第27話 壁に向かって話す彼女


『──次のニュースです。有名配信者の男性が交際相手の女性に暴力を振るい、逮捕されました』




 あれから数日が経った。




『動画配信者の神宮寺徹容疑者は4月、都内の公園にて、交際相手の女性に暴力を振るったとのこと。女性の友人が撮影した映像が証拠となり逮捕されました』


「交際相手に、友人ね……そう言えって指示してたか?」




 メイの家にて、ニュースを見ていた黒鉄が俺を見て笑みを浮かべる。




「知り合いで良かっただろうが、神宮寺と交際していたという事実にしたかったんだろ。俺たちと友達かは……まあ、そう言った方が怪しくないからいいんじゃないか」


「恋人でも友達でもないのに。それに結局、あの人は被害者って形で丸く収まるんですか?」




 隣に座るメイが複雑そうな表情をする。




「いいや、暴力を振るわれたことに関しては被害者でも、これまでしてきたことに関しては、神宮寺の指示であっても実行していた部分があるからな。……ほら」


『神宮寺容疑者は容疑について認めており、以前より噂になっている余罪についても複数人の関与を明らかにしていて、これから調査が行われるとのこと』


「神宮寺はこれから取調べで全て暴露するだろうから、被害者として終わることはないだろう」


「なるほど。公園で最後の暴露だって言っていたのに、取調べでも大スクープの暴露をするんですから、本当は才能があったのかもしれないですね」


「ははっ、エロ狐にしては珍しく面白いこと言うじゃねえか」


「……エロ狐ってメイのことですか? 警備会社呼びましょうか? 最高級のシステムですよ?」




 にっこりと微笑みながら言うメイの表情は笑っていない。

 黒鉄は口笛を吹きながらそっぽを向く。誤魔化すなら最初から喧嘩を売らなければいいのに。




「それと、マルモロさんと阿藤さんも一度会って話すそうだよ」


「お互いに勘違いしたままでしたもんね、あの二人」


「マルモロさんは彼女に謝りたいとは言っていたけど、未成年の阿藤さんとはもう会わない方がいいんじゃないかと思っていたらしいよ。だけど阿藤さんの方が会って話したいってさ」


「おお、これはヨリを戻したがってますね」


「かもね。まあこれ以上は詮索しないであげようか」


「そうそう、どっかの有名エロ狐配信者が暴露してまた荒れちまうかもしれないからな」


「……うちの警備会社の職員、元自衛官だったり格闘家だったり凄いらしいですよ。試してみますか?」




 なぜ、また喧嘩を売るのか。

 二人に挟まれてコーヒーを飲む俺の身にもなってほしい。


 そんな不穏な空気が部屋の中に流れたとき、不意にインターホンが鳴った。




「あっ、来たみたいです」




 メイが来客を出迎えに扉へと向かう。




「そういえばあのAVメーカーからのメール、関係なかったんだよな」


「ああ、あれか。問い合わせて聞いてみたらそんなメールアドレスは使ってないってよ。相手が高校生だから確認しないと思って、どうせ脅し目的で適当な名前を使ったんだろ」


「まあ、そんなところだよな……っと」


「先輩、菜々香ちゃんが来ましたよ」




 メイに連れられて部屋に入ってきた彼女、瀬名菜々香せなななかは小さく俺と黒鉄に会釈した。




「ど、どうも」


「おっ、今回の大活躍者様のご登場か。なんもない家だが、まあゆっくりしていってくれや」


「……ここ、メイの家ですから。あなたは帰ってください」




 二人のやり取りを見て苦笑いする菜々香さん。


 年齢は24と俺の2個上で、茶色の巻き髪を左肩から垂らした髪型。

 赤いフチの眼鏡をかけているが、知的な雰囲気というよりも色気を増すアイテムのように感じる。

 それはたぶん、派手な見た目の印象や、男を誘惑するエロティックな体型がそうさせているんだろう。

 ただ何度か話してみてわかったのは、彼女はかなり大人しい性格だということ。それについては彼女自身も言っていて、見た目は派手にしたが元は根暗な陰キャだったのだとか。 


 そんな彼女には、今回の件でめちゃくちゃ助けられた。




「今回の件、協力してくれて助りました」


「いえ、そんな……私は黒鉄さんから指示された通りに喋って行動しただけですから。あっ、これお返しします」




 菜々香さんはケースに入れられたイヤホンを黒鉄に渡す。


 パーティー会場での神宮寺と菜々香さんの一件を、俺たちは近くで聞いていた。

 菜々香さんは耳に付けたイヤホンから黒鉄の指示を受け、アルコールの度数が高いお酒に媚薬を混ぜ神宮寺に呑ませた。

 酔って意識が朦朧となり、媚薬で興奮状態になった神宮寺とホテルに行き──録音したい言葉を吐かせてから、部屋の中に入って彼女を救い出した。




「ほんと、何かされる前に助け出せて良かったです。ねえ、菜々香ちゃん」


「はい、凄く怖かったです。男の人って酔ったら、あんな獣みたいになるんですね……。アニメの男キャラはもっと紳士なのに、あれでは野獣ですよ。いえ、野獣キャラはもっと優しくて」


「あー、菜々香ちゃん」


「あっ、すみません、つい癖で……」




 菜々香さんは何かに集中すると、自分の世界に入り込んでいしまう癖があるらしい。

 メイが現実に戻してあげると、何度も頭を下げて彼女は俺たちに謝る。




「でも、弧夏こなつカナコさんとお友達になれて良かったです!」




 菜々香さんは手を合わせ笑顔を浮かべる。


 弧夏カナコは、今まであまりコラボをしてこなかったことで有名だ。

 数回だけしたコラボでは、必ずといっていいほど相手のチャンネル登録者が急激に増え、弧夏カナコとコラボすれば配信者として成功するなんて噂も流れるほどだ。


 だからこそ、元々パーティーに招待されていた菜々香さんには、神宮寺と仲良くするよりも、弧夏カナコであるメイと仲良くなる方が有益で、今回のお願いに彼女は応えてくれたというわけだ。




「あ、あの……これから、コラボをお願いしてもいいんですよね?」


「うん、もちろん。いつも菜々香ちゃんがしてるゲームとか教えてね」


「あっ、はい! えっと、えっと、最近はですね……」




 菜々香さんはめちゃくちゃ嬉しそうにしながらメイに、自分が配信でやってるゲームを説明する。


 そんな彼女に、黒鉄が首を傾げながら問いかける。




「よくわかんねえけど、そんなにコラボっていいものなのか?」




 黒鉄の疑問を受け、菜々香さんからは幸せそうな笑顔が一瞬にして消えた。




「……黒鉄さんは今まで、8時間ずっと壁に喋りかけたことありますか?」


「え、いや、ないが……」


「私はあります。配信を始めたとき視聴者は0人でした。コメント欄もずっと誰も書き込んでくれないので真っ白で、最初は誰もいないから喋らないで黙々とゲーム配信をしていたんです。でも配信はアーカイブとして動画で残るんですよ。無言でゲームをしてる動画なんて見ても、誰もチャンネル登録しないですよね? だから誰も見てなくても喋るんです。今日はこんなことがあったよ、とか。このゲームのキャラかっこいいよね、とか。だけどすぐに話題が尽きるんです。コメント欄で『おはよう』って言ってくれれば「おはよう」って返せます。『今日なに食べた?』って聞かれれば「今日はオムライスを食べたよ。それでね」って話しを続けられます。だけど視聴者0人なんでコメントされることがないんですよ。だけど喋ってないとチャンネル登録者は増えることないんです。だから喋るんです、パソコンの前に座って一人でずっと。始めた頃は8時間ぐらい一人で喋ってました。最初の1、2時間は頑張ろうって思っていても、4時間ぐらい越えても視聴者数が0だったら、あー私なにやってんだろ、ってなるんです。それを毎日毎日するんです。だけど増えなくて。それでたまに自分のスマホで配信ページを開いて視聴者数を1人にして喜ぶんですよ。わーい、1人見てくれたって。一人で喋るのが辛いから自作自演でコメントしようかなとも思いましたがそれは止めました。ええ、戻れなくなる気がしたんですよ、視聴者0人の生活に。だから──」


「ああ、わかった。俺が悪かった、もう言わないから許してくれ」




 

 おそらく彼女の闇を覗いてしまった。いや、これは始めたばかりの配信者全員が抱えるものだろう。

 そして俺たちは口には出さず心の中で思った──彼女とはこれからも仲良くしようって。








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