第96話 新しい相棒と秘密



 ──遠見ココア。


 黒鉄の友人、というよりは、仕事仲間といったところだろう。

 俺自身も少し前に知り合ったのだが、黒鉄に依頼した仕事の”情報収集”はココアがやってくれていた。

 そして、俺が黒鉄に支払った報酬の何割かは、ココアに渡っていたらしい。


 ちなみに黒鉄同様に、職無し、貯金無し、住所無し。

 住処はマンガ喫茶で、この部屋を月単位で借りている。




「なに、人の身体ジロジロ見て。お金取るよ?」




 そう言いながら長い脚を組み直すココア。

 最初に会ったときは目を疑ったが、彼女のこの格好は通常通りらしい。

 こうして大きな胸や肉付きのいい太股、身体の隅々まで眺めていても笑って咎められるだけ。


 なので気にするだけ無駄だ。




「で、話を戻すけど、こっちも色々とあったんだ」


「聞いてる。二重人格で、勝手に人格が入れ替わる特殊体質に目覚めたんでしょ? さっすが恵、人を飽きさせない天才なんだから」


「こっちは嬉しくないんだが」


「まっ、その件に関してボクはタッチしないよ。理由も対処も専門外、見ての通り医療には詳しくないんだ。あっ、保健体育の授業は優秀だったよ、特に保健の実技はね」




 ふふん、と楽し気に笑うココア。

 あくまでも俺とココアは仕事上の付き合いであって、俺がどうなろうと興味はないといった考えだろう。

 変に気を使われるよりはマシか。




「それよりさ、何か仕事ない?」


「お前に頼めそうな非人道的な依頼はないな」


「えー、なんかあるでしょ。嫌いな上司の誰にも知られたくない性癖とか、嫌いな男がお熱の女の情報とか」


「残念ながら興味ないな」


「じゃあ、なんか配信者界隈の情報ちょうだいよ。最近ネタに尽きててPV落ちてきたんだよね」




 遠見ココアは本名じゃない、配信者としての彼女の名前だ。

 彼女は神宮寺が失脚して以降、群雄割拠となっていた暴露系配信者の中に突如として現れた。

 AI音声に、軽妙な話し方。

 暴露ネタの全てが配信者界隈で、神宮寺や他の暴露系配信者と違ってテレビ関係や政治家なんかを攻撃することはない。




「オワコンになったなら、辞めて全うに働いたらいいんじゃないのか?」


「えー、やだよ。ボクはこの個室から出たくないの。もし出るとしたら、ドリンクバーに飲み物を取りに行くときだけだよ」


「引きこもりが」


「うるさいなあ。あーあ、神宮寺が失脚してボクの時代がキターって思ったのに。そもそも、情報提供者Aが急に記憶喪失になって一ヶ月間も連絡付かない状態になってなければ、ボクの動画投稿頻度は落ちないで、人気も右肩上がりだったはずなのに」


「悪かったな」


「別にいいけどー。あっ、じゃあお金ちょうだい。口でしてあげるから」




 唐突なサポート希望を一切の恥ずかしがる様子もなく言われて俺は大きくため息をつく。




「前に言っていなかったか。『ボク、こう見えてガードは固いんだよ』って」


「ん、言ったよ。ボクはガードが固い。誰にでもこんなこと言うエッチな女の子じゃない……だけどさ」




 リクライニングチェアの肘置きに頬杖を突いた彼女は、自身の唇を指で撫でる。




「それは最初のガードが固いってだけ。でもさ、格ゲーとかでも、一回目のガードが崩れちゃったらダウンするまでされるがままじゃん? それと同じで、今のボクは宙に浮いた状態なのさ」


「随分と長い滞空時間だな」


「ほんとね。まあ、随分と激しく責められたからかな。キミに、ここで」




 黒鉄からココアを紹介されてから、たまに黒鉄を介さずココアに仕事を依頼することがあった。

 なにせその方が依頼料が安いんだ。

 黒鉄の仲介手数料がかなりぼったくりだということも、そのとき初めて知った。

 そうしていく中でココアと仲良くなり、たまにこっちからココアに仕事の情報を提供することがあった。


 俺から持ち掛けたときは金と情報をトレードする。

 ココアから持ち掛けたときは情報と快楽をトレードする。 


『ここで起きたこと。ここでボクとキミがしたこと。ぜーんぶ、この個室の中でのことは二人だけの秘密にするって約束するよ』


 彼女は黙っていればいい女だ。

 見た目は休日のキャバ嬢みたいで、顔も身体付きもいい。




「なにさ、もしかしてしたくなったの? いいよ、特別料金3万で」




 ほんと、黙っていればいい女なんだ。




「いや、遠慮しておく」


「へえ、あの歩く性職者の恵が遠慮なんて珍しい。あっ、もしかしてまた新しい女できた? ほんとキミ、節操のないクズだよね」


「そうは言ってないだろ」


「じゃあなんでさ。前はあんなに、人の身体を楽しんだくせに!」




 頬を膨らませて拗ねるココア。




「わかったわかった、じゃあ仕事を依頼したい」


「おお! なになに、何でも言ってよ!」


「10年ぐらい前にあった、とある人物のプロフを調べてほしいんだ」


「あー、4nоのプロフね」


「もしかして、黒鉄から話を聞いていたのか?」

 

「そっ、あいつに調べてくれって頼まれたの。でもその時は断ったんだよね、あいつ、金払いすっごく悪いから」




 以前、居酒屋で4nоの話をしたときはいくら探しても見るからなくて諦めたとか言っていた。

 けれど諦められなず、ココアに依頼したわけか。




「あれって恵の依頼だったんだ」


「依頼ってほどじゃないけど、少し気になってはいた。調べられそうか?」




 そう聞くと、彼女はくるっとイスを回転させてキーボードを叩く。




「実は黒鉄から話を聞いたとき調べたんだよね。あいつが気になるってことは、なんかお金になる情報なんじゃないかなーって」


「もしかして、もう見つけたのか」


「ボクを誰だと思ってんの。ハッカーではないけど、情報収集に関してはピカイチなの」




 真っ暗な画面に二行の英文。

 その下にYESとNOの文字が。

 18禁サイトに入るときによく見る表記だ。




「これは海外のマニアックなエロサイト。日本人で知ってる人はまずいないんじゃないかな。で、そこに日本語文章付きの画像が貼ってあった。たぶん、ブログの文章と写真を貼ってるんじゃないかな」


「プロフが閉鎖される前にスクショしてた人がいたわけか」


「熱狂的なファンがいたんじゃないかな、外国に」


「なるほどな。ちょっと確認──」


「──その前に、はい」




 マウスに手を伸ばした俺の手を止め、ココアはにんまりと笑みを浮かべる。

 先に金を払えということだろう。

 財布を出し、万札三枚を取り出す。

 もう一つの人格に五万も使われたし、たった一日で八万もなくなった気分だ。




「ほら」


「まいどありー。あっ、それ谷間に挟んで! その方が悪いことしてる感じあって面白いから!」


「……お前、この現場を盗撮して誰かに売る気じゃないだろうな?」


「ひっど、そんなことするわけないじゃん! 恵はボクのお得意様だよ? そもそも、恵みたいな一般人のネタ、誰が買ってくれるのさ」


「まあ、それもそうか。すまん、ココアならやりかねないと思って」


「むー! あんまり変なこと言うようだったら、依頼料追加するよ! わかったらほら、早く挟んで!」




 寄せた胸の間に三枚の万札を挿入すると、ココアは満足気な表情で「どう、いけない気分?」と聞いてきた。

 たしかにいけないお店に行って女性にチップを払った気分だ。意外に悪くない。


 俺は無視してマウスを操作する。




「えー、さすがに無視はひどくない? あっ、もしかして照れてるとか?」


「そんなわけないだろ」




 中身は画像付きのブログ。

 背景が黒と紫の壁紙ということ以外は懐かしい画面だ。


 スクロールしていき内容を確認していく。

 ブログの文章はさほど楽しい内容ではない。

 学校でどんなことがあったか、何をしたか、何を食べたかといった退屈な日記だ。




「へえ」




 けれど投稿されている画像を見て、自然と声が漏れた。




「ねえねえ、この子ってさ、今は清純派アイドルとして活動してたりすんの?」


「どうしてだ?」


「もしそうならこれ、大スクープだなって。『あの清純派アイドルは、こんな○○○JKだった!?』って」


「残念ながら、今は駆け出しのコスプレイヤーだ」


「なんだ、じゃあこんな写真撮っててもおかしくないか。ちぇ、お金の匂いしたのに」


「残念だったな。それより、このサイトのURLを俺に送ってくれ」


「はいはい。でもさ」




 ココアはキーボードを叩きながら俺に聞く。




「こんな若気の至りみたいな、つい魔が差して投稿しちゃったのを証拠として掴んで、これからどんな楽しいことする気?」


「さあな」


「まっ、想像付くけど。……はい、送った。これだけで三万ゲット! ちょろい仕事だねえ!」


「だったら、追加の仕事でも受けてくれるか?」


「有料?」


「無料」


「残念でした、そういうサービスはしてません!」


「だろうな。ただ、もしかしたら今回得たこの情報で方向性を変えるかもしれない」


「方向性? まあいいや。どっちにしろ、また悪行の片棒を担がされるわけだ。退屈しないね、ほんと」


「なんかお前、黒鉄に似て来たな」


「はあ?」




 話し方といい性格といい。

 そんな思ったことを口にすると、めちゃくちゃ嫌な顔をされた。

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