第101話 生きるため、娘のため
※詩乃香視点
それからも打ち合わせは続いた。
いや、打ち合わせというよりも戦略会議の方が近いかもしれない。
具体的にどういうファン層に、どんなアピールをしたらいいかなど。
聞くまでは自分なんかでは無理だと思っていたのに、話を聞き終わったころには自分でもいけるという気持ちになる。
マネージャーの彼は人を乗せるのが上手い。
それは仕事でも、プライベートでも。
人の弱い部分を見抜き、そこを痛いほど突いてくる。
何度も何度も奥深い部分を突かれ、気付くと詩乃香自身も抵抗しなくなっていた。
いや、むしろ求められることを望んでいるのかもしれない……決してそんなこと口にはしないが。
結婚してから蓄積されたストレスや、離婚してからの仕事や子育てばかりの毎日への鬱憤が全て薄れていく。
刺激と快楽、それと女性として見られることへの喜びが、心も体も満たしてくれる。
娘を育てないといけないという使命感のようなものから、彼の前でだけ解放される。
これは恋とかではない。
別に年下の彼を心から好きというわけではない。というより、恋愛や結婚という行為にこっぴどく裏切られた詩乃香は、もうそういう関係の相手を作るのは無理だ。
まだ32歳だが、再婚という道は諦めた。むしろ遠慮したい。
ただ、彼との交わりは自分の魅力を引き出してくれる。
自分がまだまだ女としての魅力があるんだとわからせてくれる。
彼自身も、そういう迷惑な恋愛脳を持っていないのも良かったのかもしれない。
だから、タレントとマネージャーの関係から逸脱した情事を拒むことはなくなった。
とはいえ、年下の彼に毎回主導権を握られ、命令され、何度も何度もあられもない姿を見られ、しかも笑われるのはどうにかならないのかとは思うが……。
♦
自宅に戻ってきたのは22時少し前。
本当はもう少し帰るのが遅くなると思っていたのだが、マネージャーが『せっかくの仕事休みですから、娘さんの側にいてあげてください』と早い時間で帰してくれた。
じゃあ、なぜ打ち合わせをラブホでしたのか。
おそらくやる気だった。雰囲気からそんな気がした。
ただ止めた。理由はわからないが、何か理由があったのかもしれない。彼は目の前にある無防備な獲物を逃すよな男ではない。
真っ暗なリビング。
電気を付け、寝室の扉を開ける。
常夜灯のオレンジ色の明かりに照らされた澪のかわいい寝顔を見て、気持ちが温かく感じた。
「……ごめんね」
居酒屋のバイトだと帰りは今日よりもっと遅くなってしまう。
こうしていつも夜中に子供を一人にさせるのは良くないと思いながらも、都内で母と娘二人で生きていくにはどうしても昼も夜も働かないといけない。
『実家のご両親と一緒に暮らしたらいいのではないですか?』
職場の面接で何度も聞かれたが、詩乃香は両親との仲が良くなかった。
理由は様々あるが、最もな理由は元夫が起こした事件が原因だろう。
建築家として働く元夫と知り合い、結婚して、子供も生まれた。そんな順風満帆な家族が道を──いや、元夫は何処で道を外してしまったのか、リフォーム詐欺グループの一人として逮捕された。
そして、その被害に遭ったのが詩乃香の両親の知り合いだった。
最悪な偶然。
そもそも詩乃香は元夫が詐欺に加担していたなんて全く知らなかった。無関係だ。だがそんなこと結果の前ではどうでもいい。
元から家族関係は良くなかったので、完全に崩壊する原因としては十分だった。
そういった経緯があって詩乃香は両親に頼れなかった。もちろん元夫の両親にも。
結果、母と娘の二人だけで都内で暮らすことになったのだが、この状況が子供の教育に良くないのは詩乃香も理解している。
だが、生活するには働かないといけない。
昼も夜も働いて子供との時間を無くすか、それとも一発逆転を狙うか。
「私には、これしかないから……」
その為にも今回のコミケでのイベントはどうしても成功させないといけない。
自分が主役の引き立て役として呼ばれたのだとしても、ここで結果を残し、名前を売らないと。
一度やると決めた。
スーパーのパートも辞めて、顔出しもした。
覚悟を決めて始めたのだから後には引けない。
それがどんなに、卑猥なキャラを演じるとも……。
「こ、これを、大勢の前で……」
マリーン・ヘイズ・ハンネリア。
R18版では、表では聖母のような優しい孤児院のシスターを演じ、裏では子供たちを売ってお金を稼いでいた。
子供たちの前では優しく微笑み、たまに子供たちを”大人の第一歩”へと導くシーンなんかもある。
そんな優しいシスターから一変、非道なことをするときは冷たくもカッコイイ表情を浮かべ、そんな彼女が敗北して悲惨な目に会うときに見せてくれる弱々しくももっと虐めろと言いたくなるような表情。
どのプレイスタイルのエロシーンもかなり人気があった。
だが全年齢版ではそれらの顔は見せられず、必然的に改悪するしかない。
はっきりとゲームに主人公サイドと敵サイドの構図が作られてからは敵役に徹する形となり、最初からあった孤児院のシスターという設定は消え、ただのサイコパスな嫌な敵キャラという存在に生まれ変わってしまった。
当然、他キャラばかり人気が出て、マリーンは運営からも推されなくなってしまった。
「私が、頑張ってあなたの良さを演じるから」
企画担当からお願いされているのは『マリーンは引き立て役』ということ。
それなりに似ていて、それなりに魅力をアピールして、それなりの順位で終えてほしい。
だがそれだと今回のイベントに参加する意味はない。
いたのかどうかもわからないアピールしかできないなら、参加するだけ無駄だ。
であればと、マネージャーが考えたのはR18版のマリーン・ヘイズ・ハンネリアを演じて、尚且つR18版の頃の彼女を好きだったファンの支持を集めること。
運営の意志を無視した行為だが、もしそれで詩乃香が演じるマリーンが古参ファンにハマれば人気投票で上の方に名前が載る。
そうなれば、コスプレイヤー詩乃香のアピールとしては大成功だろう。
『でも、お願いされたことを無視したら事務所が怒られないですか?』
『んー、まあ怒られるかもしれませんね。でも受けるなら、これぐらいやらないと。それに人気さえ取れれば、きっと向こうもそんなに怒らないですよ』
マネージャーの彼はこう言っていたが本当に大丈夫なのか。
だが、彼が言ったように受けると決めた以上、引き立て役で甘んじる気はない。
やるからには一位を。それが無理でも上位に名前が載りたい。
これがコスプレイヤーとしての第一歩になると信じて。
「澪の養育費を稼がないと」
そう、力強く心に決めた詩乃香だったが、マネージャーから見て勉強してと渡されたエロゲーのエッチシーンを見ながら気持ちが揺らぐ。
本当に自分が、この彼女を演じるのかと。
※お知らせ。
GCN文庫より1月。
『人気配信者たちのマネージャーになったら、全員元カノだった』が出ます!
イラストはさかむけさんが担当してくださってます。
他にも色々と企画が進んでますので、また発売日近くになりましたらお知らせします!
よろしくお願いします。
次の更新予定
毎週 日・金 21:00 予定は変更される可能性があります
人気配信者たちのマネージャーになったら、全員元カノだった 柊咲 @ooka
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