二巻発売記念SS 大学生とアイドルのお忍びデート(4)



「結婚!?」


「おい、声が大きいって」




 騒がしい店内のハンバーグ屋だとしても誰が聞いているかわからない。

 周りを確認して誰も見ていないことがわかると、ホッとため息をつく。




「いやいや、えっ、マジで?」


「本気だ」


「お前があいつと? マジかよ。えっ、大学卒業してからーとかってやつか?」


「いや、大学は辞める。結婚して、そのまま働くつもりだ」


「辞めるって、せっかく二年も通ったのに……」




 もったいねえ。

 そう言いたげな黒鉄。

 俺だって思ったけど、これは俺なりの意志表示だ。




「メイは好きだったアイドルを辞めてまで俺と一緒になることを選んだんだ。それなのに俺が大学生のままなんて”普通”に考えて”駄目”だろ」


「……」


「正直どうなるかわからないけど、いくつか正社員として採用してくれるとこでいい会社も見つけた。大学を辞めて、すぐにでも面接に行くつもりだ。もちろん東京とかじゃなくて地方で。メイ”が”周りの目とか気にしちゃうだろうから」




 アイドルとして活動していたメイからしてみれば、高卒正社員の給料なんて微々たるものかもしれない。

 だけど二人で力を合わせれば幸せになれる。

 時間が流れるのがゆっくりな田舎とかで二人で……。




「まあ」




 黒鉄は箸を置き、珍しく真面目っぽい表情を浮かべた。




「いいんじゃね、お前がそれでいいなら」


「……なんだよ」


「いいや。ところでお前、鏡って持ってるか?」


「は? いきなり──」


「鏡、見てみろよ。お前の面、すっげえひでえことになってるぞ?」


「え……?」




 スマホの鏡機能のアプリを使って自分の顔を見る。

 いたって普通──とは違うか。

 普段なら出掛ける前に洗面所で身支度して、そのときに鏡を見る。だけどこうして鏡を見たのは、メイの発表以来だった。


 だから気付かなかった。

 自分の顔がこんなにやつれていることに。




「お前、ちゃんと寝れてんのか?」


「……」


「俺の連絡何度も無視しやがって。どうせ、俺がお前の家に行って誘わなかったら今日だって無視するつもりだったんだろ」


「……」


「理由は、周囲の視線か?」


「……」


「はあ……。例の件がトラウマになってんのかもな。──お前、自分では意識してないだろうけど、今日この店に来てからずっと、どっかで物音がする度に反応してんぞ」




 ──大勢の前で笑いものにされたあの日。

 あれからずっと、周囲の視線を気にして生きてきた。

 誰かがこっちを見て小声で話していたら気になって。

 誰かがこっちを見て笑っていたら変な汗が全身から溢れて。

 気付いたら、あの日の音声が頭の中で永遠に流れる。


 そんな地獄の思い出。


 だけどメイと黒鉄の助けもあって、神宮寺と神崎の一件は終わった。

 そうしたら嘘のように俺の日常は普通に戻った。

 周りからの視線とかだって、あれから何も気にしないで生きていけた。


 それなのに、今回のメイのことがあってから、またあの時みたいな感覚に襲われた。

 いや、もっと酷くなっている気がした。




「まあ、今回はそうなるのも仕方ないっちゃ仕方ないか。ネットを開けばあいつの引退理由がーとか無関係な奴らが騒いで、テレビを付ければ報道番組で取り上げられるのはこの件ばっか。……でもいいか、別に今回の件はお前のせいとかじゃねえぞ?」


「わかってる。わかってるさ……だけど」




 頭ではわかっている。

 だからといって俺の全神経が納得しているわけではない。

 こうなるのは、一種の病気のようなものだ。




「そうか。だったらいいけどよ」




 そう言って黒鉄は席を立つ。




「今日は奢ってやるよ。結婚ってなったら、これからたくさん出費があることだしな」




 黒鉄は店を出た。

 あいつがご飯を奢ってくれたのは、これが初めてだ。きっとこの先も、あいつが俺に何かを奢ってくれることは二度とないだろう。




「そんだけ俺が重症に見えたってか。はっ……」




 俺も店を出る。

 自宅への帰路。

 自然と猫背になり、視線はずっと地面を見つめていた。


 駅のホームで切符を買って電車へ。

 平日の午後ということもあって、少しだが学生の姿はあった。

 けれどそこまで人はいないので適当なイスに座って、目的の駅に着くのを待つ。




「──はあ、ほんと腹立つな!」


「──ッ!?」




 ビクッ、と自然と体が反応した。

 声のした方へ視線を向けると、二人組の男子高校生が会話をしていた。




「なんで俺たちだけがあんなに怒られなきゃいけないんだよ!」


「ほんとな。別に他の奴らだって成績悪かったのにさ」


「何が『お前らはテストの成績が悪かったから当分は部活に来るのは禁止だ』だよ。はあ、マジ最悪だわ」


「どうする。これから帰って勉強でもすっか?」


「はあ? するわけないだろ、そんなの。帰ってゲームだゲーム」




 学校で何かあったのだろう。

 そう思い、再び視線を下に向ける。




「あっ、ムカつくと言えば、そうだ! 奈子メイの引退!」


「──ッ!」




 下に向けたまま、自分の目が勝手に大きく開いたのがわかった。




「あー、奈子メイのあれか。お前、あのグループ好きだったもんな。なんで急に引退すんだ?」


「知らね。あーあ、小遣いでCDとか何枚も買って応援してたのにさ。それでセンターになったらいきなり『わたし、アイドル辞めます!』とか。マジでふざけんなっての!」


「確かにいきなりの引退報告とか……あれ、事務所でも結構な問題になってるんだろ?」


「そんなん当たり前だろ。だって二か月後にライブツアーがあったんだぞ? それなのにエースがいきなり引退とか。メンバーのSNSとか見たら、なんかもう……言葉にはしないけど、言いたいことめっちゃあるって感じだったわ」


「まあ、あるだろうな。メンバーは辞める理由とか聞いてんのかな?」


「さあな。これで男関係だったら最悪だな」


「さすがに男関係だったらやってることクソだな。メンバーも事務所もブチギレていいよ」


「ああ。ってかさ、もし本当に男関係で、その男が人気絶頂中のアイドルを引退させたんだとしたらさ──」




 ──その男、マジで死ねよ。






今回で終わると思ったら終わりませんでした。

次回の更新でラスト! ファイナルラスト! 絶対! 多分!

続きは2月23日で!


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