第11話 違和感


 一括りに配信者といっても、いろんな種類が存在する。


 彩奈のような女性に向けた美容やメイク、それにファッションを発信する配信者であったり、燈子さんのような男性向けのASMR配信者や、メイのようなVTuber、他にも実写系やゲーム実況配信者など、その種類や人は今もなお増え続けている。


 昔はテレビで見ていたいろんなジャンルの番組を、今ではネットで手軽に視聴できるという考えが正しいだろう。




「……暴露系配信者も数多くいるんです。他の配信者よりも数字が取れますから」




 数字、というのは視聴者の数だろう。


 たしかに話しだけなら聞いたことがある。

 昔からゴシップ記事は、一定数の人気を誇っている。


 理由は様々だ。

 自分では体験できないようなことを見聞きして、日常生活の刺激となって快感を覚えたり。

 他人の事情や秘密なんかを知った気になり、それを友人や知人なんかに話の話題にして盛り上がったり。


 ──不倫や借金や、様々な理由で破滅していく人間たちを見て「自分はこの人よりはマシだな」と安心したり。


 他人の不幸は蜜の味……という言葉もある。

 そういった理由から、きっとこの先も無くならない人気の商売の一つだろう。




「それで、今の神宮寺は暴露系配信者になったということか……。あいつらしいな」




 別に暴露系配信者が嫌いなわけじゃない。

 そういった娯楽を楽しんだことがないわけでも、ニュース番組のゴシップ記事を軽蔑したこともない。


 ただ、大勢の前で俺をストーカーだと蔑み、笑い者にしたあいつがやっていると知って、変わらないなと感じた。


 あいつがネット上で、今も誰かを笑い者にしていると考えたら無性に気分が悪くなる。




「先輩、ちょっとすみません」




 隣に座っていたメイは、ふと俺の目の前に座り、俺の両手で抱きしめるように誘導した。




「メイ……?」


「先輩が苦しそうだったから。こうしたら、少しは楽かなって……くすくす、余計でしたか?」




 後ろからメイを抱きしめていると、確かに気が楽になる。


 きっと、俺の表情が強張っているのを見て気を使ってくれたのだろう。




「ごめん」


「いえいえ、先輩に後ろからギューッてされるの好きなので、むしろ大歓迎です。それで先輩が大丈夫なら説明に戻っても……?」


「ああ、ありがとう。続けて」


「実は神宮寺先輩は何か月も前から暴露系配信者として活動していたんですけど、チャンネル登録者数は100人以下だったんです」




 100人という数字を、何も知らない俺であれば凄いと感じられたが、こういった仕事をしていると「何か月も前から」活動していてこの数字は少なく感じる。




「それが、一か月前から急に登録者数が増えだして、今では50万人を越えているそうです」


「一か月で50万人!? それまで100人以下だったのに……?」


「はい、変ですよね。それでメイなりに考えて、急に増えだした理由は二つあると思うんです。これを見てください」




 メイのスマホには、神宮寺のチャンネルである『地獄代行通信』という、いかにも怪しげな名前のチャンネルが。

 確かにチャンネル登録者は50万を越えている。

 たが注目すべきなのは、このチャンネルが今まで配信してきた動画の視聴者数だった。




「登録者100人以下だった一か月前の視聴数は1000いかないぐらいでした。でも」


「それから少しして、一気に何十万もの再生回数か……。サムネやタイトルに違いはないのに」




 たった数日でのに伸び率は雲泥の差だった。

 今までの動画の作り方なんかを変えて──というわけでもなく、見ていないが全く同じだ。




「数か月前の動画と、ここ数日の動画で、やってることは同じなんです。ただ違うのは──新しい情報か古い情報かの違いなんです」


「……新しい情報か古い情報か。もしかして、今までは既に世間に出ていた古い情報を発信していたのか?」




 メイはコクリと頷く。


 たまにニュース番組なんかを見ていると「またこのニュースかよ」とか「他のニュース番組で見た情報だな」と感じたことがある。


 情報は鮮度が大事。

 誰かがそんなことを言っていた。

 誰だって知っている情報よりも、誰も知らない情報を発信している配信の方がいいだろう。

 ゴシップというのを楽しむ者ならなおのことそうだろう。




「これまでは、どこかで聞いた情報をまた聞きして発信していたんです。コメント欄でも「情報古すぎ」とか「もう知ってる情報を自慢げに話されても」とか叩かれてました。だけど一か月前から急に”誰も知らない情報を発信する側”に変わったんです」


「どこも知らないような新鮮なネタを発信していたら、見る人が一気に増えてもおかしくないよな……。でもそれって確実なのか?」




 本物の記者ではなく一介の配信者である神宮寺が、他の暴露系配信者やテレビのニュースよりも早く情報を仕入れられるわけがないと思った。

 適当な嘘情報で人を集めただけでは、と。




「はい、この人の情報は全て本当でした。だから余計に人気が上がっているんです」


「なるほど。話を整理すると、神宮寺は誰も知らない情報を仕入れて、その情報が正確だから急に人気が上がったってことか?」


「はい、そうです」




 言葉にしたら簡単だ。

 だが、それをできていることに疑問しか浮かばない。




「重要なのは、その情報を仕入れているか、か……」


「人気を集めたことで、リスナーからのタレコミ情報を発信している場合もありますけど、人気になるきっかけになった最初の配信はあの人が見つけた情報ですからね」




 チャンネル登録者数も視聴者数も急激に伸びたきっかけとなった配信──それは、有名ゲーム実況者が三股している事実を暴露した動画だった。




「今までの影響力のないあの人がもし、メイが弧夏カナコであることも、先輩との関係をチャンネル内で暴露されても、SNSのつぶやきのような妄言だって見向きもされなかったと思います。でも今のあの人の言葉なら……」


「疑うことなく、広まるのはあっという間……。それで脅されている、ということか?」


「……はい。先輩、ごめんなさい、気づかれちゃって」


「いや、それはいい」




 問題なのは、どうして気づかれたかだろう。

 それがきっと、誰も知らない情報を急激に手に入れられるようになったことと関係しているかもしれない。


 どうすべきか、そんなことを考えていると。


 ──ピコン!


 ふと、俺のスマホが鳴った。

 誰からの連絡か確認すると、”仲の良い弁護士”からだった。




「……お仕事の連絡ですか?」


「ん、まあ、そんな感じかな。ほら、メイも知ってるだろ、あの弁護士」


「弁護士、弁護士……あっ、あの」




 思い出したのか、少し複雑な表情を浮かべるメイ。




「あの方と、まだ仲良かったんですね……」


「まあね」


「メイはあの人、だいだいだいだいっ嫌いです! いつも酒と煙草臭くて、胡散臭くて、とにかく臭いから嫌です」


「臭いって、まあ、あいつはそういう人だから。……別件で相談してたんだけど、この件についても話してみるかな」




 彩奈の件で連絡していたけど、この件でも力になってくれるかもしれない。そう思い言葉にすると、彼女はため息をつく。




「先輩がそう言うなら、メイは何も言いませんけど……。まあ、会ったときにあのときのお礼を伝えておいてください。一応ですけど。嫌ですけど。仕方なしですけど!」


「あ、ああ……」




 凄い嫌われようだが、あいつなら、今回の件でも力になってくれるような気がした。








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