第16話 頑張らないと ※メイ視点
※奈子メイ視点
いつものイスに座って、いつものパソコンの前で大きく深呼吸をする。
まだ19時になっていないのに、メイのLIVEを大勢の人が待ってくれている。
コメント欄は、今日も元気だね。
「よし」
小さく言葉を発して、LIVE配信を開始する。
画面の右端にいる
「今日はね、みんな大好きクイズゲームを遊んでいくよお!」
今日は幼女の姿。
メイが明るい声で話すと、コメント欄の文字は勢いよく流れていく。
短く『嬉しい』と入力する人も入れば、長いコメントを入力してくれる人もいる。
コメントの流れが早すぎて誰がなんてコメントをしたのかまではわからないけど、みんなが弧夏カナコに喋りかけてくれてる。
「そうそう、このゲームすっごく遊びたかったの!」
全部に返事はできないけど、コメントを読んで返事をする。
弧夏カナコが人気なのは、こうして配信中ずっと喋り続けているからだと思っている。
人それぞれ違うけど、他のVTuberさんや配信者さんはコメントをたくさん読む人もいれば、あまり読まない人もいる。
その人に合った配信の仕方をすればいいと思うけど、メイは言葉を投げて、ちゃんと返ってきたら嬉しい。
一方通行は寂しいから。
だけど画面に一秒も残らないコメントを読んで、ちゃんと見てて楽しめるようにゲームもして、無音の時間が少なくなるよう喋り続けることは簡単じゃない。
配信すると、いつも喉が痛い。
だけど応援してくれる人が喜んでくれるから、頑張りたい。
言い方は悪いけど、サボり方なんていくらでもある。
だけどそういう姿勢って、応援してる人は簡単に見抜けるから。
適当なことをして、ファンを大切にしていない人が消えていくのを、アイドル時代に嫌ってほど見てきた。
そういった怠慢な姿勢を見られ、廃れてから「これから頑張りますから!」って言っても、今まで応援してくれていた人たちには──もう代わりがいる。
「クイズ難しいよー、みんな助けて!」
そうやって見ているみんなに呼びかけると、コメントの流れが一気に早くなっていく。
単純にクイズのヒントだったり『かわいい』とか『大好き』とか言ってくれる人もいる。たくさんのコメントが来て全部は読めないけど、嬉しい。
そしてメイがコメントを読めないでいると、自分のコメントを読んでほしくて投げ銭を送ってくれる人もいる。
その額は数百円から、時には何万もの額が飛ぶ。
「わあ、ありがとう。コメントは最後に読むね」
投げ銭を貰ったら、いつも配信の最後にそのコメントを読む。
多いときは、その投げ銭のコメントだけでも数時間ぐらい使うときがある。だけど全く苦じゃない。
だってみんな、ただコメントを弧夏カナコに読んでほしいだけなのにお金をくれるんだから。
純粋に考えてほしい。たった数文字のコメントを読んで何万ってお金を貰える商売なんてないよ。それを読むのが苦だって言ったら、みんなに申し訳ない。
だから全部読む。ありがとうって、ちゃんとお礼を伝える。
だけどそういった当たり前のことも、年数を重ねるとできなくなっていく人もいる。
どんどん適当になって、どんどん貰って当然、最悪「えっ、この額でコメント読ませるの?」とか思う人もでてくる。
そういった姿勢も、ファンは見逃してくれない。
恋は盲目というけど、何をしても許してくれるファンもいれば、些細なことでも一気に冷めるファンもいる。
そして少しずつファンは去っていき、気づいたら、ファンだった人が他の子を応援していることだってある。
その瞬間が、メイは大嫌いだ。
「それじゃあ、今日の配信はここまで! みんな、おやすみ!」
配信を切ったのを確認してから、大きく息を吐く。
「疲れた……」
楽しかったけど、喉も痛いし疲れた。
時間を見ると、0時を過ぎている。シャワーでも浴びにいこうかな。
「先輩、ちゃんと見てくれてたなあ」
配信中に何度か嫌なコメントが目に止まった。
うっ、てなったり、こいつ、ってなったりしたけど、すぐにそのコメントは消されて、その人からのコメントがくることはなかった。
約束通り、コメントのチェックしてくれたんだ。
そう思うと、一人で頑張ってるんじゃないって思えて嬉しい。
「頑張らないと」
今は大人気VTuberの弧夏カナコだけど、それがいつまで続くかわからない。
些細な失敗でファンを失ったり。
すごく魅力的な同業者が現れてファンを取られたり。
慢心してはいられない。
いつでも、どこでも、プロ意識を持っている。
アイドルのときからずっと、それだけは意識していた。
だけど、だけど、だけど……。
「ああ、先輩のこと考えたら、なんだか先輩とえっちしたくなっちゃったあ♡」
異性との関係が炎上する最もな理由だけど、どんなにこの仕事にプライドを持っていても、それだけは我慢したくない。
だって、アイドルの仕事も、VTuberの仕事も、どっちもすごいストレスが溜まるから。
それに心のどこかで──ううん、メイは自分のことを弧夏カナコだと思っていない。
みんなが好きなのは奈子メイじゃなくて弧夏カナコだから。
アイドルの奈子メイも、VTuber弧夏カナコの奈子メイも、何年何十年って本気で演じて、応援してくれているみんなに喜んでもらおうと頑張るって決めている。
だけどみんなは、奈子メイを愛してるわけじゃない。
奈子メイが20才になっても30才になっても、40才50才60才、どんどん歳をとっても好きでいてくれる保障はない。
そして飽きたら、簡単に他の人を応援する。
なにせアイドルもVTuberも、この世界には数えきれないほどいるんだから。
極端な話だけど、40才のメイと、10代の他のVTuberだったら、比べることもなく若い10代の子を推すでしょ。
いつかはこの人気も落ちて、他の子に抜かれていく。
それを知っているから、メイは画面の前以外では普通に生きようって決めている──いや、そういう風に生きろって先輩が教えてくれた。
「ファンはいつかメイを捨てる。だけど先輩は、離れてもこうして戻ってきてくれた。頑張らないと。頑張って魅力的なメイで居続けないと」
異性との喋り方も、連絡の取り方も、デートの仕方も手の繋ぎ方もキスの仕方も──えっちの気持ちよさも、全て先輩が教えてくれた。
先輩以外の人と付き合うなんて考えたことない。
だってメイは、自分で自分の悪い部分を知っているから。他の人と上手くいくわけない。
世間知らずで、優柔不断で、被虐癖があって、依存癖で。
そんなダメダメなメイには、先輩しかいない。先輩に縛られているときが一番、メイは幸せだから。
「だから頑張らないと……あの女に取られちゃうもんね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます