第17話 きっかけ
神宮寺が指定した一週間まで残り5日。
相変わらず神宮寺からメイへ連絡はくるものの、俺たちの過去の関係を暴露した動画は出ていない。
ただ、このまま何もしなければ、いつかは痺れを切らしてあいつは公表するだろう。
動画で暴露すると事前告知までして『やっぱりなんでもないです』なんて、あいつのファンも、そうでない者たちも許さないだろう。
なにせSNSのトレンドに乗り、犯人捜しのように世間では大盛り上がりなのだから。
「……」
「ほへぇ、さっすが大人気 VTuber様だ。俺らみたいな凡人じゃあ一生暮らせないような高級マンションに住んでいらっしゃる」
そして根本的な問題を解決するため、俺は再び
「どうしてメイの家なんですか……」
「すまない、メイ」
「先輩はいいんです。だけど」
「うおおお、これが最上階の景色ってやつか。くう、最高だな。いつも二人で夜景を眺めながら、外を歩く凡人たちを
「おい、言い方」
黒鉄は窓の外を眺めて満足したのか、ソファーに腰掛ける。
──かなりいい情報が手に入ったぜ。
黒鉄からその報告を受け、会って話を聞くことになった。
ただ二人で会う前に、メイに伝えておこうと思ったら「一緒に聞きたいです」と言われた。
それで三人で話し合うことになったのだが……。
「どうしてメイの家に。……先輩以外の男を家に入れたくないのに」
「まあ、細かいことはいいじゃねえか。一度でいいから高級マンションの最上階から人を見下してみたかったんだよな」
高層マンションの最上階からの景色なんて、何年も生きていてもテレビとかでしか見ることができないから、まあ黒鉄の気持ちもわからなくもないけど。
「はあ……もういいです。はい先輩、コーヒーをどうぞ♡」
「ああ、ありがとう」
「おい、俺には?」
「え、貰えると思ってるんですか? 水道水ならいいですよ。ただコップは使ってほしくないので、コップを自宅から持ってきたら水は恵んであげます」
「なんで人ん家にコップ持参しなきゃいけないんだよ! つか、水道水ならいらんわ」
「では我慢してください」
「ちっ、相変わらずの嫌われようだ。橘からなんとか言ってくれよ」
「まあ、無理だろうな」
二人は初対面での印象が最悪で、そこからも仲が悪い──というよりも、メイが黒鉄のことが大嫌いなので仕方ない。
むしろこの空間に二人でいること自体、奇跡だろう。
このまま本題に入らなければ、ずるずると無駄話が続きそうだ。
「黒鉄、そろそろ本題に移ってくれ」
「ああ、仕方ない」
はあ、と大きくため息をつくと、黒鉄は持ってきた革がボロボロになったショルダーバッグをテーブルに置く。
「結果から話すが、神宮寺の暴露配信──あれのほとんどがヤラセだった」
「ヤラセって……?」
「言葉通りだな。そもそも神宮寺がこの一か月で暴露したネタは全部で17件。この一か月間、ほぼ毎日ってぐらい配信していた。こいつ、随分と真面目な奴だったんだな?」
思ってもいないであろうことがわかる笑いを浮かべる黒鉄。そんな表情を見て、メイが真面目に答える。
「いえ、一か月前までは週に一回か、一か月に数件出すかどうかぐらいでした。出せるネタが無かったのか、ただ単純にやる気がなかったのかわかりませんが、投稿頻度が増えたのは伸びるきっかけになった一か月前の動画から後ですね」
「なるほど」
メイの言葉に黒鉄は頷く。
「んで、その17件のネタのうち、リスナーから依頼されたであろう、ネット上のむかつく奴を懲らしめてくださいみたいな、しょうもないネタが5件。それ以外の12件は、浮気、不倫、未成年との性行為……っていう、男女関係のトラブルだけだった」
「それについては俺とメイも調べていて気になっていた。随分と偏った暴露だなって」
「まあ、普通はもっといろんな種類の暴露内容になるはずだからな」
「でも伸びてからまだ一か月……偏っても仕方ないんじゃないかって結論に至ったんだ」
「もちろん、もっと長い期間で見ればいろんな暴露情報を出せるようになっただろうな。だけど今まで伸びなかったこいつには、金になりそうなネタを嗅ぎ分ける能力も、大勢の人が注目するような奴とのコネもない。そんな一から始めても絶対に上にはいけないような神宮寺でも、手っ取り早く燃やせるネタをぶっこめる方法も、その情報を一番に手する方法もある」
「有名配信者に女性をぶつけて、無理矢理にスキャンダルを作った……か?」
「ああ、そうだ。この男女関係の暴露で炎上している奴は全て男だ。それ自体は問題じゃないが、その相手ってのが決まって若い女ばっかなんだよ」
黒鉄はカバンから何枚かの資料をテーブルに出す。
それらに記されていたのは、12件の暴露動画に登場したであろう女性側の年齢や、知るかぎりの職業なんかだった。
「そこにある情報は、動画に出てきた女たちが自分から喋った年齢や職業なんかの情報だ。神宮寺は暴露した後、決まって相手側の女を配信に出させて電話とかで話を聞いてるんだ。まあ、言ってしまえば”被害者”の悲しみを見ている奴らに伝えて、悪が誰かはっきりさせて炎上させようって魂胆なんだろうな」
「そういえばこの前のマルモロって配信者が出てた動画も、最後に被害者の女性に話させて謝罪させるみたいなこと言っていたな」
「被害者の女を登場させて『騙された』とか『本気で好きだった』とか言って泣かせたら、誰だって男が悪いって思って叩くだろ? んで、その情報はSNSで拡散され、神宮寺のチャンネルは一気に人を集めた」
黒鉄の言ったことは全て憶測でしかない。
だけど言っていることは理解できるし、可能性としてはそれが最も当たっているような気がした。
「炎上している奴らは、元から女癖が悪いとか言われていた奴ばっかだったからな。一夜限りの関係だから大丈夫、と軽く思っていても、その一度のきっかけで燃やされることだってあるだろ」
「つまり黒鉄は、これら12件全て神宮寺が──
言って俺は少し考える。
もしも美人局やハニートラップであれば、コネもツテも、ネタを見つける嗅覚もいらない。
男女が関係を持ったという情報と、被害者である女性側の証言があれば、どんなに男性側の配信者が否定しても炎上させることができるだろう。
被害者の声があれば、神宮寺を支持するファンも、面白がって見ている者たちも、神宮寺と被害者の女性の肩を持つ。
それにあの神宮寺なら、こういったことを平気でやりかねない。
「でも、きっかけとなった一番最初の動画、これだけは他の暴露配信とは違いますよね?」
考えていると、資料を見ていたメイが黒鉄に聞く。
「神宮寺先輩のチャンネルが人気になるきっかけになった『有名ゲーム実況者が三股している』って暴露配信、これの相手の女性って三人とも三十代ですよね?」
「ああ、それな。おそらくそれは神宮寺が用意した女じゃない。そもそもその三股配信者が交際していたっていう三人との関係は、二年近く前からだったらしい」
「そういえば、当時はニュースでめっちゃ騒がれていたな。よく二年間もバレずに隠していたなとか」
「そいつかなり用心深い性格だったらしいからな。ゴシップ記者が嗅ぎまわったそうだが、確信は得られなかったらしい」
「それを神宮寺が……」
「さすがに三人の女は神宮寺の仕込みじゃないだろう。二年前から仕込んで、一か月前に暴露した……っていうのは、さすがに根気強すぎだろ」
「あいつなら種を蒔いて数日後に収穫しそうだからな」
「となると、どうやってその情報を仕入れたかだが……」
黒鉄は一枚の資料を俺に渡す。
そこに書かれていたのは、嫌なほど見覚えのある名前だった。
「神崎、まどか……」
「お前の元カノで、神宮寺の女だ」
「どうしてこいつの名前が急に出てくるんだ……?」
「調べてみたら、神宮寺が人気になるきっかけになったこの三股配信者、活動名義はかっこつけた英語の名前らしいが、本名は神崎修二って名前らしいな」
「神崎修二……たしか、神崎には兄がいるって」
「実の妹なら、兄の秘密も知っていたりしてな」
「まさか、実の兄の情報を神宮寺に教えたのか?」
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