第21話 加害者か被害者か


 マルモロさんの自宅を後にしてすぐ、黒鉄に連絡をした。

 理由としては、マルモロさんを罠にかけた子の個人情報を調べてもらう為だった。


 ──それから数時間後。


 彼女の通う高校や、大まかな住所、それにバイト先まで調べ上げてくれた。

 おそらくは俺が聞いた連絡先とSNSを同期させ、彼女が発したSNSのつぶやきから情報を調べあげてくれたのだろう。

 相変わらず、こういう手の仕事は早い。


 そして──。




「どうもどうも……寿西高の三年生、阿藤夏目あどうなつめさん?」




 彼女のバイトが終わるのを待っていた俺と黒鉄。

 お店から出てきた阿藤という子は、正直な感想を言わせてもらえば普通の子だ。アイドルに似てるとかモデルっぽいとかはなく、どこにでもいるような平凡な高校生といった容姿。




「え、はい……どうして私のこと」




 黒鉄に声をかけられて、彼女は脅えたように後退りする。




「あー、待って待って。今日はマルモロっていう配信者について話を聞かせてもらいたくてね。ずっとここで待ってたんだよ」


「……」



 彼女の表情が一瞬にして青ざめたのがわかった。

 そしてお店の人に助けを求めようと後ろに下げた足が止まったのも。




「まっ、ここだとお互いに困るからさ、別のとこで少し話を聞かせてよ。こっちのお兄さんが美味しいデザートを奢ってあげるからさ」




 見た目だけはアレだからな、黒鉄って。

 萎縮した彼女はコクリと頷き、他の人もいるお店であればいい、ということなのですぐ近くのカフェに向かった。




「どうぞ」


「……はい」




 携帯電話を取りださないように目を見張らせる黒鉄。

 俺も隣に座って、逃げることや助けを求める声を出させないように見ていると、諦めた彼女に問いかける。




「マルモロさんについて話を聞かせてもらえますか?」


「……そんな人、知りません」




 バイト先からこのお店に来るまでにかけた5分で、彼女は黙秘することを選択したのか。




「そうなんですか? でも、あなたはSNSで、こういうことをつぶやいてましたよね?」


「──ッ!?」




 彼女に見せたのは、彼女の本垢ではなく裏垢だった。

 その裏垢では、マルモロさんと一緒に行ったであろうお店のことや、見たであろう映画のこと──そして彼を騙した際の本音が書かれていた。




「有名なアノ配信者さんと話してみて思ったのは、最低最悪のクズ人間だったってこと──って、これ君の裏垢だよね?」


「ち、ちがい……」


「じゃあ、他のつぶやきも読もうか? えっと、なになに──」


「──もういいです」




 彼女は少しだけ大きな声で俺を止める。




「お二人の目的は”アレ”ですよね……?」


「アレ、とは……?」


「だから……」




 話が掴めず首を傾げる。


 そんなとき、お店の入口に俺が呼んでいた彼女の姿が見えた。

 彼女もこちらに気づき、俺は手招きをする。




「我々はただ、彼女を助けたいだけですから」


「彼女って……えっ!?」




 阿藤さんが振り返る。

 最初は気づかなかったが、彼女がマスクを外した瞬間、ビクッと大きく反応した。




「え、ええ!? ど、どどど、どうしてここに奈子メイさんが!?」




 彼女はメイの登場に驚く。


 阿藤さんが、元アイドルの奈子メイの大ファンだったという情報も掴んでいた。




「実は彼女、あなたが協力した神宮寺徹に脅されているんです……」


「え、どういう……えっ」


「実は我々、こういうもので」




 阿藤さんに、俺は前もって作ってきた名刺を手渡した。




「弁護士さん……?」


「はい。実は数日前、彼女宛にこのようなメッセージが届いたんです」




 メイは彼女に、神宮寺から送られたメッセージを見せた。


 それは例の”メイの過去を知っている”いう内容のメッセージで、暴露されたくなければ俺の女になれ、従わなければ暴露するという内容のもの。




「メイさんが……そ、その過去というのは? もしかして引退するきっかけになったことと関係あるんですか!?」


「そうなの。高校生だったメイが、あの男に騙されて、その時も同じように脅されて……それで怖くなって引退することになったの」


「そう、だったんですね」




 引退内容としてはかなり違うが、まあ、彼女の心を動かすにはいいだろう。




「引退してからも付きまとわれてたんだけど、この二人が助けてくれて……。だけどまた、こうして脅してくるようになったの」


「そこで、再び我々の事務所に相談しにきてくれた彼女と話し合い、このまま逃げ続けていてもしつこく追い回され、ありもしない嘘で脅され続けると判断したのです。そして対処するため、マルモロさんの件を聞き、あなたに相談したかったのです」


「相談、ですか……?」


「我々はマルモロさんから本当の話を聞きました。それについて、あなたを責めることはしませんし、法で裁くこともしません。その代わり、どうやって神宮寺と知り合い、マルモロさんと接触したのか、それを詳しく教えてもらえませんか……?」


「……」


「お願い、夏目ちゃん」




 メイが彼女の手を握って情に訴える。




「わかりました。私も、後になって気づきました……自分がやったこと、最低だって。私が知ってることは全てお話しします」


「ありがとう。それじゃあ、知り合うきっかけから聞いてもいいですか?」


「……実は私、マルモロさんと出会う数日前に、付き合っていた人に振られたんです。それで、落ち込んでいた私に”バイトの先輩”が紹介してくれたんです」


「それが、マルモロさんだったんですね?」


「はい。最初は元カレが忘れられなくて付き合う気もありませんでした。だけど心配してくれたバイトの先輩の紹介なので、断ったら悪いなって思って会うことにしたんです。そのときに、バイトの先輩から「相手の人は配信者だから、21才って伝えた方がいい」って言われたんです。最初はなんで年齢を隠さないといけないのか、よくわかりませんでした。だけど私も、数回だけ会えば先輩の顔を潰さなくていいかなって思って深く考えませんでした……」




 彼女が嘘を付いているかはわからないが、気になる部分はいくつかある。だが今は話を止めず聞くべきだろう。




「それで、言われた通り何回か会うことになったんです。……本当は、何度か会って終わりのつもりだったんです。だけど……」


「……マルモロさんを、意識し始めたんですか?」


「……はい。別れたばかりだったから、人肌が恋しかったんでしょうか。性格も優しくて、話も面白くて、一緒にいると楽しくて……。だから最初は数回会って先輩の顔を立てようと思ったんですけど、ずるずる関係が続いてしまって。そんな日が続いていくなかで、マルモロさんが好きだって言ってくれたんです」




 阿藤さんは、左手をギュッと掴む。




「気づいたら「はい」って答えていました。だけど同時に、マルモロさんに嘘を付いていることを思い出したんです。それに自分は未成年ということも。それを話せば、きっと嫌われて、無かったことになると思いました」


「それで、ホテルに……?」


「私が誰にも話さなければ大丈夫、絶対に誰にも言わないから……そういう意味を込めて誘いました。本気で付き合いたかったんです。だけど、それから数日後に、こんなメールが送られてきたんです」




 阿藤さんは自分のスマホを操作すると、SNSのメッセージなどではなく、送られてきたメールの画面を見せてくれた。




「……マルモロさんとホテルでしていたことを、盗撮していたって」




 メールの文章は、とあるAVメーカー会社から送られたメールだった。

 それには、二人がホテルで性行為をしていたことを録画して、映像として残しているということが書かれていた。




「これは……」


「マルモロさんとの関係も、ホテルに入ることも、誰も知りませんし、誰にも話してません……。それで当時の私は思ったんです。マルモロさんに騙されていたんだって。最初から隠し撮りして脅迫するつもりだったんだって。それを知って、怖くなりました」


「そのメール、詳しく見せてもらっていいか?」




 ずっと黙っていた黒鉄が聞くと、阿藤さんは頷きスマホを渡した。




「AVとして売られたら終わっちゃうって。世間にばらされたら高校も退学になって、両親にも近所の人にも知られて……そんなことを考えていたとき、急に連絡が来たんです──地獄代行通信の、神宮寺さんから」











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