第25話 証拠
「……おい」
貧乏揺すりが止まらない。
「まだかよ、おいっ!」
神崎まどかの行方を後輩たちに依頼してから2時間が経った。
シャワーを浴びて戻ったら見つかってる予定だったのに、一向に連絡がこない。
くるのはSNSの通知ばかりだ。ピコンピコンって、数秒置きに鳴るのがうるせえ。壊れるんじゃねえかってぐらいだ。
早くなんとかしないといけないっていうのに……。
そんなときだった。
「おう、見つかったか!?」
まどかを探させていた後輩から電話がかかってきた。
『はい、皐月川公園にいるそうで』
「皐月川公園? なんであんなところにいんだよ」
ここから車で数分のところにある大型公園。
休日は家族連れで賑わっているが、平日のこの時間だと人なんて誰もいないぐらい静かな場所だ。
どうしてそんなところに? そう思ったが。
『男と待ち合わせしていたみたいで……』
「男と? 男って誰だよ」
『他の奴が言うには、あいつらしいです……橘恵』
「橘、恵だあ!?」
橘恵ってあのストーカー野郎だよな。
なんであの男と待ち合わせしてんだよ。
まどかの元カレだが、散々馬鹿にしてやっただろ。それなのにいまさら会うなんて──。
「俺への腹いせか……?」
まだあの時のことを根に持っていて。
それでまどかを味方に引き入れて、今回の騒動を引き起こしたのか?
「まさか全部、あいつの仕業だったのか……」
あのストーカー野郎なら、動機はある。
そう考えた瞬間、一気に怒りが込み上がってくる。
「あのストーカー野郎はそこにいんのか?」
『ええ、今も話して──』
「いいか、俺が到着するまで、ぜってえ二人を逃がすな!」
『で、でも』
「でもじゃねえ、いいから命令に従え、ボケがッ! 逃がしたらただじゃすまねえからな!」
ブチッ!
俺は通話を終えて荷物を手に取る。
「はっ、ストーカー野郎の分際で調子に乗りやがって。……ああ、いいぜ。返り討ちにして、あの日と同じ、絶望の顔に染めてやるよ」
♦
タクシーを走らせ、皐月川公園に到着した。
やはり人の姿はない。遊具付近には子供と母親がいるが、そこから離れて目的地である川沿いまで来ると一気に人が消え、めちゃくちゃ静かだ。
最高のデート場所を選んでくれたな。
「──おい、まどかあッ!」
「えっ!? ど、どうして、ここに……」
俺が到着すると、そこにはまどかの姿しかなかった。
クソッ、あいつらちゃんと二人とも逃がすなって言ったのに。というより、あいつらどこ行ったんだよ。
周りを見渡しても、人の気配がまるでない。
「どうしてって、まどかこそこんなところにどうしているんだ?」
「そ、それは……」
「電話にも出なくてよ、ずっとお前を探してたんだぞ? なあ、まどか?」
近づくにつれ、ウサギみたいな大きな瞳をキョロキョロさせ、体を震わせる。どんなに見た目をよく見せても、根本的なド陰キャなのは変わらないな。
「心配で心配で心配で仕方なかったんだぞ……? 他の男に浮気してねえかどうかとかなあ?」
「……そ、そんなこと、しないよ。私は徹くんの彼女だから──」
「──彼女? おいおい、まどか。お前は俺の彼女じゃないだろ」
「……え?」
一度裏切った女には、はっきりと主従関係をわからせてやらねえとな。
今までお前との関係を曖昧にしてきたが、それで調子乗ってしまった可能性があるもんな。
「お前は俺の奴隷だ。俺が命令すれば「はい」と返事して、俺がムカつくと思った奴にはどんな手段を使ってでも排除する。お前はそんな存在だ、間違うなよ?」
「ど、れい……?」
「ああ、そうだ。従順に命令に従えばご褒美をやる。今までだってそうだろ? 田舎臭え服しか持ってなかったお前に服を買ってやったのは誰だ? 白黒だったつまらねえ景色だったお前にカラフルな景色をプレゼントしてやったのは誰だ? お前みたいな取り柄のない女に、俺みたいな完璧な男と一緒にいる権利を与えたのは誰だ?」
肩を掴むと、まどかは顔を俯かせた。
「俺だろ? お前は俺に従ってこそ幸せでいられたんだ。なのに……なあ? 散々ご褒美をくれてやったのに、まさか裏切るとはな……。だが今なら許してやる。あの瀬名菜々香って女をここに呼び出せ。心配するな、お前は呼び出すだけでいい……あとは俺と、まあ、何人かの男連中で話をつけるからよ」
早くスマホを取り出して連絡しろ。
そう伝えても、まどかは俯いたまま動かなかった。
マジかよ、ここで泣き出すのか。だがこれぐらいはっきりと言い聞かせてやらねえとな。
甘やかすだけじゃなく、厳しくしつけないと。
でないとまたいつか、調子に乗って反抗するかわからねえからな。
だから早く──。
「……イヤ」
「あ?」
小さい声で聞こえなかった。
「悪い、なんて言ったかわからなかったからもう一回頼めるか?」
「イヤって、言ったの。彼女には電話しない」
「はああ!?」
両肩を掴み正面から覗き込むと、こいつは初めて俺を睨んだ。
「私は奴隷じゃない、から……。だから、イヤ!」
「この──ッ!」
気づいたら右手を振り上げていた。
ここまできたら止まれない。目を閉じたまどかの左頬へ勢いよく平手打ちする。
「きゃあッ!」
そのまま後ろに倒れたまどか。
涙を流したその顔を見て、俺は笑みを浮かべる。
ははっ、新たな性癖に目覚めそうになっちまった。
「口で言って躾けられないなら、仕方ないよな? ほら、とっととあの女に電話しろ」
「……イヤ」
「仕方ねえ、だったらもう一発。今度はグーで──」
「──いやあ、いいスクープが撮れちまったなあ!?」
不意に後ろから声がした。
振り返ると、スマホを俺に向けてニヤニヤと笑う大男と、無表情で俺を睨む男がそこにいた。
「なんで、ここに。もしかして──おい、まどかあ!?」
まどかを睨み付けるが、そこにはもう女はいなかった。
♦
※橘恵視点
駆け出した神崎まどかが向かったのは、俺と黒鉄のもとだった。
「ほらよ」
黒鉄が神崎に持っていたスマホを渡す。
派手な見た目の、絶対に黒鉄が持たないような女性向けのスマホ。
「……」
「どうした、とっとと行かないのか」
黒鉄が問いかけるが、神崎は俺を見て、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「その、恵くん……。あのときは、ごめんなさい」
「あのとき?」
「ずっと、後悔していたの。なんで私、あなたを裏切ったのかなって。それを気づいたのはつい先日で、その……今からでも、もう一度──」
「悪いが、お前がここで口を開くことは、俺たちの予定に入ってないんだ」
「……えっ?」
神宮寺に見切りをつけた女が、元カレである俺になんて言うのか。なんて謝るのか。それを少しでも聞きたいと思ってしまった自分が馬鹿だった。
「俺たちは別に、お前を助ける気なんてない」
「え、でも……約束は」
「……嬢ちゃん、約束したのはお前と仲間連中が”神宮寺と一緒に悪巧みをしていた”と配信で言わないってだけで、お前を救うなんて一言も口にはしてないぜ」
「じゃ、じゃあ、私はこれからどうしたらいいの!?」
「知らねえよ」
神崎を睨み付けると、彼女は今にも泣きそうな表情になりながら唇を震わせた。
「最初に説明したはずだ。お前と、その仲間たちが助かるには──神宮寺に暴力を振るわれたとその証拠を持って警察に言うしかない。そして、全ての罪を神宮寺一人に背負いこませるしかないって」
「で、でも──」
「……得意だろ?」
俺は、神崎の肩に手を置く。
「被害者面して、誰かに守ってもらおうとすんの。今回もその面で警察に行けよ」
♦
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