ってた時です」
彼女は俺の手を掴む。
「先輩に、ここで声をかけられたんです」
「僕に?」
「はい。綺麗で痛みのない黒髪にお洒落とは無縁な地味な服装。優しそうな笑顔に大人しい見た目で、それはもう、一目で遊び慣れてないのがわかるぐらい。ナンパするような見た目じゃないから、びっくりしちゃいました」
僕がナンパ……。
記憶のない時はそういうことを平気でしていたのか。
想像もできないな。
「それに、先輩……くすくす、メイになんて声かけたかわかります?」
「え、わからない。僕はなんて君に声をかけたの?」
「『お好み焼き、一緒に食べませんか?』って。たこ焼き屋の前で言われました」
そんなに笑うセリフだろうか?
と思ったが、メイは楽しそうに笑っていた。
懐かしそうに、頬を赤らめて、見ていたらこっちまで気持ちが明るくような笑顔だった。
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