第28話 善人ではなく


 それから俺たち4人は外で昼食を取ることに。

 黒鉄に「頑張ったご褒美に飯でも奢ってくれよ」と言われたから、どうせなら4人でと思ってだ。




『なんだか会社、大変だったみたいだね』




 食事の終わりごろ。

 着信が入って外に出ると、相手は彩奈だった。




「まあ、なんとか問題は解決できたから良かったよ」


『そうだったんだ。弧夏カナコさんの配信を見てビックリしちゃった。会社としてもあんまり、ああいった音声を流すことについて良く思ってなかったんじゃない?』




 彩奈の言う通り、ホテルで隠し撮ったあの音声を配信に流すことは、GG株式会社としては反対だった。

 理由は簡単、女性VTuberの配信だからだ。

 弧夏カナコという大人気VTuberが突然、後輩だという女の子がホテルでレイプまがいの行為を受けている証拠音声を流せば、配信のコメントでは”後輩を守って偉い”という声がほとんどでも、嫌な勘ぐりをする連中は必ず出てくるだろう。


 弧夏カナコの素顔は夜遊びするようなタイプだ、とか。


 だからでGG株式会社からすれば、困っている者を救うよりも稼ぎ頭の印象を保つことを優先したというわけだ。




「かなり問題視されたけど、俺も説得してなんとかね」




 俺は配信で流すメリットを会社のお偉いさん方に伝えた。

 まあそれは、会社を守ろうとする人間にとっては些細な説得だ。誰も新入社員である俺の言葉なんかで「よし、君に全て任せよう」なんて言うはずがない。


 説得の決め手となったのは、メイの「もし許可してくれなければGG株式会社との契約を切ります」という発言だ。


 その場にいた全員がメイの発言を聞き凍り付き、全力で考え直すよう逆に説得したがメイは引き下がらなかった。

 お互いに引かない状況で、結局は会社側が折れてくれて今回の結末となった。




『さすが恵だね』


「いや、説得したって言い方があれだったか。俺は何もしてないさ」


『そんなことないよ。きっと弧夏カナコさんも、恵が一緒に訴えてくれて心強かったと思う』


「そうかな」


『そうだよ。ふふ、なんだか面白い』


「何が?」


『中学の時となんも変わらないなって。あの時の恵もさ──』




 彩奈は嬉しそうに俺との過去の思い出を語る。


 それはまるで俺とは別人のような、絵に描いた善人が登場する物語。

 彩奈にとってその善人は、正義のヒーローか何かだったのだろう。話す彼女の声は明るく、笑っていた。

 その話を聞きながら、俺は苦しそうに笑うことしかできなかった。




「彩奈、そろそろ仕事に戻らないと」


『あっ、ごめんね、忙しいのに連絡しちゃって』


「いいや、気にしないでくれ。彩奈も何か困ったことがあったら連絡してくれ」


『うん、その時は頼りにさせてもらうね。じゃあ、お仕事頑張って!』


「ああ……」




 耳からスマホを離す。

 真っ暗なスマホの画面に映った自分の顔は、笑っていない、無表情だった。

 いつからこんな、つまらない顔をするようになったんだろうな。




「元カノとの連絡は終わったか?」




 そう声をかけられ振り返る。

 タバコに火を付けた黒鉄が、俺を見てそう言った。




「黒鉄か。どうした?」


「見てわかんだろ、タバコだよタバコ。あのエロ狐の家じゃ吸えねえし、店の中は禁煙席にされるし」


「いっそのこと禁煙したらどうだ?」


「はっ、辞められるなら辞めてるっての。で、元カノへの連絡でクソ苦しそうな顔してどうした?」




 黒鉄はそう言って隣に並び立つ。

 店の中ではメイと菜々香さんが楽しそうに話しているのが見えた。




「中学の時の彼女は、どうやら俺は今も善人だと思ってるそうだ。そんな彼女と話をしていたら、少しな……」


「中学の時か……だったら、お前が変わっちまったことも知らねえんだろ?」


「ああ」


「俺がお前と初めて会ったときには既に、復讐心に駆られたみたいな顔をしていたが、その時には既に、中学のお前とは別人だったんだろ」


「見てないのに想像が付くか?」


「俺やエロ狐の前で見せる悪い事を考えているときの顔と、ハニトラ女を混ぜて会話したときや他人に見せるお前の作った顔は別人だからな。俺たち以外に見せるその顔が、今までの顔なんだろ?」




 黒鉄はそう言い切ると、煙を空へと吹きかける。




「隠し事や裏の無い人間なんてどこにもいないだろ。だがその隠し事も裏の部分も表に出さずに相手と接していくのが社会だろ。全員が全員、相手に隠し事をして生きてんだから、お前の今の顔も、別に無理して元カノに言わなくていいんじゃねえのか?」


「隠して、か……」


「俺は変わったんだ、もう中学の時の俺じゃないんだ。なんてそいつに話して何になる? 何もならないんだから、そいつの前では善人の面を被って生きればいいだろ。今のお前の状況を含めて、全て隠して騙して生きていけよ」




 こいつなりの慰め方なのだろうか。

 いつもながら少し臭いセリフなのは、触れない方がいいだろう。


 それに黒鉄の言った通り、俺は元の善人だった俺には戻れない。

 神宮寺にも神崎にも復讐は達成したというのに、気持ちも晴れない。




「それに昔のお前がどんな奴かは知らんが、今のお前の方が面白いのは確かだしな」


「なんだそれ」


「いい女を好きなだけ抱いて、裏で悪巧みするお前がな。俺やあのエロ狐みたいに、いかにも悪人っぽくていいじゃねえか」


「悪巧みはしてない、というより……メイが聞いたら怒るぞ、それ」


「おっと、これは内緒な。と、言うわけで飯も奢ってもらったことだし、俺はそろそろ帰るぜ」




 黒鉄が店内へとチラッと視線を向ける。




「さっきから店内にいるメイに睨まれてるからか?」


「ああ、大好きご主人様を奪うな! ってな。はっ、お前のことになると男だろうが女だろうが見境なくなるのは、あの頃と変わらねえな」




 黒鉄は俺の肩に手を置くと、小さな声で助言する。




「……あの女、お前に何か隠し事をしてるぞ」


「……そうか」


「まっ、男関係ではないことは確かだが、気には留めておいた方がいいって忠告だ」




 そう言って、窓ガラス越しに見えるメイと菜々香さんに手を振る黒鉄。だがメイはムスッとしたままシッシッと手で追い払い、菜々香さんは何度も頭を下げる。




「そういえば、黒鉄も何か隠し事とかあんのか?」




 そう問いかけると、足を止めた黒鉄は少し考えてから。




「ああ、俺だって隠し事の一つや二つあるぞ。例えばお前が電話で外に出ている間に追加のビールを頼んだこととかな」


「は!?」




 黒鉄は「ごちそうさん、また何かあったら依頼待ってるぜ。俺はお前の頼れる弁護士だからな」と言って去っていった。













 ♦
















「まったく、外であの胡散臭い人と何を話していたんですか?」




 黒鉄が帰って、その後すぐに菜々香さんも帰っていった。

 そして俺はメイと共に、彼女の家へと向かって歩いていた。




「まあ、今回の件の感想みたいなところかな」


「本当ですか? なんだか怪しいです」


「本当だよ」


「ふーん、じゃあいいです。それより……」




 俺の腕を組んで歩くメイの表情は、マスク越しにも嬉しそうに笑っているのがわかる。




「こうして先輩と二人で歩いているときに、あの人の話なんてしたくないですから」




 アイドルとして活動していたときから、メイは外を出るときには必ずマスクを付け、男性と歩くことも禁止されていた。

 事務所の指示もあったが、マスコミやファンからの視線から逃れる為の術だった。

 その為、マネージャーですらも、仕事中とはっきり見てわかれば一緒に歩いていたが、それ以外は隣を歩かないことを徹底していた。

 だからこうして隣を並び歩き、ましてや腕を組んで歩けるのが幸せなんだろう。




「今、幸せか……?」




 相手が恋人でもない俺でなければ──。


 そう思って、つい聞いてしまった。




「もちろん、幸せですよ。こうして先輩の隣を歩けて」




 彼女は迷う素振りを見せずはっきりと答えた。


 また、か。

 俺が彼女と付き合っていたとき、彼女の元から去った選択は正解だったのだろうか。この笑顔を見ているとわからなくなってくる。


 だけど当時は、離れることが正解だと思っていた。

 なにせ彼女は、燈子さんと付き合っていたの俺そのものなんだから。


 理解していたんだ。

 今は幸せでも、いつかは苦しめることになるんだって……。




「……先輩?」


「あ、ああ、ごめん」




 ボーっとしている間にメイの家に帰ってきていた。




「また難しいこと考えてる。はい、座ってください」




 メイにソファーへと座らされる。

 彼女は隣ではなく足下に座って、ニコッと笑顔を浮かべる。




「今回のお礼、まだお渡ししてなかったですよね?」


「お礼?」




 俺の両手を取って指を絡めるメイ。




「神宮寺先輩の魔の手から、メイを助けてくれたお礼です」


「いや、今回の件は俺が原因で」


「いえ、先輩は何も悪くないです……」




 何も……。

 彼女は二度、そう口にした。


 それについて言及する暇はなかった。

 彼女は繋いだ手を離すと、俺のベルトを外す。

 蕩けるような瞳で見つめられたまま、彼女の指先がズボンのチャックを外す。




「お礼、させてください……メイの大好きなご主人様♡」




 メイは俺の返事を聞く間もなく、唇を舐めて奉仕する準備をした。

 チャックから解放された熱を帯びたモノを見て、彼女は「今、お礼しますね♡」と幸せそうに微笑み、舌を這わせる。


 その瞬間、悩んでいたもの全てが消えていった──。


 アイドル時代には、握手会に参加する為に大勢の男たちが何万ものお金を使って握手した彼女の手が、今は熱を帯びた俺のアレを握っている。


 可愛い、付き合ってほしい、結婚してほしいと、数えられないほどの男たちから言われてきた彼女は、目の前で一枚ずつ服を脱ぎ始める。

 

 VTuberの弧夏カナコとして大勢のファンを魅了してきた声は、俺だけに向けて甘えるような声を出している。


 一生懸命に奉仕する彼女の頭を撫でながら、そんな彼女を独占して屈服させ、優越感に浸る。

 それが俺の本性だ。

 どんなに隠しても、どんなに消し去ろうとしても、一度生まれてしまった醜い裏の顔はいつでも顔を出す。


 今の俺は、善人じゃなく欲望に忠実なクズ野郎なんだから……。















 ♦














「──神宮寺先輩にメイの情報を話したのは、あなたですよね。加賀燈子先輩?」

















 ♦










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