第13話 公開処刑


「おかえりなさい、あなた♡ ご飯にする? お風呂にする? それとも……メイを犯しますか♡」


「……仕事をしに来たんだが」




 黒鉄と別れてから、彩奈も燈子さんも、特に何かするという予定はなかった。


 そもそもの俺の仕事の話。

 基本的な仕事はスケジュール管理とかだから、担当するタレントの家に行くことは少なく、事務所からの電話やメールがほとんどだ。

 顔を合わせるのは一か月に一回とか。企業からの案件が来たとき、お相手と一緒に話し合ったりするぐらいじゃないかな、と相良さんに言われた。


 ただ、担当するタレントから家に、行かなくてはいけない。




「用がないなら帰ってもいいか? 色々と手を付けないといけない書類があるんだ」


「嘘です噓です、お仕事で来てもらったので帰らないでください!」




 黒鉄との食事中、何度もメイから連絡が来ていた。

 最初は暇だから遊びに来てほしいと言われ、断ったら本当は仕事があると言われて、今に至る。


 まあ、そこまで急いで終わらせないといけない仕事はないけど……。




「そういえば、今日は配信する日だったよな?」


「はい、19時からの予定です。何時までかは考えてないですけど」


「了解。コメント確認もあるから、自宅で配信は確認しておくから」


「はい、変なコメントはじゃんじゃん消しちゃってくださいね」




 業務の一つに、配信中のコメント欄の監視というのもある。

 わざわざその人の配信を見に来るのだから、好意的なファンしかいない──というわけではなく、その人を嫌いなアンチだったり、スパム行為だったりをする者もいる。

 特に視聴者が多ければ多いほど、そういう厄介な者も増えていく。


 そういったコメントを見て配信者が気分を悪くするというのは当然ながらあるが、純粋に応援している者も同じく気分が悪いだろう。

 コメント欄でファンとアンチが口論をして、コメント欄全体が荒れる、ということも多々ある。


 それを阻止するため、コメント欄を監視し、火種になりそうなコメントは消し、しつこいようだとブロックという手段をとる。




「先輩に見られながら、配信……くすくす、なんだか興奮しちゃいますね」


「どんな配信をするつもりなんだよ」


「それは夜のお楽しみです」




 メイは楽しそうに笑う。

 だがすぐに笑みが消え、大きくため息をついた。




「先輩とずっと、こうして楽しくお喋りしていたいんですけどね」


「どうかしたのか?」


「これを見てもらっていいですか……?」




 メイは俺の隣ではなく、目の前に座った。

 神宮寺の話をしたとき、苛立つ俺を慰めようとしたときみたいに。


 そして、メイは俺にも見えるようにスマホを操作する。




「神宮寺先輩がお昼に動画を上げたんです」


「神宮寺が……」




 見てみると、お昼に上げたというのに既に再生回数は5万を越えていた。




「前から告知があったのか?」


「再生回数が多いのが気になってSNSで調べたら、普段から告知はしていたそうです。ただいつもより多いのは、おそらくこのタイトルが理由だと思います」


「タイトル……」




 タイトルは『未成年をホテルに連れ込んだあのクソ配信者を地獄に突き落とします』というもの。

 過激なタイトルで目を引くが、気になったのはその後の文面だった。




「『最後に超重大暴露情報あり!』か」


「はい、動画を見てもらっていいですか?」




 なんとなくメイが言いたいことはわかった。

 俺が頷くと、動画が始まった。




『はい、みんなお待ちかね、前に公開処刑したあのクソ野郎と今日はね、直接話を聞いてみたいと思いまーす!』




 白色の髪に淡い青色のメッシュと派手な髪を伸ばし、付けているサングラス、着ている服、手に付けている腕時計や指輪は、いかにも高そうなブランド物。

 見る者によっては”軽薄なイメージ”と”おしゃれなイメージ”で意見が分かれそうな男が、一人カメラの前で喋っている。


 これが、今の神宮寺徹だ。


 雰囲気はあの時から変わらない。

 だけど身に付けているものの値段には雲泥の差がある。




『そんじゃ、電話していきますかね。もしもーし!』


『あっ……もしもし』




 スマホの設定をスピーカーにして誰かと電話を始めた神宮寺。


 これはLIVE映像じゃなく事前に撮った動画だ。

 神宮寺の馬鹿みたいに明るい声とは違って、スマホから聞こえる相手の声はかなり小さく、どこか脅えたような感じだった。




『いやー、マルモロくん、めちゃくちゃ燃えてるね!』




 相手はマルモロという名前で活動している配信者なのだろう。




『……そう、っすね』


『まあ、自業自得だけどさ。あははっ! だけどこうして、俺が話を聞いて「マルモロくんは反省していた、お相手に謝罪したい気持ちでいっぱいだった」って俺から話せば、周囲もきっと収まるから安心して、ねっ!』


『は、はあ……えっと、これ動画は、撮ってないっすよね……?』


『もちろん、約束したからね』


「え?」




 二人のやり取りを聞いていて声が出てしまった。

 するとメイは動画を止め、説明してくれた。




「これ、神宮寺先輩のいつものやり口みたいです。動画にしてない、配信してない、そう言って相手を安心させて、切り取れる部分を聞き出すそうです」


「切り取れる……?」




 再び動画を再生する。




『まあ、今回の件は災難だったね』


『いや、まさか未成年だとは、あはは……でも相手の子も、俺にいい感じっぽかったから、ばらさないかなって』


『確かにそうだよね。ぶっちゃけマルモロくん、反省してないっしょ?』


『いやいや、反省してるっすけど、んー、なんだろ……えっ、ここまで荒れる? とは思うっすね』




 この会話の流れに凄い違和感が。

 最初は疲れ切ったようなマルモロという男性の声だったのに、急に明るくなったような──まるで最初の挨拶からかなり時間が経ったような感じだ。


 もしかしてこれ。




「切り抜くって、悪い発言の部分だけを動画にしてるってことか……?」


「たぶんそうだと思います。最初の挨拶と今の反省してるしてないの会話の間に、マルモロさんがリラックスできるだけの会話をたくさんしていたんだと思います」


「だから会話の雰囲気が前と後で全く違うんだな」


「それにこのマルモロさん、ずっと神宮寺先輩とそのリスナーに付きまとわれて、SNSでも叩かれて、精神的に病んでいたんだと思います。そんな状態の中で、神宮寺先輩から「これ以上は荒れないように対処するよ」とか、甘い言葉を囁かれたんだと思います」


「それで気が緩んで、問題になりそうな発言をつい口にしてしまった。そして、それをいい感じに切り取って動画にされたか」


「電話した内容を丸々動画にすると時間が長くなるから、こういう切り取った動画にするのを視聴者は問題視しないはずです。なにより、悪いのはマルモロさんなので、視聴者からしたらそのことよりも「こいつ反省してないじゃん」とか「なにへらへら笑ってんの?」って感想になって、もっと荒れると思います。それにもしマルモロさんが何か弁明しても──正義と悪がはっきりしてますから」




 この場合、正義が神宮寺で、悪がマルモロか。

 いくら相手に嘘を付いて動画にしていたとはいえ、この動画を見た者のほとんどがマルモロが悪者だと思うだろう。

 彼の味方をする者はかなり少ない。それこそ、不祥事をやらかしてもなお好きでい続けられたファンぐらいだろう。


 だがそんな悪者のマルモロと数少ないファンの声を、神宮寺とそのファンたちがかき消すだろう。

 それだけでなく、全く関係のない第三者が面白がってマルモロを叩くから、どうなっても神宮寺のやってることが正義というのは覆らない。




「公開処刑、だな……」




 俺を土下座させたときのように周りを味方につけ、大勢で一人を殴る考え、何も変わっていない。

 しかも、あの時とは比べものにならないほど大勢の後ろ盾ができて、さらに悪化している。


 それから、マルモロにいい顔していた神宮寺は電話を止め、大きくため息をつく。




『──と、見てもらってわかったけど、こいつマジでクズだわ! 最初はこれ以上するのはかわいそうかなって思って、動画公開はしないでおこうと思ったんだよ。だけどさ……やっぱ無理、みんなにもこの悪人を見てもらいたい。さすがに酷すぎるわ』




 それからも批判は続いて行った。

 そして驚くべきなのは、コメントのほとんどが「もっとやれ」という神宮寺を後押しするものや、かわいそうかなって思った発言を聞いて「神宮寺さん優しすぎるよ」と神宮寺を善人かのように崇めるコメントだった。




「……気分が悪いな」


「はい……。ただ、見てほしいのはこの次です」


『というわけで残念だけど、全く反省してないこいつには天罰を下そうと思うわ。んで、その時はさ、被害者の子と一緒にしようかなって思ってんだよね。直接謝らせたら、彼女の傷も少しは癒えるかなって』




 というわけで、

 と神宮寺の公開処刑がひと段落すると、タイトルにもあった最後の重大発表に移った。




『最後になるけど、みんなに重大発表があるんだ。実は誰も知らない情報を仕入れちゃってさ……いやー、マジで衝撃、これはヤバいよ。たぶん世界中が混乱するんじゃねってぐらいの秘密を暴露するわ』




 神宮寺は溜めに溜め、発表した。




『あの……あの……あの、超大人気の某VTuberが、クソビッチだった衝撃の過去を暴露したいと思いまーす!』









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