第2話 元カノとの再会
──数日前のこと。
「研修が終わったら事務所に行く、だったよな」
午前中の研修を終えた俺は、昼食をとるために訪れていた近くのファミレスから出て大きく伸びをする。
研修は座学のみで眠気との戦いだった。
だけどご飯を食べて、午後の内容を思い出して気持ちが上がる。
「これから俺が担当する配信者さんとの顔合わせか」
俺は事務所のあるビルへと向かって歩き出す。
一般的な人生を送ってきた俺──
主な仕事内容は動画配信者への”様々なサポート”だ。
女優とか俳優とか、そういった有名人のスケジュール管理をするマネージャー職に近い。
ただ、テレビに映る有名人と、配信サイトなんかで活動する配信者は違う。それは午前中にあった研修ではっきりと理解させられた。
「この会社、コンプライアンス研修長すぎだろ……」
研修で念を押されて言われたことがあった──コンプライアンスだけは気を付けて、と。
それはたぶん、俺がこの会社に就職する前に起きた”とある事件”が理由だろう……。
「全ては、これから決まるか」
担当する配信者さんとの二人三脚がこれから始まる。
俺は気を引き締め、事務所へと入っていった。
「失礼します」
扉を開けると、静かな事務所に俺の声が響く。
あれ、午前中にここへ来たときは、こんな静かじゃなかったような……。それに、なぜか人の姿がない。
俺は時計を見る。
12時55分。やっぱり時間は合っている。
外で待っていたほうがいいのか。
そう思い、事務所を出ようとすると──。
「──ちょっと、どうしてそんなことしたのよ!?」
事務所の奥から女性の声が聞こえた。
面と向かって会話をするときとは違った声量、それに感情のこもった声だ。
相手からの返事はない。
それから少し間が空いて。
「仕事のことじゃなくても、何かある前に相談してって、あれほど言ったじゃない!」
また同じ人の声が聞こえた。
おそらく、電話をしているのだろう。
俺は恐る恐るといった感じで声のあった方へと近付く。
一人の女性が受話器を耳に付け、その周囲を他の社員が囲む。
周囲の人たちは頭を抱えたり呆れたようにため息をつく。そんな表情を見て、何か問題があったことはすぐにわかった。
「……あっ、橘くん」
声をかけていいものなのか……。
そんなことを考えていると、困り顔を浮かべていた小太りの男性が俺の存在に気が付いてくれた。
午前中の研修をしてくれた、相馬さんという社員の方だ。
「ごめんね、じゃあ行こうか」
周りに聞こえないほどの小さな声。
俺は相馬さんの後をついていくように事務所を出て、長い廊下へ移動する。
相馬さんは大きなため息をついた。
「はああああああ、まいったよ」
「何かあったんですか?」
ここまで気になる反応をされたら、聞かないという選択肢はない。
「いや、所属タレントがやらかしちゃってね」
「やらかした……」
タレントというのは、GG株式会社に所属している配信者の呼び方だ。
駐車場へ出ると、相良さんは車のドアを開けた。
おそらく社用車ではなく自分で所有している車なのだろう、なんかのアニメのキャラクターのぬいぐるみがいくつも置かれていた。
ハンドルを握った相良さんは、車を走らせる。
「やらかしたというのは、何をですか……?」
「……ファンの女の子と、やっちゃったんだよ」
「えっ!?」
ファンの女の子とやった、と言われて思いつくことなんて一つしかない。
「でも、やっただけならまだ救いはあるのでは……?」
「……その相手のファンの子、未成年だったらしいんだ」
「あー」
終わったな。
言葉にしなくても、お互いに理解した瞬間だった。
「うちに所属する男性タレントが言うには、出会ったとき、相手の女の子は「21歳です!」って答えたらしいんだ」
「要するに、騙されたと……」
「ホテルに入ってから、本当の年齢を聞かされたらしいんだ。だけど──その時にはもう、ギンギンになっていたから止められなかったって」
「それで、欲望のまましちゃったと」
「どんだけ女に飢えてたんだよ、クソがあああぁ!」
ハンドルを握る手に力が入る。
だが、すぐさま相良さんは我に戻った。
「ご、ごめん、取り乱しちゃった」
「いえ、自分は大丈夫です。それで、その男性配信者はどうなるんでしょうか……?」
「まあ、契約解除だね。ただ、担当していた彼女もどうなるか……」
「連帯責任、みたいなことでしょうか?」
相良さんはコクリと頷いた。
「……橘くんも、これから担当する所属タレントのプライベートは逐一把握しておいた方がいい。何か問題を起こして詰むのは当人だけでなく、管理しているこちらもだからね」
どうして担当するタレントのプライベートを把握しておかなければいけないのか、それはさっき相良さんから聞いたこと以前に、研修で嫌というほど聞かされた。
このGG株式会社は、俺が内定を貰ったその日、所属タレントが大きな不祥事を起こしたことで大炎上した。
内容としては、男性から大人気の女性配信者に恋人がいることが発覚したことが理由だ。
恋人がいただけで炎上?
何も知らない人は不思議に思うだろう。
それに、所属しているタレントたちはアイドルのように”恋愛禁止”というわけでもないのだから。
だがそれでも、恋愛についてはかなり厳しく見られてしまう配信者も中にはいる。
それは”ガチ恋勢”と呼ばれる、配信者に本気で恋をしている者たちをファンに持つ配信者だ。
そういったファンを持つ配信者に恋人の存在が明るみになって炎上した、というのはよくあること。
ファンがぶち切れ、多方面に莫大な損害を与え──酷い場合、当人たちの個人情報まで特定されたケースもある。
配信者は恋愛をしてはいけない。
なんて、アイドルじゃないのだから強制なんてできない。
なので、もしするなら絶対にバレるなということ。
そして、担当する配信者に問題を起こさせないようにと、研修中に何度も釘をさされた。
「よし、着いた」
相良さんは近くの有料駐車場に車を止めると、マンションへと向かった。
一階でインターホンを鳴らしロックを解除してもらい、エレベーターで八階まで向かう。
部屋の前に到着すると、相良さんがインターホンを鳴らす。
『……はい』
「あっ、お疲れ様です、相良です」
相良さんの明るい声とは違い、インターホン先から聞こえてきた女性の声は疲れたように小さな声だった。
少し経ってから、ドアが開けられた。
「お疲れのところ、すみません。今日は前にお話ししていた引き継ぎの件でお伺いしました」
「……そう、でしたね。入ってください」
相良さんから少し離れた位置にいるから顔は見えないけど、かなり素っ気ない態度に感じられる。
たぶん疲れているのだろう。
そういえば、朝まで配信していたって相良さんが言っていた。眠たいのかもしれない。
相良さんに手招きされて、俺も家の中へと入っていく。
「そういえば、昨日の配信も凄かったですね。
「ええ、嬉しくて予定以上に長く配信しちゃいました……」
「まあ、体調管理だけは気をつけてください。あっ、橘くんを紹介しますね」
リビングに案内され、俺は初めて彼女の顔を見た。
「これから担当させていただきます、橘恵と申します。よろしくお願いしま──」
ふと、言葉を詰まらせた。
彼女の顔に見覚えがあった。
そして彼女も同じく、目を大きく見開き驚いていた。
彼女は俺の幼馴染であり、中学生のときに初めてできた彼女──
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