一巻発売記念SS 大学生とアイドルのお忍びデート(2)


「美味しかったですね、先輩♡」


 オムライス屋を出て歩く。


「次はカラオケに行きましょう♡」

「カラオケ?」

「今まで一緒に行ったことなかったじゃないですか。聴かせてあげます、特等席で♡」


 カラオケか。

 そういえば今まで一緒に行ったことなかったな。

 別にメイの歌なんて、テレビを付けたらいつでも聴けるから。

 それこそ風呂場とかで湯船に浸かりながら彼女はいつも歌っている。


『これも練習の一つです』


 そう言って、よく俺の前に座りながら歌ってくれる。


「まあ、人気アイドルの歌声を特等席で聞けるチャンスなんてそうないからな」

「ですね。今だけの特権ですよ♡」

「ああ……ん、それどういう──」

「──あっ、ここです! ここのカラオケにしましょ♡」


 腕を引かれてカラオケ店へ。

 受付を済ませ、部屋に案内され、メイはデンモクを操作する。


「それじゃあ、メイから先に歌いますね♡」


 マイクを持ち、隣に座った彼女は歌う。


 やっぱり今日のメイは少し変だ。

 それが気になったが、メイが楽しそうにしているのですぐに頭から消えた。


「ん、どうかしました、先輩」

「いや、なんでもない」

「あっ、もしかしてエッチな気分になりました?」

「なんでそうなるんだよ」

「昨日あんなにしたのに、まったくもう……♡ でも我慢我慢、ですよ? カラオケ店って、部屋に監視カメラ付いてるんですって」


 そう言いながら身体を擦り付けてくる。

 甘ったるい香水に柔らかい感触。肌の露出の多い私服は、男を変な気分にさせる。


「だったら勘違いされないように少し離れたらどうだ?」

「えー、メイは別に、変なことなんてなーんもしてないですよ?」

「そう言いながら俺の太股を這い上がってくるこの手はなんだ」

「さあ、なんでしょう。くすくす♡」


 入店からまだ数十分。

 メイの瞳にハートマークが浮かび上がっているように見えた。


「あっ、大きいマイクみーつけた♡」

「おい!」

「くすくす、そう言いながら反応してる。ほんと先輩って、何処でもすぐ反応してくれますよね♡」


 そこが大好きです♡

 メイは耳元でそう囁くと、お店の方のマイクをテーブルに置く。


「どうしましょう♡」

「歌を聞かせてくれるんじゃなかったのか?」

「そのつもりでした。でも、個室で二人っきりで堪えるの先輩には無理だってこと忘れてました♡」

「俺を思春期の子供みたいに言うな」

「え……違うんですか?」

「お前なあ」


 馬鹿にされたままではいられない。

 そう思い抱き寄せたのも、きっとメイの狙い通りだったのだろう。


「あん……っ♡ 店員さん、来ちゃいますよ?」

「お前が誘ってきたんだろ」

「くすくす♡ じゃあ、場所変えますか?」


 その誘いを拒む気も置きなかった。

 こういう生意気な態度を見ていると無性に犯したくなる。メイが誘ってくるときによく使う手段だ。


 カラオケを出て、俺たちはすぐさまラブホテルに向かう。


 それからは当然の──いつも通りの流れだった。

 快感に満たされ、彼女の喘ぎ声を聞き、やっぱり俺達には普通のデートは似合わないのだと実感した。

 こうして繋がっているときの方が幸せだ。

 楽しくて、気持ち良くて。

 もう何もしたくないと、そう思えるほどに。


「これからは、ずーっとこうしていられますからね♡」


 散々楽しんだあと、目を閉じて休んでいた俺にメイがそう言った。

 なんのことだかよくわからないが、俺はとりあえず「ああ」とだけ答えた。

  










 ♦











『速報です。人気アイドルの奈子メイさんが引退を発表しました』

「え……?」


 ラブホテルを出てすぐ、一斉に街頭ビジョンに映し出された速報のニュース。

 街中を歩く者が足を止め、見上げながら小さな声を漏らす。


「引退? えっ、メイちゃん引退すんの?」

「うっそ、マジ!? なんで、結婚!?」

「いや、引退としかまだ発表されてない。……え、アイドルを? それとも芸能界を?」


 街頭ビジョンへスマホを向ける者。

 ファンなのか、困惑したり泣き出したりする者。

 続報を待っているのか、沈黙したまま街頭ビジョンを睨む者。


 大勢の者が一点を見つめる。

 全員が俺に背を向け一方を見つめる中、目の前に立つ彼女ただ一人だけが振り返り俺を見つめていた。

 その表情は幸せそうで、愛の告白でもするかのような雰囲気だった。


「実はメイ……アイドル、辞めちゃいました♡」

「ど、どうして」


 絞り出した言葉がこれだった。

 あんなに一生懸命に頑張り、生き甲斐のようにしていたはずのアイドルをどうして、それもこんなに突然辞めてしまったのか。

 その疑問に、メイははっきりと答えた。


「どうしてって、それはもちろん……」


 先輩と一緒にいれる時間を増やすためですよ♡






※本当は三章のときに書く予定だった”恵がメイから離れるきっかけ”になったエピソードを、短めにしたお話です。

続きは二巻が発売される2月20日に更新します!(今週日曜からは本編の連載をします!)


一巻、本日発売です!!

是非ともよろしくお願いします!!


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