第40話 違和感
パーキングエリアに車を停め、下りて大きく伸びをする。
目的地まで、まだ半分を少し過ぎたぐらいなのに、久しぶりに運転したからか微かに疲労感がある。
「へえ、平日だけど意外と人いるのね」
燈子さんは風に髪を靡かせながら辺りを見渡す。
駐車場には、休憩中であろうドライバーが停めた大型トラックが何台もあるが、旅行の途中で訪れたであろう家族の姿もあった。
「ですね。燈子さん、真っ直ぐソフトクリーム屋に行きます?」
「恵くんが他に用事とかなかったら、そうしようかしら。会社へのお土産は帰りとか、旅館近くで買う?」
「あー、お土産か」
別に、めちゃくちゃ遠出してるわけじゃないけど、さすがに買って帰った方がいいよな。
彩奈にも旅行に行くって言っちゃったし。
「旅館でも見るので、ここでは大丈夫です。あっ、トイレ行ってきます」
「ええ、それじゃあ向こうで待ってるわね」
お店が並ぶ建物へと向かう燈子さん。
これから目的地まで、あと一時間ぐらい。到着するまではノンストップで運転することになる。
俺はトイレへと向かった。
用を足し、手を洗っていると、二人組の男性が入ってくる。
「なあ、さっきの女性やばくないか?」
「ああ、めちゃくちゃいい女だったな」
ふと、声が聞こえて水で流す手を止めた。
「顔とか身体とか……つか、雰囲気がもうさ」
「めっちゃエロかったな」
二人組の男性が用を足しながら、そんな会話をしている。
手を洗ってさっさと出ればいいのに、なんとなく気になって話を聞いてしまっていた。
「はあ、女連れじゃなかったら絶対に声掛けてたのに。さすがに旅行中に他の女に声掛けるのはマズいよな」
「当たり前だろ。つか、どうせあんな美人、俺らみたいな普通の大学生、見向きもされねえって」
「まっ、そうだな」
きっと男女四人、車で旅行しに来たんだろう。
恋人同士じゃないような気がするけど、まあ、そうなる予定の間柄なんだろう。
二人が笑いながら、こっちへ向かってくるのが鏡に見え、俺はトイレを出た。
「あっ、恵くん」
ベンチに座っていた燈子さんが、俺を見つけて手を振る。
その瞬間、まるでホラー映画で音を出し、周囲のゾンビが一気にこっちを見たような、そんな揃った動きがあった。
しかも表情も、瞳も、どこか冷たいような感じがあった。
その何人かが、微かに舌打ちしたように聞こえたけど……気のせいだと思いたい。
「お待たせしてすみません」
「大丈夫。それじゃあ行きましょうか」
燈子さんは俺へと駆け寄ってくると、まるで当然かのように腕を組む。
周りの視線が痛い。赤の他人からしたら、デート中のカップルに見えるんだろうな。
そんな視線を感じながら、燈子さんが言っていたソフトクリーム屋の前に到着した。
「燈子さんは何の味にするか決めてるんですか?」
「んー、まだ考え中なのよね。オススメは……」
燈子さんは、さっきも見ていた旅行雑誌に目を向ける。
記事には、燈子さんが事前に付けたのであろう赤い丸印が。
「オススメはこの、マンゴージュレの乗ったソフトクリームらしいの。だけど普通のチョコレートもいいなって」
「ジュレ? 珍しいですね」
「そうなのよ。ここのソフトクリーム屋さん、ジュレ系を押してるらしくてね。他では食べられない味わいで、前から気になっていたのだけど……んー、どうしようかしら」
「じゃあ、俺がチョコレートにして、燈子さんがそのマンゴーのでどうですか?」
「いいの?」
「ええ、もちろん」
別にチョコレートは嫌いじゃない、むしろ最初からそれを選ぼうとしていたから。
俺がそう助言すると、燈子さんは嬉しそうにしていた。
「それじゃあ、食べさせ合いね。みんなに見られながら、あーんしてあげる」
「それは勘弁してもらいたいんですが……」
ふふん、と嬉しそうにしながらお店へと向かう燈子さん。
その表情や声色は、本気で楽しみにしている感じがした。
気づけば周りからの視線も忘れ、見た目よりも幼く見えた彼女の隣を俺も笑顔で歩いていた。
──だが。
お店に近付くと、少しだけ違和感があった。
ジュレという珍しいソフトクリームを売りにしているのに、外観は普通の、どこにでもありそうなフードコートのソフトクリーム屋だ。
看板や張り紙なんかにも、一切そんなことは書かれていなかった。
「いらっしゃいませ!」
「えっと、マンゴージュレのソフトクリームと、チョコレートのソフトクリームを一つずつお願いします」
若い女性の店員さんに俺が伝えると、店員さんはキョトンと首を傾げた。
「えっと、マンゴージュレのソフトクリームというのは……?」
「え?」
燈子さんに視線を向けると、彼女も驚いた様子で雑誌に目を向ける。
「マンゴージュレのソフトクリーム? ……ああ、もしかして」
すると、店の奥にいたおばちゃんが何かを思い出したかのように声を漏らす。
「たぶんだけど、前の店長が企画したっていう新商品のジュレ。あれのことじゃない?」
「あー、そういえばそんなのやってたって言ってましたね。でもそれって、私が働くずっと前に無くなりましたよね」
「そうそう。ごめんね、お客さん……もううちではジュレ系のソフトクリームやってないのよ」
燈子さんはその言葉を聞いて一瞬だけ悲しそうな表情をしたが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「残念。私が見てるこの雑誌、古いから……もしかしたらもう無いのかもしれないなってわかってたんだけど」
燈子さんは雑誌の表紙を俺に見せてくれた。
「あら、お姉さんの持ってる雑誌、懐かしいわね。たしかそれ前の店長のときだから……そう、三年前のよね!」
「三年前?」
どうして三年前の雑誌を……。
そう思って燈子さんの方を向くと、
「じゃあ、今のオススメはなんですか?」
燈子さんは店員さんに声をかける。
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