第45話 二人の話し合い



「はじめまして、橘の友人の黒鉄っていいます」


「へえ、恵くんの……。はじめまして、加賀燈子と申します」




 二人を引き合わせて宿の中にあるレストランへ。

 今は20時と少し遅い時間だからか、周りで食事をする宿泊客は少ない。


 そして対面で座る二人は、両方をよく知っている俺が見たらはっきりと違和感のあるキャラをしていた。




「自分は旅行が趣味で。この旅館の評判を聞いて来てみたら、橘と会ったんですよ」


「そうなんですか。旅行が趣味なんて素敵ですね。実は私もそうで、ただ一人だとかなと思って、無理して彼に付いて来てもらったんです」


「へえ、そうなんですか。あっ、自分がこうして一緒にさせてもらってお邪魔じゃなかったですか?」

 

「いえいえ、そんなことありませんよ」




 違和感だらけの笑顔を浮かべながら会話を続ける二人。

 料理が到着するまでお互いに当たり障りのない会話を続けていた。

 このまま食事会は終わってくれ。そう願ったのだが。




「そういえば、加賀さんは大学生時代、橘と付き合っていたんですよね?」


「……ええ」




 黒鉄が笑顔のまま、爆弾を投下した。




「羨ましいです、こんな綺麗な方と付き合えるなんて」


「ありがとう、お世辞でも嬉しいわ」


「いえいえ、お世辞なんかじゃありませんよ。それにしても、橘……どうして別れちまったんだよ?」


「は? ……っと」




 急に話を振られたのと同時に、俺のスマホが音を鳴らした。




「もしかして仕事の電話か?」


「……えっと」


「恵くん、急ぎの用事かもしれないから出てきたら?」




 燈子さんと黒鉄に言われ画面を見る。

 そこに表示されていたのは、メイからの着信だった。


 仕事の電話かどうかは、話してみないとわからない。

 だがこの状況で席を外すのは……。




「どうした、早く行ってこいよ」


「ええ、行ってらっしゃい」




 俺は嫌な予感を感じつつ、邪魔にならないように外に出た。




「もしもし? メイどうかしたのか?」


『あっ、先輩! 実は相談があって……』













 ♦














「せっかくの旅行中に仕事の電話がくるなんて、あいつの仕事も大変ですねえ」


「そうみたいですね」




 恵がいなくなった席は何も変わらない。

 ただそれは表面上であって、二人の間にある空気感ははっきりと変化していた。




「そういえば話を戻しますけど、どうして別れちゃったんですか? もしかしてあいつが変なことして?」




 黒鉄の無遠慮な質問に、燈子は一瞬だけ間を空けて返す。




「ごめんなさい、黒鉄くん。悪いのだけど過去の詮索は止めてもらっていい?」




 明らかに燈子の表情に、先程までの作られた笑顔が貼られていない。

 愛想を消し、ただ本気でそこに触れるなと警告していた。




「えっ、もしかして図星でした? すみません……まったく橘はほんと」




 だが黒鉄はそれを無視して、無神経なキャラを装い話を続けた。




「橘はほんと昔っから駄目な男で。付き合ってる当時も相当苦労したんですよね……?」


「……彼に悪いところは何もないわ」


「えっ、そうだったんですか? じゃあ、どうして別れて……あっ、もしかして加賀さんに新しく好きな人ができてしまったとか、ですか?」


「……過去について、詮索しないでと言ったのが聞こえなかった?」


「まあまあ、あいつもいませんし過去のことですから」


「そういう問題じゃ──」


「──目の前からどうしても消えなければいけない理由が、にあったとか?」


「──ッ!?」




 燈子の持っていたナイフとフォークがお皿に触れ音を鳴らす。

 それは黒鉄の問いかけに対して燈子が動揺していることを意味していた。

 黒鉄はここぞとばかりに畳み掛けるよう話を続ける。




「実はその当時、まだ橘とは仲良くなかったんです。ただ加賀さんがいなくなってからのあいつは大変でしたよ……? 好きな人を追いかけて同じ大学に入ったのにあなたはいなくて、いたのは大嫌いな元カノと自分から奪った憎きその彼氏」


「……」


「唯一の癒しであるあなたがいなくなった大学生活は、きっと苦痛だったでしょうねえ……まあ、すぐにを見つけましたが」




 ──新しい心の拠り所。

 それは奈子メイのことを意味しており、燈子はそれを理解すると、気持ちを落ち着かせてから黒鉄を見る。




「……あの子ともお知り合いみたいね?」


「まあ、好かれてはいませんが」


「そう、それで彼女のことを私に話してどうしたいの? 私を怒らせたい? 私をイラつかせたい?」


「いいえ、別に。ただ単純に、俺の友人には幸せになってほしいと思っているだけですよ」


「それじゃあまるで、私の存在が邪魔みたいな言い方ね」


「そうは言ってません、が……そう取られても仕方ない言い方だったかもしれませんね」


「ねえ、もう普通に喋ったらどう? その喋り方、すっごく癇に障るわ」




 はっきりと睨み付ける燈子に、黒鉄は息を吐いて答える。




「じゃあ、普通で。俺はあなたのことが好きでも嫌いでもないんすよ。ただ単純に、隠し事を続けたままあいつの側にいてほしくないだけです」


「……隠し事?」


「あなたがどうしてあいつの前から消えたのか、その理由を本人に話してやらないんですか?」


「……」




 その問いに、燈子は俯いた。




「ずっと気になっていただろうなあ。だけどあいつは聞けない。聞いたらきっと、またあなたがいなくなるんじゃないかと不安に思って。──だけど理由を話しても、あなたはいなくならないのでしょ?」


「あなたは何を……」


「だって、いなくなるも、いなくならないも……あなたが決めることでも決められることでもない。だってあなたがあいつから消えた理由は──」




 黒鉄は燈子に伝える。


 恵も知らない、加賀燈子が隠していた自分のことを。










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