第15話 二人だけの秘密
「燈子さん、どういうことですか……?」
「どういうことって、言葉の通りよ?」
俺を椅子に座らせた燈子さんの声が、すぐ後ろから聞こえる。
目隠しで視界を奪われているからか、いつもより感覚が敏感で、どんなに些細な声や吐息でもはっきりと聞こえる。
「女狐って、誰のことですか……?」
「さあ、誰のことだろう」
”大嫌いな女狐”って、明らかに
だけど燈子さんとメイには、俺が知るかぎり面識はなかったはずだが……。
「だけど気になってね。いつもは香水を付けない恵くんから、珍しく刺激的な匂いがしたから……不思議だなって」
燈子さんの言うように、俺は香水を付けたりはしない。
ただ俺も、自分から微かに香水の匂いがするのに気づいていた。
おそらくメイの家を出るとき、彼女にキスをされ、その時に彼女の付けた香水の匂いが移ったのだろう。
メイの家を出て風に吹かれ、匂いはあまり気にならなかったからいいかと思ったが、俺の上着をハンガーにかけてくれたときに燈子さんが気づいたのか。
「燈子さん、別の仕事の手伝いならしますから、目隠しを外してもらえませんか?」
どちらにせよ嫌な予感がする。
目隠しを外そうとするが、それを止めるように後ろから抱き着かれた。
「んー、ダメかな。見られながらは、さすがに恥ずかしいもの……はむっ」
聞こえるように舌舐めずりする音を耳元で鳴らし、濡れた唇が右耳を包み込むと、全身が大きく身震いする。
そんな俺の反応を見て、燈子さんは「ふふっ、相変わらず耳が弱いのね」と笑って見せた。
相変わらずなのはお互い様だ。
こうやって俺の敏感な部分を責めて、幸せそうに笑うドSなところとか。
「もう、まだ耳しか責めてないのに……ふふっ、溜まっていたのかしら?」
興奮してると自白するように、下半身の一部が大きく反応する。
それを見て嬉しそうにする燈子さんは後ろから、何度も何度も、俺の上半身を触りながら耳を責める。
「燈子さん、これからはお互いに仕事の関係でいるんじゃなかったんですか?」
「そのつもりだったんだけど、少し気が変わっちゃった。恵くんが悪いのよ?」
「俺は何も──ッ!?」
ずっと上半身を触っていた手が下半身に向く。
「なんだか懐かしいわね、こうして恵くんと楽しむの……。あの時は時間があれば何度もお互いを求め合って、朝も昼も夜も関係なく、何度もしたわよね」
「……」
「ふふっ、だんまりなんだ。喋ったら声出ちゃうもんね。いいよ、黙ったままで……」
ベルトが外され、チャックが音を鳴らして下がっていく。
背中に当たる柔らかい胸の感触も、耳を犯す声と吐息も、部屋中を包み込む甘ったるいお香の匂いも、それら全てが心地いい。
「大丈夫、私に全て任せて、ね……? 恵くんは目を閉じていればいいから」
「……」
「今だけはなんにも考えないで、楽しみましょう?」
燈子さんが笑っているのがわかった。
だけど彼女を止めることもせず俺は、疲れ切ったように目を閉じると、少しずつ意識が遠のいていった。
♦
「恵くん……恵くん、起きて」
「ん……?」
「ほら、起きて。もうすぐ19時になっちゃうわよ」
何度も呼ばれて目を覚ます。
すると、目が合った燈子さんはくすっと笑う。
「もう、よだれ垂れてるわよ。なんだか子供みたいね」
「あ、ああ、すみません!」
口を拭って部屋の時計を見る。
時間は18時30分。そして自分が床で寝ていたことに気づく。
「あれ、俺……」
「まったく、仕事の手伝いをしてくれるって言っていたくせに途中で寝ちゃうんだから。それに私が演技してるというのに、まったく乗ってくれないんだから」
「えっ、演技……?」
理解が追い付かず首を傾げると、燈子さんは呆れたようにため息をつく。
「最初に言ったじゃない。『大事に大事に成長を見守っていた隣の家の子を、よくわからない女に取られて、それを取り返そうと彼女では味わえないような快楽を彼に味合わせて逆に寝取る』っていうシチュエーションのASMR配信をする予定だって。どういう言葉を使ったら興奮するかとか知りたかったのに、恵くんったら、ぜんぜん乗ってくれないんだから」
演技……?
もしかして、あれはシチュエーションの演技だっただけ?
それを俺が勝手に勘違いして。
「すみません、その……迫真の演技だったので、つい」
「ふふっ、そう? 褒められちゃった。まあ、恵くん疲れていたみたいだったから、休めて良かったかな」
「まさか寝ちゃうとは思いませんでした」
「あのお香、リラックス効果があって気に入っているのよ」
ふと燈子さんが作業していた机を見る。
ノートパソコンの画面には大量の文字を書かれていた。
「もしかしてそれ、台本ですか?」
「ええ、そうよ」
「へえ……って、凄い量ですね。いつもこれぐらい書いているんですか?」
「シチュエーションASMRだって一つの物語だもの。聞いている人がちゃんと疑似体験できるぐらいの分量がないとダメでしょ?」
「まあ、そうですけど」
「もしかして恵くん……私のASMR配信はえっちな気持ちになれればそれでいいのでは? とか思ってる?」
「えっと……」
ぷくーっと頬を膨らました燈子さんに怒られる。
燈子さんのASMR配信にあるコメントをいくつか見たけど、そのほとんどが「声がエロい」とか「抜いた」とか、そういったものばかりだった。
もちろん没入感を与えるためにしっかりと台本を練り、10分や20分ではなく長い時間の作品だからこそ疑似体験できて、エロい気持ちになれるというのもあるだろうけど、物語として楽しんでいる人は極少数な気がする。
「もちろん、私のASMR配信を聞いている人がえっちな気持ちになってくれるのが目的で、聞いている人の大半もそれが目的だと思うけど。ただ他と差別化したり、クオリティを上げないと、すぐ廃れちゃうじゃない」
「たしかにそうですね。俺も燈子さんのASMR配信を何度も聞きましたけど、他の人の作品とは違って凄く良かったですもん」
「ふうん、凄く良かったんだ……。ナニが、良かったの?」
燈子さんが自分の考えを離してくれたから、俺もつい本音を言ってしまった。
「えっと、その……そう、疑似体験できて」
「疑似体験して──抜いてくれたの?」
「ぶはっ!」
「ふふっ、図星みたいね。良かったわ、恵くんの一人の夜のお役立ちになれて」
燈子さんはそう言うと、俺の上着を手に取る。
「今日はお仕事の手伝いしてくれて、ありがとうね」
「寝ていただけで俺は何もしていないような気が……」
「ううん、そんなことないわよ。恵くんが一緒にいてくれて、私もセリフがすらすら出てきたもの」
ただ、と。
燈子さんは口元で人差し指を立て、ウインクする。
「今回お手伝いしてくれたことは、二人だけの秘密……。またお手伝いよろしくね、マネージャーさん?」
玄関で見送られながら、俺は小さく「また、何かあったら言ってください」と頭を下げて燈子さんの家を出る。
寝起きだからか、まだ頭がボーッとする。
それなのに俺の全身は、すっきりしていた。
♦
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