二巻発売記念SS 大学生とアイドルのお忍びデート(3)
※1月に投稿した二巻発売記念SSの続きになります。
「俺と……?」
周囲の音に消えてしまいそうなほど小さくて間抜けな声が漏れた。
「はい、先輩と♡ だってこのままアイドルを続けてたらお仕事とかで今日みたいな丸一日のおやすみなんてほとんどないですし、週刊誌の目とかも鬱陶しいですから」
「でも、アイドル好きだったんじゃ……」
「アイドルですか? 歌って踊って、大勢の人に見られるのは好きですけど……別にもう大丈夫です」
ずっとニコニコしていたメイの表情が、一瞬だけ曇ったように見えた。だけどすぐ元に戻った。
「だってメイの一番は先輩ですから♡」
そう言った彼女は俺の腕を組み歩き出す。
街頭ビジョンを見ている人々の声を掻き分けるように歩く。
その声一つ一つはもわもわとした雲のような見た目なのに、俺が側に近付くと、途端に鋭利なものに変わり全身に突き刺さる。
戸惑いや悲しみ、中にはメイの勝手な振る舞いに怒りを露わにする者もいた。
「引退宣言したから、明日からは週刊誌の記者に付きまとわれちゃう生活が続くと思うので、少しの間だけ先輩と会いにくくなっちゃうかもですね。だからラブホ行きましょ、ラブホ♡ 今日はなんだかいつも以上に気持ちよくなれそうな気がします♡」
周囲の声も様子も、メイには一切届いていないようだった。
気持ち悪いぐらいにいろんな感情で頭の中でぐちゃぐちゃになっている俺とは正反対だった。
肝が据わっているというよりも、もう彼女の中では”終わったこと”という認識なんだろう。
認識した?
いや”終わったこと”という箱に無理やり押し込んで気にしないようにしているだけのように見えた。
「あっ、ちなみに事務所から引退ライブはやってくれって言われて、正式な引退の日は今月末なので。だから先輩、メイはまだアイドルなんですよ」
「え?」
「だから、アイドルのメイを好きなだけ犯せるんです。ほら、興奮してきたでしょ?」
普段ならこういう誘いにはすぐに反応するのに、今日だけはメイの言葉が右から左へ流れていくように抜けていく。
ラブホ前。
学生御用達の格安の、俺たちがよく行くラブホ。
「さあ、行きましょうか♡」
俺の腕を引こうとするメイに、俺は最後に聞く。
「……本当にいいのか」
「何がですか?」
「アイドル、引退して……」
「もう!」
彼女に腕を引っ張られる。
「いいんです! メイは先輩との時間を大切にしたいんです!」
俺は「わかった」と言葉を返した。
それでこの話は終わり。
本人がアイドルへの未練もなくて無理もしていないと言うなら、俺がこれ以上気にすることはない。
ただ俺がすべきことは、俺を苦しみから救ってくれて、俺と共に狂ってくれた彼女を幸せにすることだけだ。
♦
「おっ、大人気アイドルグループのセンターを妊娠させて引退させた、世界中の男たちの敵じゃん! おっすおっす!」
「勝手に妊娠させたことにするな。……まあ、男の敵なことは間違いないけど」
悪友である黒鉄に会うなり面と向かって言われた。
──あの引退宣言発表日からまだ数日。
あれから今日までずっとSNSのトレンドに載るほど大きな話題。
それほどまでにアイドル奈子メイの引退は世界中に衝撃を与えたということだろう。
そして話題が上がり続けていることの最大の原因は”引退理由”だ。
黒鉄はスマホのニュース記事を見ながら、それはそれは楽しそうでムカつく顔を浮かべた。
「ライブ公演と、そのための日々の過酷なレッスン。バラエティー番組にも引っ張りだこで、最近だとドラマ出演までちらほらあり心身ともに限界を迎えた。……まあ、恋愛禁止のアイドルが好きな男との時間を大切にしたいから引退するって理由よりはマシだし、なんならありがちな理由だが」
「ネットの反応を見るに信じられてはないな」
昼夜問わず永遠と繰り広げられる憶測だらけの詮索。
メイのこれまでの頑張りを見てその説明を鵜呑みにするファンも中にはいたが、面白がって詮索する奴がほとんどのネットの世界。
その多くは男絡みで、ドラマで共演した俳優との熱愛だとか、大物プロデューサーの愛人に抜擢されたとか、あとは超超超金持ちの一般男性との結婚なんて噂も流れていた。
「実際は、ただの大学生との熱愛なんだがな」
「しかも超ハイレベルな大学でもないな」
「世界中の奴がそれ知ったら、きっと目ん玉ぼろぼろ落とすぜ」
「売るなよ?」
「金次第だな!」
げらげら笑う黒鉄。
「で、世界中を騒がしているあの女とは会えてんのか?」
「いいや。家の前に週刊誌が張り付いていて、家を出るのすら難しいってさ」
「なるほどな。まあ、俺が週刊誌の記者だったらそうするだろうな。男が自宅マンションに訪れたーなんてスクープ取れたらもう、そりゃ英雄だろ、なっ!」
「……はあ」
「なんだよ、んな大きなため息つきやがって。もしかしてあれか、あの女に会えなくて溜まってんのか。仕方ねえな、俺のオススメの格安で抜いてくれ──」
「はあ!」
今度はもっと大きなため息で黒鉄の面白くない冗談を遮った。
「はいはい、わかりましたよ。で、これからどうすんだよ」
「メイとか?」
「ああ。アイドルを引退させたのに、このままなあなあな関係を続けんのか?」
その問いに、俺はずっと考えていた答えで返す。
「──結婚、するつもりだ」
※
今回の特典SSの続きは2月20日に更新予定です!
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人気配信者たちのマネージャーになったら、全員元カノだったの2巻が2/20に発売されます!
今回もいろいろと特典なんかも書かせてもらいましたので、詳しくはGCノベルズ公式のSNSアカウントをご確認ください!
それとXでも告知しましたが、原作小説1巻で加賀燈子が収録していた『大事に成長を見守っていた隣の家の男の子を、よくわからない女に取られちゃって、それを取り返そうと彼女では味わえない快楽を味合わせて寝取る』のASMRが2月20日に発売されます!
こちらはR18作品になりますので!(小説もほぼR18ですが)
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