第58話 救世主
ここは思い出の公園だ。
皐月川公園。
神宮寺との一件があった場所だ。
まさかこの決着をつけた場所にまた来るとは思ってもみなかった。
「嫌な偶然だな」
「ああ」
俺は皐月川公園へと足を踏み入れる。
平日の夕暮れ時ということもあって小学校終わりの子供が多く、親子で遊んでいる風景が目立つ。
「彩奈、今どこにいる?」
問いかけるとすぐに返事がきた。
『遊具があるところの奥で、グラウンドの側』
「わかった。そこで待ってて、すぐに行く」
『う、うん』
彩奈の周りに須藤はいないようだ。
声色もかなり落ち着いてる気がする。
「さすがに人が大勢いる場所まで逃げられて、なんかしてくるってことはないだろ。安心とはまだ言えないが、それでも一難去った感じか?」
「どうだろうな」
短く答える。
俺は黒鉄ほど肝が据わってるわけじゃない。
向こうは俺を恨み、凶器の刃物を持っている。
さっきから子供を遊ばせてる主婦が須藤なんじゃないかって、犯人なんじゃないかって思って警戒してる。
気付くと早足に、微かに息が切れる足の運びをしていた。
「彼女がいるのはこの近くか?」
「そのはずだけど」
遊具のある場所から奥へ。
広々とした湖、その近くにあるグラウンドが目に入った。
湖に魚が泳いでいるんだろう。餌をあげてる親子やカップルがいるが、俺たちに見向きもしない。
「グラウンド近くに着いた。今どこにいる?」
周りを見渡しても彩奈の姿は見えない。
『階段の上った先。怖くて、そこに逃げたの』
「わかった。そこで待ってて」
高いところから見渡せる場所が安全だと思ったのだろう。
俺と黒鉄も階段を駆け上がるが、黒鉄が早々に離脱する。
「ガキの、頃は……はあ、はあ、これぐらいの階段、なんてこと、なかったんだがなあ」
「タバコの吸い過ぎだ。あと、運動不足」
「けっ、パチンコ屋とATМの往復ならよく走ってんだけどな」
「知らんわ」
階段を上がりながら黒鉄のよくわからない話を聞き流す。
確かに子供だったらこれぐらいに長さの階段平気だったな。それと大人になったからなのか、一段一段の横幅も狭く感じる。
黒鉄ほどではないが二十段ほどの階段を上ると少し疲れた。
垂れる額の汗を拭い、辺りを見渡す。
「……いた」
その場に立ち止まったままくるくると周囲を警戒していた彩奈を見つけた。
辺りには誰もいない。それでも大声で呼ぶことはせず、走って近付いて行く。
「彩奈、無事か?」
「恵!?」
近くまで行ってから声をかけると、彩奈の瞼から一気に涙が溢れる。
「恵! 怖かった、怖かったよ……っ!」
「俺たちがついてる、もう大丈夫だ」
彩奈を抱きしめ頭を撫でる。
静かな場所に、彼女の泣きじゃくる声が響く。
声を聞きつけたあいつが追ってくるかもしれないから静かに、なんて言えるわけがない。
中学の頃で止まっていた彼女の印象でも、ここまで泣きじゃくるのは滅多にない。
それほど怖かったんだとわかる。
震えた体からも、それを物語っていた。
「……お前が」
だが案の定、崇拝する彩奈の声を聞きつけてあいつは来た。
太めの体型の女性は唇を震わせ、手提げバックに片手を突っ込んだままこっち──いや、俺だけを睨み付ける。
「お前が、私の……お前が、彩奈ちゃんを……ッ!」
「──ッ!?」
突如として女の悲鳴と怒号を混ぜ合わせたような叫び声が響く。
血走った目を大きく見開くと、須藤は一切の躊躇いもなく俺へと向けて勢いよく走ってくる。
その手には、両手で力強く握った包丁が。
「彩奈、下がれ!」
彩奈を後ろに下がらせ、須藤を睨み付ける。
近所のスーパーへ買い物に行く主婦のような、そんな格好だ。
持っていたバックを捨て、一切の理性を失っているようだった。
「落ち着け、話を、話を──」
「──黙れ! 彩奈ちゃんを、彩奈ちゃんを……ッ!」
彩奈ちゃんか。
彩奈と話したこともない見知らぬ女が彼女をそう呼ぶ。
それほどまでに自分の身近な存在だと誤解しているということか。
などと冷静に考えるのを止める。
「あの女の狙いは俺だ。俺しか見てない。隙を突けるか?」
「任せろ」
黒鉄が短く返事をすると、俺からゆっくりと距離をとるように歩き出す。
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