第22話 股の緩そうな女 ※神宮寺視点



「私と同じように、マルモロさんとホテルに行って盗撮されていた子がいて、もしこのまま何もしなければ、盗撮された映像は世間にばらされるって……。その前に『マルモロが未成年とホテルに入って性行為をしていたことを暴露しよう』って言われたんです」


「なるほど……。それを聞いて、あなたはどう答えたんですか?」


「……すみません。あの人の話に、乗りました」




 すみません、と謝ったのは、冷静になった今の自分は、この話を持ち掛けられたことがおかしいと気づいているからだろう。


 なぜ、神宮寺がこの件を知っているのか?

 そのことに普通はすぐに気づくはずだ。だけど信じていたマルモロさんに裏切られた悲しみと、二人しか知らないはずの情報を知るAVメーカーの会社からメールが来て焦った彼女。

 様々な不安を抱えた状況だったから、彼女は冷静に考えられなかったのだろう。

 自分の身を守る為、そして先に裏切ったマルモロさんへの恨みが、今回の騒動を引き起こした。


 そうなるように誘導し、彼女に助け舟を出したのが、神宮寺だ。




「さっき読んだ裏垢でつぶやかれたのは、マルモロさんとの一件があってからですか?」


「騙されていたこととか、他にも関係を持っていた女の子がいたこととか……あの神宮寺さんから話を聞いて、つい、ムカついて」


「なるほど」




 話を聞いただけで、彼女の考えは理解できた。


 恋心を寄せていたマルモロさんに騙され、他にも女の陰があることを聞かされ、好きが嫌いに変わったのだろう。

 そして神宮寺の誘いに乗ってしまった。


 それからはお互い、彼女もマルモロさんも相手が自分を騙したと思うようになって、お互いに答え合わせしようと連絡も取らず関係が切れたのだろう。




「マルモロさんとは先輩からの紹介と言っていましたが、その先輩というのは誰でしょうか?」


「えっと、少し前までバイト先で働いていた先輩で」


「前まで、ということは今は辞めたんですか?」


「その先輩、大学の学費を稼ぐ為に何度かお店で、短期のバイトとして働いていたそうなんですが、その学費代が貯まって辞めちゃったんです」


「辞めちゃった、というのは短期なのに途中でということですか?」


「はい」




 短期なのに途中で?

 違和感を覚えた。すると、隣に座ってスマホを見ていたメイが彼女に問いかける。




「短期のバイトってこれ? 結構いい時給だね」

 

「は、はい! 重労働なのでいい時給みたいです」




 メイに話しかけられて興奮気味の阿藤さん。

 彼女と会話しながら、メイにスマホを渡される。


 短期バイトの期間は3か月。時給はそこそこ。

 短期と聞いて期間は短いだろうなとは思ったけど、やっぱり3か月か。大学の学費を稼ぐ為が目的というのに3か月も続けず途中で辞めるというのは、さすがにおかしすぎる。


 阿藤さんは疑問に思わなかったようだが、俺たち三人はさすがに変だなと感じた。




「その人とは、バイトを辞めてからも仲がいいんですか?」


「いえ、辞めてからは連絡を取っていなくて。たぶんその人、配信者としての活動が忙しくなったんだと思います」


「──配信者?」




 














 ♦

















「くすくす……先輩、詐欺師顔負けな騙しっぷりでしたね?」




 阿藤さんから聞けるだけ情報を聞き出してから、俺はメイと二人で彼女の家に移動した。




「それは俺がか? それとも神宮寺がか?」


「うーん、どっちもですかね。でも、先輩はいい詐欺師さんなので、メイはいくらでも騙されたいです」




 メイはそう言いながら、ソファーに座った俺の膝に座る。

 ここ最近は黒鉄と一緒にいる時間が多かったから、こうして身体を寄せ合うのは久しぶりな気がする。


 だが、エロい気分には、お互いになれそうにない。




「まさか、ネズミ講のような仕組みだったとはな」


「ええ」




 阿藤さんにマルモロさんを紹介したというバイトの先輩であり、配信者というのは”ぽんたんゲームズ”という、はっきり言って誰も知らないような無名の配信者だった。

 普段はゲーム配信をしているそうだが、LIVE配信をしても視聴者は3人いるかどうか。

 それもコメント欄を見ると、おそらく友人であろう者だけだった。

 そんなぽんたんゲームズだが、不思議なことに、有名ゲーム実況者とのコラボが”1か月前”に行われた。


 向こうの有名配信者のリスナーからすると「え、誰?」とか「なんでよくわからない人とコラボするの?」といった反応だった。

 それは当然の反応だ。

 コラボなんて誰とでもするわけじゃない。お互いのリスナーに顔合わせして、どっちとものファンになってもらおうという理由が大きい。


 だからこのコラボは、はっきり言って有名配信者側にはなんの利益もなく、ただただぽんたんゲームズにしか利益がない。


 そして結果として、ぽんたんゲームズは有名配信者のリスナーを少しだけ分けて貰う形で、少しずつチャンネル登録者数を増やした。




「有名配信者とのコラボをエサに、阿藤さんとマルモロさんを引き合わせたんでしょうか?」


「だろうな。そう思ってマルモロさんにも連絡して聞いてみたら、阿藤さんを紹介してくれたのは、ぽんたんゲームズとは別の配信者だそうだ。その配信者も、あんまり伸びていなかったけど学生時代の友人だったそうだ」




 そして調べてみると、マルモロさんに阿藤さんを紹介した者も、別の有名配信者とコラボしていた。




「しかも、お互いに紹介する人と面識なくて、顔も知らない話したこともない人を紹介しているんですから、完全にアウトですよね」


「ああ。有名配信者とコラボすれば、一気に数字が伸びるからな。底辺でくすぶっている奴なら、喜んで協力するだろう」




 しかも、相手に見ず知らずの異性を紹介するだけ。

 紹介したその時は、悪い事をしているという自覚はないだろう。

 神宮寺の暴露動画が上がってから、自分のしたことが原因だと感じて罪悪感を覚えるかどうかは不明だが……まあ、約束されたコラボ企画で舞い上がって、何も感じていないだろうな。


 ──プルルルル。


 と、そんなことを考えていると俺のスマホが音を鳴らす。




「もしもし」


『よお、電話に出るってことは発情中じゃなかったみたいだな』


「ああ、あの話を聞いた後だからな。そんな気分じゃない」




 電話の相手は黒鉄だった。

 その声色は、どこか明るい。




『まあ、そうだろうな。だが、そんなお前でもすぐにりたくなるような”いい女”を紹介してやるよ』


「いい女を……?」




 そう言うと、俺に背中を預けていたメイの身体が反転して、俺の上に跨った彼女がにっこりと笑みを浮かべながら俺を見つめている。




『ああ、そいつは──』















 ♦














※神宮寺視点









「──あっ、神宮寺さん!」


「あ?」




 華やかなパーティー会場で、俺に媚を売ってくる女たちと会話していると声をかけられた。


 振り返ると、俺を見て満面の笑みを浮かべる男。




「神宮寺さんのお陰でチャンネル登録者数が千人いきましたよ!」




 そう言った男の身形を2秒ほど観察する。


 誰だっけ、こいつ。

 着ているスーツは1万しない安物、顔も不細工だ。

 というより千人いったって、今までそんな数もいってなかった底辺配信者か。




「おお、そうですか。おめでとうございます!」


「まさかこんな一瞬で目標に到達するなんて……これで配信で大学費用が稼げます! 神宮寺さんのお陰です!」


「いやいや、あなたのこれまでしてきた努力の賜物です。俺はその努力に少しだけ一押ししただけですから」




 まあ、おそらく俺が声をかけた中の誰かだろう。

 やっと千人ということは、なんの将来性のない奴だ。覚えるだけ無駄だろう。


 そんな風に目の前の男に愛想笑いを浮かべていると、ふと、ある女に目が止まった。




「あっと、ちょっとすみません」




 俺は彼女の元へと駆け出す。


 この会場にいるのは、俺を支持する大切な”仕事道具”と、俺を満たしてくれる”都合のいい女”たちだ。

 俺にネタを提供し、金魚のフンみたいに従い、俺に見え見えの媚を売る奴ら。


 そんな奴らに優劣を付けるなら、

 下から底辺配信者の男、有名配信者の男、底辺配信者の女、有名配信者の女。


 そして──。




「やあ、君も参加者だよね。良かったら一緒に呑まない?」


「ええ!? あの神宮寺さんと一緒に呑めるなんて嬉しいです!」




 股の緩そうな、いつでも犯らせてくれそうな顔と身体のいい女だ。

 












 ♦











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