第26話 人気配信者の末路



 そう伝えると、神崎は走っていった。




「大丈夫かよ、あの女。怖気付いて警察に逃げ込まないんじゃないのか?」


「いいや、逃げ込むしかないさ。なにせ沈む船から逃げ出す方法はそれしかなくて、そうしないと困るのはあの女だけじゃないからな」


「この男に今まで従っていた後輩とやらに、一緒に悪巧みしてきた配信者や女たちか。ははっ、こいつさえ捕まれば、他の奴らの問題は明るみになることないってわけだ」


「──おい、なにさっきからわけわからねえこと言ってんだテメエら!」




 やっと言葉を発した神宮寺。

 俺たちが話し終えるまで律儀に待っていてくれるなんて、ヒーローが変身するのを待つ悪役なのだろうか。

 まあ、何が起きてるのかわからず、呆気にとられただけかもしれないが。




「テメエら、あの馬鹿女に何させた……」


「お前に殴られてるところを神崎のスマホで撮って、それを持って警察に向かわせたんだよ」


「なっ、撮ってたって……」


「どうせ、配信で流したホテルの音声だけだと証拠にならないって、上手く逃げられるだろうって思っていたんだろうけど、今回のは映像付きだからな。あれをあの女が警察に見せたらどうなるか、馬鹿なお前でもわかるだろ?」




 一瞬にして青ざめていく神崎の表情。

 だが何かに気づいたのか、スマホを取り出して操作する。




「は、ははっ、馬鹿だなお前ら。周辺にはな、まどかを見張らせる為に配置していた俺の後輩たちがいるんだよ! そいつらにあの女を取り押さえさせれば──」


「見張っていた奴って、誰のことだ?」


「ああ?」


『──留守番電話サービスに接続します』




 そんな音声が、スマホから聞こえた。

 慌てる神宮寺はスマホを操作して、また別の人間に電話をかける。


『留守番電話サービスに接続します』

『留守番電話サービスに接続します』

『留守番電話サービスに接続します』


 だが誰にかけても、何度かけても、繋がる先は留守番電話サービスだけ。




「なんで誰も電話に出ねえんだよッ!?」


「最近の携帯って便利だよな。”着信拒否”しているのをバレないように、設定してる相手には留守番電話サービスに接続するって音声しか流れないんだから」


「着信、拒否……だとお!?」




 何度も電話をかける神宮寺。

 苛立ちからスマホを握る手に力が入り、両脚が微かに震え、視線がキョロキョロと左右に揺れる。

 そんな変化は、電話をかければかけるほど悪化していく。




「なんでなんでなんでなんで、なんで誰も電話に出ねえんだよッ!?」


「ははっ、哀れだな」




 黒鉄が、神宮寺を見て鼻で笑う。


 さんざん人気者アピールしていた男が、いざ困ったときに誰にも相手にされない──いや、関わらないでくれと拒否される。


 哀れだ、ほんと。


 可哀想だとは思わないが、こうなりたくはないとは思う。




「神宮寺、お前は仲間に切られたんだよ」


「切られた……? この俺が?」


「お前の仲間たちは、今までお前に付き合って色々とヤバいことをしてきた自覚があったんだろ……。それが明るみになり、このままいけば自分たちの身も危険になる──そう思ったお仲間は、お前との関係を断った」




 スマホを持つ手が震えているのが見てわかる。そんな弱り切った男に追い打ちをかけるように、俺は言葉を続けた。




「こうしてお前の前に俺らがいるのは、全てお前のお仲間が手助けしてくれたお陰なんだよ」


「それ、どういう意味だよ……」


「神崎も、お前の後輩たちも、みんな少し前からお前を裏切ってたんだよ。お前一人がこれまでの罪を被って捕まってくれれば、自分たちは助かると思ってな」


「まあ、実際にあいつらが助かるかは警察の取り調べ次第でわからねえが、アドバイスしたのは俺らだが、選択したのは連中だ。まっ、お前にあったのは金や一時的な権力だけで、最初から人望なんてなかったってことだ」


「そ、んな……」




 膝から崩れ落ちる神宮寺。


 神崎が逃げ去ったとき、後輩たちに神崎を止めるよう指示するんじゃなく、最初から自分で行動していれば止めれたかもしれない。

 既に神宮寺にとって都合のいい後輩ではなくなった連中ではなく、自分で。まあ、他人を顎で使うような神宮寺が、自分が疲れるようなことするわけないとわかっていたが。




「ははっ、そうかよ……」




 神宮寺は、俯いたまま肩を揺らして笑う。




「じゃあ、さっきから連絡が繋がらない俺が目をかけてやった配信者連中にも、そのアドバイスとやらはしたのか?」


「いいや。そいつらはおそらく、お前のあの音声が広まったときに手を切ったんだろうな」


「そうか……ああ、そうか。なるほどな」




 うなだれる神宮寺。

 黒鉄は俺に視線を向ける。まるでこれ以上はかわいそうじゃないか? と言いたげな感じだ。


 もちろん、これ以上する気はない。

 どうせこいつは、俺がこれ以上なにもしなくても終わりに向かうだけだから。


 だが──。




「だったら、お前らも道連れにしてやるよおッ!」




 そう言って立ち上がると、神宮寺はスマホを操作する。




「どこまでも救えない奴だな」 




 一瞬でも可哀想だと思った自分に呆れているのか、大きくため息をつく黒鉄が神宮寺に近づく。


 それを俺が止める。




「もういい」


「いいのか? 失う物が何も無い奴は何をしでかすかわからないぞ?」


「何をしようとも、ダメージを受けるのは自分だけだ」




 そんな会話をしていると、神宮寺の秘策の準備が整ったらしい。




「お前と奈子メイの過去を配信で暴露してやる……謝るなら、今のうちだぞ!?」


「そうか。やるならさっさとやれよ」


「い、いいんだな。謝罪……ど、土下座すんなら今のうちだぞ!?」


「……はあ」




 要するに、配信で暴露しないでほしければ謝罪して土下座して、この件を無かったことにしろって感じか。

 いまさら止まれないってわかってるだろ。というより、捨て身の作戦でもなんでもなかったのか。




「クソッ……その余裕ぶった顔を、今すぐにぐちゃぐちゃにしてやるかんな!」




 神宮寺は配信ボタンを押した。

 それからどうなったかは、画面を見なくても簡単に想像できた。




「おう、お前ら! これから最大級の暴露をするぞ、よく聞けよ……」




 威勢よく最初の挨拶を始めた神宮寺だったが、画面を見て一気に青ざめていくのが見てわかった。

 すると、隣で配信を見ていた黒鉄が笑い出す。




「これは凄い荒れ具合だな」


「お、おいおい、いつもよりコメントの流れが早いな……なんだよ、そんなに聞きたいのか? し、仕方、ねえな……」


「なになに『DV男死ね』『刑務所からの配信ですか?』『世界中の女性に謝罪しろ』か……」


「その件は、ほら、また後でするから……今は、その」




 メイの配信から数時間しか経っていないのに配信を始めたらどうなるか、いつもの神宮寺であれば容易に想像できただろう。

 それに今回の配信は予定していなかったものだ。

 配信のタイトルもサムネイルも適当で、何より第一声が反省のない急な暴露する発言。

 そんな配信者に待っているのは、暴言や誹謗中傷、それに外での配信だから位置情報を特定するコメントばかり。

 それも何十何百といった数ではなく、何万何十万といった人が一斉にするコメント。

 内容が見えなくても、気分は良くないだろう。




「なん、だよ……なんだよ! 俺の暴露配信、お前ら好きだろ!? 毎日毎日この配信が楽しみですって言ってただろ!? 俺のことずっと応援するって言ってただろ!?」




 自分だけのだと思っていた女に逃げられ。

 可愛がっていた後輩たちに裏切られ。

 共に私腹を肥やしてきた配信者仲間に逃げられ。

 自分を応援してくれていたはずのリスナーたちに暴言や誹謗中傷を投げられる。


 一瞬にして味方がいなくなった神宮寺は絶望して、喋るのを止めた。


 そんなときだった。

 俺たちの耳にも、配信を聞いている者たちにも聞こえるほど大きなサイレンが鳴り響く。


 コメント欄は、ここで更に盛り上がりを見せる。




「ははっ……そうか、そうかよ」




 神宮寺は涙を流しながら歩き出すと、スマホのインカメラで自分を撮影する。




「よく見とけよ、これが最後の地獄代行通信だ。お前ら大好きだろ? こういう悪人が不幸になって、ざまあされでスッキリするのがよ……現実では冴えないお前らは、成功してる奴が不幸になるの大好きだもんな!?」




 ──それからも、神宮寺はお迎えが来るまでひたすら視聴者たちを煽り続けていた。

 コメント欄がいくら大荒れしても発し続けていた言葉は、おそらく神宮寺がずっと思っていたことなのだろう。


 そして、逮捕された様子を撮影した地獄代行通信最後の動画は、消されるまでの数日間だけで、神宮寺がこれまで投稿した動画の最高再生回数記録を更新した。













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