第7話 ご主人様


 次の日の朝──。




「おはようございます」




 三人目に担当する配信者さんの自宅へ向かうため、相良さんと合流するので事務所を訪れた。




「あっ、おはよう。ちょっとテーブルの資料に目を通して待っていてくれるかい」




 会議室に案内されると、そこにはいくつかの資料が置かれていた。


 俺は言われた通り資料を手に取る。

 すると、すぐにとあるキャラクターが目に止まった




「あれ、これって相良さんの車の中にあった……」




 白髪の少女に、キツネをモチーフしてあるんだろう大きな三角の耳と尻尾のキャラクター。


 なるほど、そういうことだったのか。

 名前を確認すると、このキャラクターはVTuberの”弧夏こなつカナコ”というらしい。

 そしてここにこの資料があるということは、俺が担当する三人目というのは彼女なのだろう。




「ふっふっふ……ついに、この日が来たね」




 会議室の扉を開けた相良さんは不敵な笑みを浮かべる。

 



「ついに、ついに……生カナコたんと会えるッ!」


「え、相良さん……?」


「いやあ、長かった。ほんと長かった!」



 相良さんは座るなり、置かれた資料を手に取る。




「彼女は弧夏こなつカナコさんで、うちに所属してくれるVTuberの中で最も人気なんだよ」


「そ、そうなんですね」


「あれ、反応が薄いな……。もしかして橘くん、VTuberとか興味ない?」


「いえ、そんなことないですよ」




 俺はこの会社に入社するにあたって、所属する配信者を一切調べてこなかったわけではない。

 人並といった感じで、仕事に私情を挟みたくなくて積極的に見るのを避けてきただけだ。




「すっごくいいんだよ、カナコたん!」




 もしも本気でその配信者を好きに──応援するようになってしまったら、きっと今の相良さんみたいに熱烈なファンになっていただろう。

 そんな自分が担当になれば、一個人のファンという気持ちは捨て、仕事として付き合っていかなければいけない。


 それは当然、その人の画面越しには見えない、裏の顔を知ることとなるだろう。


 もしも表では純粋キャラで売っていたのに、裏では遊びまくっていたりするかもしれない。

 そうなったとき、最初から仕事と割り切っていれば気にもしないが、ファンであったならば計り知れないダメージを受けるだろう。


 だから自分の会社に所属するタレントの配信を見たのは、昨夜の燈子さんが初めてだ。




「彼女、ずっと加藤くんが担当してたんだ。だけど今回の件があって、担当が代わることを伝えたら、次の担当も女性がいいって言ってたんだよ」


「自分で大丈夫なんですか?」


「正直なとこ、かなり揉めたんだけどね。だってほら、うちって男性の方が割合多いでしょ? だから男性になるかもって……。そしたら彼女、契約を解除したいって言い出して」


「へえ」




 男性が苦手なのか、それとも何か裏があるのか……。

 そう疑ってしまうほどの拒否反応っぷりだな。




「で、加藤さんが、うちに所属するマネージャーの名簿を見ながら相談してたら、なんと」




 相良さんは俺を指差す。




「彼女、君ならいいって」


「え?」




 どうして?

 俺はそう思い首を傾げた。




「いやあ、イケメンはいいな。羨ましいぞ、カナコたんのマネージャーをできるなんて!」


「は、はあ……」


「でも加藤さん、彼女に送る用の君の顔写真とか持っていたのかな?」




 相良さんがふんふん唸りだす。


 履歴書の顔写真があるから、それと一緒に話した可能性は十分にある。だが、話を聞くかぎりだと相当な男嫌いか男と仕事をすることを拒んでいた彼女。

 それが俺ならいいって……何か嫌な予感がする。




「おっと、遅れたらマズイね。それじゃあ行こうか」




 相良さんが香水を振りかけながら会議室を出る。


 その後を追うように俺も出る。




「まさか、な……」




 彩奈と、燈子さん。

 二人のマネージャーになった偶然。

 まさか、あの子なわけないよな……。


 それだけは、絶対にごめんだ。




















 ♦











「ふう、緊張してきたよ」




 目的地であるマンションに到着するなり、相良さんは自分の服の匂いを何度も嗅ぎはじめた。


 まあ、所属タレントの前にファンだからな。

 しかも話を聞く限りだと、相良さんは一度も彼女の顔を見たこともないし会ったこともないらしい。


 車で移動中も、ずっとそわそわしてめちゃくちゃ楽しみにしていたのが見てわかった。

 彩奈や燈子さんに会いに行くときには見せなかった反応だ。




「ど、どどど、どうもおはようございます! GGG株式会社の相良です!」




 Gが一個多いよ。


 ガチャ。

 小さく、はい、と聞こえて一階のオートロックのドアが開いた。




「ふう、緊張したよ」




 おでこをびっしょりと濡らすほどの汗を拭った相良さんと共に、弧夏カナコさんの部屋へと向かう。


 それにしてもここ、かなりいいところの高層マンションだな。

 俺のボロアパートとは大違いだ。まあ、それだけ稼いでいるってことか。




「じゃあ、押すよ……」




 扉の前で、相良さんは大きく深呼吸する

 それから少しして、扉は開かないが微かに声は聞こえた。


 だけどなかなか扉が開かない。

 かなり用心深いのか、そんなことを思っていると。




「……すみません、新しい担当さんのお顔を見せてもらっていいですか?」




 覗き穴からこちらを見ているのか、相良さんは了承すると、少し離れて俺に目で合図を出す。


 俺は扉を開けられるだけのスペースを空け、挨拶をした。




「はじめまして、GG株式会社の橘恵と申します」




 軽く頭を下げると、中からガチャガチャとチェーンやカギを慌てて開ける音が聞こえた。


 そして扉が開けられると、彼女と目が合った。

 その瞬間──彼女に腕を引かれ玄関へ連れ込まれた。




「……会いたかったです、先輩」




 バタン、と閉められた扉を背に付ける。

 俺の胸元までしかない小柄な彼女の体重が乗りかかる。


 そして、背伸びをした彼女は俺の唇にキスをした。


 唖然とする俺。

 彼女は重ねた唇を開けると、舌を俺の口内へと侵入させた。


 懐かしい、感覚だった。

 全身が痺れるような感覚に、拒むのを忘れて俺も受け入れていた。




「──んちゅ……くすくす、おひさしぶりです、先輩♡」




 絡められた舌と、重ねられた唇を離した彼女は、にっこりと笑みを浮かべた。




『えっ、あれ、橘くん!? どうしたの!? 何があったの!?』




 俺の背にある扉の先では、突然の事態に理解が追い付いていない相良さんが困惑した声を発していた。


 ただ、彼女がキスをしながら家のカギを閉めたため、扉が開くことはない。

 そして、逃がさまいと俺を抱きしめた彼女は相良さんに告げた。




「えっと、相良さん……だっけ? 来てもらったのにごめんね、これから新しい担当さんと二人でお話しするから」


『え、ええ!?』


「連れて来てくれて、ありがとうございました~」




 相良さんにそれだけを伝えて、彼女は俺の手を握って部屋の奥へと誘う。


 相良さん、あんなに会いたがっていたのに……。

 という同情を一瞬だけしたが、この部屋に相良さんを呼ばなくて正解だとすぐに理解させられる。




「ああ、先輩だ……先輩、先輩、先輩。メイのご主人様♡」




 リビングまで連れて来られると、そのままソファーに押し倒される。彼女が俺の膝の上に跨った。


 俺の好きな匂いの香水を付け。

 俺の好きな色合いと恰好の服を着て。

 俺の好きな物を部屋中に置いて、俺の好きな飲み物を飲み。


 俺の好きな、俺の好きな。


 俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の──。




「あれ、メイのこと、忘れちゃいました? もう、仕方ない人ですね、先輩は……じゃあ、また一から調教してください。そしたら、すぐ思い出せますよね? 奈子なこメイを、くすくす」




 彼女は俺のネクタイを緩めて、ゆっくりと、ただ息を荒くさせながら俺の服を脱がしていく。







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