第80話 初めての優越感
「僕が、君にそんなことを」
「最初はナンパだって気付きませんでした。これは……慈善活動かなって。お金の無い女子高生にお恵みを……って、これだとパパ活になっちゃうか。でもそれぐらい、ナンパする見た目じゃなかったですから、先輩」
どうやら彼女は当時の僕の見た目と言動の不釣り合いがツボだったらしい。
お腹を抱えてくすくすと笑い、笑い疲れたら大きく息を吐いた。
「それで一緒にお好み焼きを食べたの?」
「いいえ、たこ焼きがいいって言いました。そしたらたこ焼き奢ってくれました」
「一緒には食べたんだ」
「普通なら断ってたと思うんですけど、ナンパするような人に見えない先輩が、どうしてメイに声かけてくれたのか気になって。それとたぶん、面食らって、つい頷いちゃったんだと思います」
流されて、というのが正しいのだろうか。
「一緒にたこ焼き食べてる間、先輩は他の人みたいに自分語りするわけでも、いっぱい質問してくるわけでもなく、ただ当たり障りのない話をするだけでした」
「それは、なんというかごめん」
「もしかして、メイが楽しくなかったと思って謝ってますか? いいえ、メイにとってはその普通の会話……というより、雰囲気が好きでした。お互い無駄に気を使わなくて、自然で」
僕にはどういうことかわからなかった。
ただ彼女にとっては、僕にとってのその退屈な時間が良かったらしい。
「その日はたしか、一緒にたこ焼きを食べて終わりましたね」
「え、それで終わり? そこから何か、連絡先の交換とか」
「なかったです。ほんと、なんで声かけてきたんですか?」
「それは……」
「その記憶もないからわからないですよね。それでずっと後に、メイも気になって先輩に聞いてみたんです。『どうしてあの時、声をかけてきたのに何もしなかったんですか?』って」
「僕はなんて?」
「メイは追いかける方が好きだと思ったから、だって」
「……どういうこと?」
「さあ。メイは異性の人に追いかけられるより追いかける方が好きなんだと思ったらしいです。それがたこ焼き食べただけで何もしなかったのにどう繋がるのか、当時のメイにはよくわかりませんでした。ただ」
すると、メイは僕の目の前にピタッと寄り添うように立った。
「言った通りかどうかわかりませんが、結果的にここからメイは先輩を追いかけるようになりました」
僕の手に自分の手を乗せ、メイは指を絡める。
体をくっ付け、身長の低い彼女の唇が首筋を這う。
「え、ちょ」
「駆け出しのアイドルだから少し優しくすれば簡単に抱ける……そんな風に思って声をかけてくる人が当時はたくさんいました。そういう人は少し話せば、目を合わせれば、下心なんて簡単に見透かせた。高校生だった当時から胸もそこそこ大きかったから、今の先輩みたいに顔を赤くさせて、ちらちら見られることもありましたね」
「いや、僕は」
「くすくす、また見ましたよね?」
上目遣いで笑う彼女の瞳と、押し付けられて潰れる胸とで視線が揺れる。
見ないように意識してるのに、無意識に谷間へと吸い寄せられる。
そんな僕のだらしなくなってるであろう顔を見て、メイは心の底から嬉しそうに微笑んでいた。
「みーんな、今の先輩みたいに見てたり、下心持ってたりしてたんです。その時は嫌だなって、気持ち悪いなって。あっ、今の先輩には思ってません。先輩にはずっと見ててほしいので」
「見ない見ない、もう見ないから!」
「そうですか? とか言いながらまた見ましたね……? くすくす、相変わらずえっちなんだから」
体を離そうとしても彼女は離れまいと近寄ってくる。
離れて、近寄られて、また離れて、近寄られて。それの繰り返し。
気付いたら校舎に背を付けてた。壁ドン。普通は男がするってドラマで見たのに、メイにされてる。
「だからかな。一緒にたこ焼きを食べる先輩が一回もメイの胸も見ないで、下心も出さないで連絡先も聞かないで終わったから、逆に気になっちゃって。一週間後、今度はメイから先輩に会いに行ったんです」
「メイから?」
「先輩が通う大学に。なんでなんでしょう、自分でもなんでそんなことしたのかはわかりません。ただこのまま終わるのが気持ち悪くて。この頃はまだ、先輩からどうして連絡先も聞いてこなかったのかの理由を聞いてませんから」
要するにこの頃は、ただたこ焼きを奢ってくれて、隣で一緒に食べて、大して面白い会話もしてくれない変な奴止まりというわけか。
「よく、また会おうとか思ったね」
僕だったら絶対に会おうとはしない。
むしろ怖くてもう会いたくないと思っただろう。
「くすっ、本当ですね。たぶん、他の男の人たちと違う感じがあったから気になったんだと思います」
「怖いとは思わなかったの?」
「あー、一歩間違えてたらそう思ってたかもです。恐怖心と好奇心が天秤で揺れ動いて、ほんの少しだけ好奇心に傾いたから行動した。くすくす、良かった」
その発言を聞いて、彼女が他の人とどこか違うのだと感じた。
それがなんなのか、どう違うのか、はっきりとは言葉にできないけど感覚で思った。
そして、もしかしたらそういう部分を当時の僕は見抜いていたのかもしれない。だから。
いや、ありえないか、そんなこと。
「さっき通ってきた門で先輩のこと待ってたら、いろんな人に声をかけられました。学校帰りで制服姿だったのもあるかもしれません。下心丸出しの自称大人たちが、数千円のカラオケ代を奢るから一緒に遊ぼうって。年下の女子高生に媚びへつらって。その代わりに……」
メイは僕の手を取ると自分の背中に回させる。
細い腰を軽く抱きしめると、メイは背伸びをした。
唇を僕の耳に触れ合わせ、甘い声と吐息が耳の中で震える。
「そんな時、先輩を見つけました。メイは先輩へと駆け出し、声をかけたんです。今みたいに顔を熱くさせ、少し呼吸が荒くなって。メイが無視してきた大勢の男たちの視線を受けながら、先輩だけに……メイは声をかけたんです」
「──ッ!」
その言葉を聞いて、当時の光景が容易に想像できた。
異常なほど溢れてくる興奮。この感じ、記憶が無いのに覚えがあった。
これはたぶん──優越感だ。
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