第20話 反撃の狼煙
マルモロさんの考えは理解できた。
このまま雲隠れすれば、神宮寺の標的が別のところに向いたと同時に、マルモロさんに執拗な誹謗中傷を送った者たちも別の標的へと向くだろう。
正真正銘の泣き寝入りだが、それが確実にやり過ごす為の安全策だ。
「実は、地獄代行通信……それを管理している神宮寺が、今別の人物に狙いを定めているんです」
「別の? ……そういえば、自分の動画が出されたとき、最後にVTuberの過去を暴露するって」
「ええ、実は彼女、自分が担当する子なんです。その過去も、おそらくマルモロさんと同じく捏造されたデマだと思われます」
「そんな……」
マルモロさんは悲しむように俯いた。
「このまま何も手を打たなければ、おそらく次の標的は彼女です。そして彼女も、マルモロさんと同じく多くの人から誹謗中傷を受ける可能性があります」
「……」
「まだ十代の女の子です。メンタルも人並ほどで、決して強くはありません。そんな子が大勢から誹謗中傷を受ければ……」
「妹と同じ、十代の子が……」
マルモロさんは、俺が話す彼女と妹さんを重ねているのだろう。俺は言葉を続けた。
「それを止める為には、神宮寺の悪事を暴く必要があると思っています」
「悪事……。つまり、自分に接触した女の子が、あいつに指示されていたかどうかですか……?」
「はい。悪事を暴く為に、マルモロさんに聞きたいことがあるんです。協力、お願いできますか?」
何を協力するのか、それを詳しく説明しなくても言葉の意味は伝わっただろう。
もしも協力すると言えば、泣き寝入りして嵐が過ぎ去るのを待つのは難しい。悪事を暴くということは、神宮寺に気づかれる恐れがありながらも行動することになる。
マルモロさんは少し迷ってから、俺をジッと見る。
「……あの日から、生きているのが辛いと感じるぐらい、苦しかったです。それと同じ苦しみを、妹と同じくらいの歳の子にさせたくないです。それにその子の過去は、完全な捏造なんですよね?」
「はい」
「わかりました。自分でできることがあれば、なんでも言ってください」
俺は「ありがとうございます」と彼に頭を下げてお礼をする。
「それで早速のお願いで申し訳ないのですが、マルモロさんを騙した女の子の連絡先って、まだ持ってますか?」
「連絡先ですか……? 変わっていなければですが」
マルモロさんから連絡先を聞き、電話番号に電話をかけるとコール音がした。
1コールで電話を切り、俺は彼女の連絡先を登録する。
「あの、橘さん……電話するのは、さすがにマズかったんじゃないでしょうか?」
「自分のスマホから電話したので大丈夫です。それに、1コールの電話がかかってきただけで何か勘づいて対処するような子なら、マルモロさんに別の携帯の連絡先を教えているか、暴露した瞬間に携帯を替えているはずですよ」
どうせ、マルモロさんが心身ともに苦しんでいるからって油断したんだろう、この子も、神宮寺も。
だが連絡が通じるのは有難い。
これで名前も連絡先もわかった。電話番号とSNSを同期する設定していれば、もっと詳しい彼女の情報が知れるだろう。
もしも無理でも、おそらく一日かけて探せば見つけることができるだろう。
「それで他には──」
ふと、マルモロさんの言葉が止まった。
ドンッドンッと階段を駆け上がってくる大きな音が近づいてきて、
「──お兄ちゃん!」
「
部屋の扉が開かれる。
両手にテニスラケットを握った彼女が俺を睨む。
高校の制服姿だから、おそらくマルモロさんの妹だろう。雰囲気はどことなく似ている。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「大丈夫って何が……しかも、なんで家でラケットを持ってるんだ?」
「変な人が無理矢理、家に侵入してお兄ちゃんに暴力を……」
「瀬理香、この人は俺が所属させてもらっていた会社の人だから大丈夫。すみません、橘さん」
「いえ」
「会社の……お兄ちゃんが苦しんでいるときに、何もしてくれなかった」
申し訳なさそうにするマルモロさんとは違い、彼女からはっきりとした敵意を感じる。
まあ、そうだろうな。
マルモロさんの一件に対して、うちの会社は何の対応もせず数日後に契約解除をしたという話しだ。
理由としては、マルモロさんが会社に相談せず問題を起こしたから、ということだが、彼の家族であれば”最も力を貸してほしいときに何もしてくれなかった会社”であって、会社の利益がどうとか評判がどうとかなんて関係ない。
「はじめまして。GG株式会社の橘恵と申します」
「橘さん。おに……兄に、何の用ですか?」
「瀬理香、この人は今回の一件で俺を心配しに来てくれたんだ。それに今は、同じく会社に所属している他の子があいつの被害に遭おうとしてるのを、橘さんは止めようとしてるんだ」
マルモロさんがフォローしてくれたが、妹の瀬理香さんは納得しないだろう。
「おそらくここで話をしていても、瀬理香さんは納得してくれそうにないですね。すみません、自分はここで失礼します」
「いえ、こちらこそすみません……」
俺は立ち上がり、彼女の隣を通って玄関へと向かう。
その間も彼女は何も言わなかったが、はっきりと睨んでいるのがわかった。
「マルモロさん、何か進展があったり、相談したいことがありましたら連絡しますね」
「わかりました……。橘さん、よろしくお願いします」
マルモロさんに頭を下げられた。
「この件で、マルモロさんに迷惑をかけることは一切ありません。もちろんご家族にも。なので、それだけは安心してください」
「橘さん……」
「その代わり、この件が解決できたら、また配信活動を再開してください。大勢からの圧力にも負けず、あなたの復帰を待ってくれているファンがいますから」
SNSで『マルモロ』と検索して出てくるものの多くは、誹謗中傷に近い言葉や憶測でしかない余罪についての言及ばかりで、本人ではない俺が見てもいい気分がしないものばかりだった。
だけどそんな悪意にまみれた言葉だけではない。
マルモロさんの復帰を待っているであろうファンたちの小さな声もあった。
だが、そんな小さな声にも、自称正義のヒーローたちの暴言は向く。
まるで、マルモロさんを擁護している者にも誹謗中傷を吐いてもいいかのような、そんな考えを持った連中相手に何を言われても負けず、ずっと小さな声で復帰を望む声を発していた。
そういうファンの姿を見て、純粋に俺も嬉しく思った。
「それじゃあ──」
「あの、橘さん」
ずっと睨んでいた瀬理香さんの表情が、少し和らいだように感じた。
「どうしましたか?」
「……さっき兄が、他にも被害に遭おうとしてる人がいるって。それを橘さんが止めようとしてるって。橘さんに、そんなことできるんですか?」
「ええ、もちろん」
「ど、どうしてそんなこと、言い切れるんですか?」
俺の返事が適当だと思ったのか、瀬理香さんの表情がまた厳しいものになった。
俺は靴を履き、振り返って笑顔で答える。
「そんなの簡単です。どこへ逃げようと、どんな手段を使ってでも、必ずあいつの悪事を暴いて地獄に突き落とします」
「「……」」
「逃がすつもりがないので、言い切れるんです」
大勢の人たちにしてきたように、今度はあいつが笑えなくなるまで、一生、脅えて暮らせるように──。
「だから、期待して待っていてください」
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