第12話 胡散臭い奴
次の日──。
担当する彩奈、燈子さん、メイの三人と午前中は予定を入れず、俺はとあるパチンコ屋に来ていた。
時刻は9時ちょっと前。
平日のこの時間でも、店前には数名の大人の姿が。
タバコを吸ったり、友人と談笑したり。
話題に上がるのは「今日どの台打つ?」とか「昨日あの台の設定が良かった」とか。
誰も彼もが、今日これから勝てると思って晴れやかな表情だった。
そんな列の最後尾にいる男に目を向ける。
タバコを吸いながら、一人競馬新聞を目に通す男。
「今日は絶対に勝てる気がすんな。んで、スロットの勝ち額をメインレースにぶっこんで、美味い酒を呑んで、エロい女を抱いて──」
「そう言って、いつも負けてんだろ、おっさん」
声をかけると、柄の悪いスキンヘッドの男が俺を睨む。
糸のように細い目で、瞳の黒目は生気が薄く、22才と俺と同い年なくせに老けた見た目をしている。
「なんだ、お前かよ……。あー、今日は忙しいから無理無理、帰った帰った」
「何が忙しいだ。スロットを打ちながら競馬の地方レースを賭ける。それでボロボロに負けてふて寝。いつもと同じ日常だろ?」
「まだ負けてねえッ! ……って、うるせえな。ガキは帰るか、女遊びでもしてろ」
「まあ、そういうな。今日は新しい仕事を頼みに来たんだよ」
そう言うと男は俺を一瞥し、またかよと大きくため息をつく。
「今度はどんな犯罪の片棒を担げばいいんだ? この前の依頼も、なかなかめんどくさい案件だったぞ」
この前の、というのは彩奈の一件だ。
「人聞きの悪い言い方をするな。どうせ仕事してないんだから、稼げていいだろ?」
「ああそうだ。お前様のお陰でこうして朝から一勝負できるからな。それについては感謝してる。だが悪いな、俺は今日で大金持ちになる予定なんだ」
「ほお、そんなに自信があるのか?」
「昨日から狙いをつけてる台があってな。この店、二日置きに設定を変える傾向があるんだ。だから今日は昨日の設定の据え置き。絶対に設定がいいはずだ。それになんといっても、競馬のメインレースも自信大アリときた。負ける要素が見当たらねえ。おう、なんだったらお前も一枚噛むか?」
言っている内容はよくわかないが、それほどまでに自信があるということなのだろう。ほんと、何言ってるか全くわからないけど。
「いや、遠慮しておく。俺がギャンブルしないって知ってるだろ?」
「はあ、男じゃねえなあ。これだから度胸のねえ短小野郎は。いいか、男なら張れるときに……っと、開店時間だ。というわけだから今日は悪いが忙しいんだ、また何かあったら連絡してくれ。まっ、今日で大金持ちになるから受けるかどうかわからんがな!」
がはははっ!
と、大きな背中を俺に向けて去っていく男──
あいつとの出会いは同じ大学の友人──ではなく、俺の通っていた大学の近くにあったコンビニ、そこでバイトをしている黒鉄と出会った。
名字はバイトの名札で見たから知っているが、名前は知らない。
180ほどの身長で、体型も体育会系かと思わせるほど大柄だ。
威圧的なスキンヘッドに、清潔感の無い無精髭。ちゃんとしたらまともなスポーツ系の好青年に見えるだろうが、見た目はチンピラかやばい系の男だ。
金があったら平日からパチンコ屋に行き、夜や土日になれば競馬でギャンブル。
「まっ、もって13時がいいところか。近くで時間でも潰すかな」
俺は腕時計に目を向け予想すると、近くのカフェへと向かった。
…………。
……。
それから3時間ほどして、スマホが鳴った。
「もしもし」
『……頼む……してくれ』
「ん、悪い、声が小さくて聞こえないんだが、もう少し大きな声で頼めるか?」
『……頼む、俺に金を貸してくれッ!』
スマホから、野太い男の声がした。
12時か。予想よりも早く負けてくれたみたいだ。
「あれ、数時間前に大金持ちになるって言ってなかったか? 友人が大金持ちになるって聞いて楽しみだったんだけどな」
『……ぐぐぐ。絶対に勝てると思ったんだよ! なのに、なのに……あの店、設定入れてなかったんだよ! あの店長、俺が座るってわかってて低設定にしやがったんだ!』
いつもそんなこと言ってる気がするが。
「そうか、それは残念だったな……。どうだ、飯でもいかないか? 奢るぞ」
『本当か!? いいのか!?』
「ああ、もちろんだ。近くにあるいつも行くハンバーグ屋わかるか? あそこでどうだ?」
『うおお、ちょうどハンバーグが食べたいと思ってたんだよ! 今から行くから待っててくれよ、絶対だからな!』
プツッ。
電話が切れると、俺もパチンコ屋の近くにあるハンバーグ屋へと向かう。
それから数分後。
「おう、待ったか?」
「いいや、今着たところだ」
お店の中に入ると、ウエイトレスさんが駆け寄ってくる。
黒鉄は喫煙席へ案内をお願いすると、
「あー、お姉さん、向こうの端の席でもいいっすか?」
「え? ああ、はいどうぞ……」
「ごめんなんさいね、こいつ人見知りなもんで。近くに人がいると飯も食えないんすよ」
ウエイトレスのお姉さんが愛想笑いすると、俺たちは周りから少し離れた席に座った。
料理の注文を終えると、俺は大きくため息をつく。
「勝手に人見知り設定にしないでもらいたいんだが?」
「まあ、細かいこと気にすんなよ。それにこれで、周りに聞かれる心配しなくていいんだ、感謝してもらいたいぐらいだぜ」
「はいはい」
「んで、頼みたいことってなんだよ」
依頼は受けないんじゃなかったのか? というくだりをする必要はないだろう。
俺は神宮寺についての説明をした。
「神宮寺、か……。随分と懐かしい名前が出てきたな」
「まさか配信者になってるとは思わなかった」
「そうか? ああいうタイプにはうってつけの仕事だろ。いつも仲間たちの中心にいなくちゃ満足できなくて、大勢で一人をイジメて悦に浸るクソ具合……。今やってることも、似たようなもんだろ」
タバコに火をつけ、煙を天井に向けて吐き出す黒鉄。
「だがお前、あの件は大学生のときに終わらせたはずじゃなかったのか……?」
「そのつもりだったんだけどな。メイが俺と付き合ってることをネタに、脅されているんだよ」
「ああ、あのお前大好きエロ女か。……ってお前、まだ関係続いてたのか!?」
「少し前からな。一から説明するが」
今度はもう少し詳しく黒鉄に説明した。
「うわあ、まさか、あのエロ女が大人気VTuberの
「やっぱり黒鉄も気づかなかったんだな」
「幼女と大人の姿でそれぞれ声を変えてるからな。あのエロ女と実際に喋ったことがあっても普通はわからねえよ。つか、同一人物だって意識しないから疑いようもないっての」
「だろうな。だけど神宮寺は気づいて、しかもメイが弧夏カナコだって確信している」
「普通はわかるわけないな」
「俺たちと違って勘が冴えてたり?」
「ゴシップライター様の嗅覚ってか? んなの、ないない。あのナルシスト野郎にあるわけないだろ。──それより俺は、一か月前から急にチャンネル登録者数が伸び始めたことが不思議で仕方ないがな」
「大勢の人が見てくれたから、か……?」
「大勢の人が見てくれたからねえ……。じゃあ、どうして見てくれたんだろうな?」
黒鉄が笑みを浮かべながら、スマホをテーブルに置く。
「お前だって、スマホとかで美味しいお店を探すとき、わざわざ誰か知らん奴が書いたブログを見るんじゃなくて、大手の食べログサイトをまず見るだろ?」
「当然そうだろ。大手の食べログサイトは確かな情報だって安心できるからな。対してブログは情報が確かかわからない」
「暴露系配信者もそれと同じだ。オススメにも出てこないような、登録者100人以下のこいつのチャンネルが出すネタなんて本当か嘘かわからねえ。暴露系は、はっきり言ってチャンネル登録者数=信憑性の高さといっても過言じゃない」
「確かにその通りだな」
「暴露系は、爆発すれば配信者の中で最も伸びるって言われてるんだ。んで、どうやって爆発させるかだが」
「注目度の高い情報をどこよりも早く出す、か……?」
「ああ、そうだ。だがそれは言うほど簡単なことじゃない。ましてやコネもツテもなく、底辺でずっとくすぶっていた奴なら特にな」
「だが、神宮寺はそれをやってのけた」
「コネもツテもなく、視聴者もいなかった奴が、ある日を境に突然、脚光を浴びた。不思議だな?」
「つまり、人気になるきっかけとなった一か月前の配信──有名ゲーム実況者が三股しているっていうこの配信に秘密があると……黒鉄はそう言いたいのか?」
「探るなら、そこだろうな。どうやってその情報を得たのか、どうやって人を集めたのか。そして、どうして誰も知らない情報を急に得られるようになったのか……。俺の勘だが、こいつ何かやってると俺は思うぜ」
「探れそうか?」
「ああ、任せとけって。俺は弁護士だからな」
なんとも頼もしい決めゼリフを言った後に「というわけで、悪いんだけど依頼料な。今日の競馬代として、なっ、頼むわ」と、くそったれな発言を黒鉄はしやがった。
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