第46話 呪縛




「俺に相談……?」




 メイの声はいつもと変わらない。

 何かあったのかと心配していると、




『先輩に会えなくて、ムラムラしちゃいました……♡』


「え……」


『先輩……メイが今、どんな姿か想像できますか?』


「いや、できないけど」


『先輩と何度も愛し合ったベッドの上で、下着だけを付けて寝ています……あっ、オモチャも側にありますよ。先輩が大好きなメイを虐める大人のオモチャ♡』




 どうしていきなりこんなこと……。

 ここでため息をついていいのかどうか迷った。




「メイ、すまない……話ならまた今度でも」


『何か用事があるんですか? 誰かを待たせてる……とか?』


「それは……」




 ここで燈子さんの件をメイに話すべきではない。

 声に焦りを感じさせないように返事をする。




「そういうわけじゃない」


『そうでしたか。じゃあ少しだけ付き合ってください……会えないのは我慢しますから』




 少し間を空け、彼女は言う。




『そういえば先輩、いつか二人で旅行しませんか?』


「旅行?」


『はい。二人でどこか遠く……先輩は北海道か沖縄だったら、どっちが行きたいですか?』


「どっちも行きたいな」


『じゃあ、どっちも行きましょう。あっ、そろそろ夏なので新しい水着を買わないと。先輩が選んでくれますか?』


「俺が? お店に一緒に行くの恥ずかしいんだが?」


『いいじゃないですか。先輩が好きな水着なら、どんなに際どい水着でも付けますよ? なんならそのまま更衣室で……くすくす、えっちな想像したら、手が勝手に……』




 電話越しに聞こえる水音。

 何をしているのか容易に想像できた。




『先輩、好きです……大好きです……』




 どこか消えてしまいそうなほど小さな声。

 メイはきっと、俺が何処に行って、誰といるのか知っているのだろう。


 女の勘か。それともここへ来た乱入者の密告か。

 それはわからない。だが俺から彼女に打ち明けることはできない。


 俺は──卑怯な男だから。




『くすくす……軽く、イっちゃった』




 メイの気持ちを知りながら逃げている。

 そんな俺に、彼女と向き合うなんて勇気はない。

 その勇気があるのなら、俺はきっと燈子さんに「どうしてあの日、俺の前から消えたのか」と聞けただろう。

 こんなにこじれる前に。

 その返答次第では燈子さんの側にいるか、メイの下へ戻り彼女の気持ちに応えるかを決めていたはずだ。


 だがそうしない。

 俺はどっちつかずで身を委ね、流され、生きている。

 彼女たちと身体を重ね、与えられる快感に抗えないでいる。彼女といる安心感を失いたくないと思っている。

 そんな俺が、真正面から好きと言ってくれているメイに向き合えるわけがない。




『先輩……帰ってきたら、いっぱいメイのこと抱いてくださいね』


「……ああ」


『約束ですよ。それじゃあ、続きは帰ってから……おやすみなさい、メイのご主人様』


「おやすみ」




 プツッと電話が切れた。

 音の鳴らないスマホを耳から外し、それを力強く握る。




「俺みたいなクソ野郎は、きっと死んだ方がいいんだろうな……」




 自分で言っていて情けなく思うが、それでも、そう思ってしまった。


 暗い気持ちを払うように首を左右に振ってから、俺は二人の下へ戻る。

 だがそこに待っていったのは、黒鉄だけだった。




「おう、遅かったな。あのエロ狐との電話は終わったか?」


「やっぱり知っていたのか……。それより燈子さんは?」




 俺の電話相手が誰なのか知っていたことには驚かない。なんとなく、知っていると思ったから。

 だが燈子さんがここにいないことには驚いた。まだ皿の上の料理は半分ぐらい残っている。




「ああ、彼女なら部屋に帰るってよ。俺と顔を合わせてるのが苦痛だとさ」


「お前、何か言ったのか……?」


「どうしてお前の前から姿を消したのか。その答えを伝えた。そしたら彼女、顔を真っ青にして部屋に戻っていった」




 悪ぶれることなく、黒鉄は俺に伝えた。




「黒鉄は、それを何処で知ったんだ……? そもそも今まで知っていたのか?」


「いいや、知らなかった。嘘じゃねえ、ほんとにさ。俺が聞いたのはお前からストーカーの件を聞かされるのと、ここへ来るその間だ。……誰から聞いたと思う?」




 話の流れから、なんとなく想像できた。




「……メイか」


「なんだ、知っていたのか」


「いや、想像だ。さっき急に電話がかかってきたのも、二人で示し合せたんだろ? それにお前がここに来たのも、メイが関係するんだろ?」


「まっ、そんなところだ」




 そう言うと、黒鉄は外に俺を呼び出す。

 まだ料理に一切手を付けていないが、ここで話を止めて料理の味を堪能することなんてできない。


 どうしてメイが燈子さんの過去を知っている?

 どうしてメイの指示で黒鉄がここに来ている?

 それに今は、燈子さんの過去が知りたくて仕方ない。


 俺は黒鉄に言われ外へ出る。

 煙草に火を付けた黒鉄は、上を向きながら煙を吐いた。




「さて、何から話すか……」


「どうしてメイが燈子さんの過去を……いや、今回の件で、メイが何をしたいのか知りたい」


「あのエロ狐の目的はたった一つだ。……お前に真実を知らせて、加賀燈子の呪縛から解放したい」


「呪縛……?」

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