第51話 お祭り
──それからの二泊三日。
俺と燈子さんは旅行を堪能した。
「恵くん、今日の夜お祭りがあるそうよ」
「お祭りですか」
「ねえ、浴衣を買って行ってみない?」
昼間は旅館の周辺を散策したり、まったりと部屋で時間を過ごしたり。たまに彼女が仕事しているのを側で見守ったり。
昨夜の元気のなさが嘘のように、朝から燈子さんは明るかった。
そして、夜は燈子さんに連れられてお祭りへ。
広々とした公園で行われるお祭り。
大勢のお客さんで賑わい、ずらっと建ち並ぶ屋台はずっと先まで続いていた。
「どうかな……?」
浴衣を着た燈子さんが恥ずかしそうな表情をする。
紺色の生地に花柄の浴衣で、大人しめな色合い。彼女に似合っていた。
「綺麗ですよ」
どうせ嘘付いても、綺麗だと言うまで聞かれ続けるのだろう。
そう思って素直に答えると、彼女は満足そうに微笑み隣に並び立つ。
「良かった。恵くんも、似合ってるよ」
腕を組み、俺たちは歩き出す。
「お祭りに来るなんて、恵くんと付き合っていたとき以来ね」
「そうなんですか?」
「ええ、だってお祭りなんて一人で来るような場所じゃないもの。行く相手もいないし、かといって父と一緒に行くような歳でもないし」
前に二人で行ったお祭りを思い出す。
お祭りの規模はこれぐらいだったけど、あんまり記憶に残っていないな。たしか俺も燈子さんもあまりお店を巡らず、数十分で見るのを止めた。だから記憶に残っていないのだろう。
今回もそうなるのかな?
そう思っていると、燈子さんはゆっくりとお店を見ながら歩き続けた。
「恵くん、射的……やってみましょ?」
彼女が指差した射的の屋台。
おもちゃの銃で倒した景品をゲットできるというシンプルな遊び。前回は見向きもしなかったお店だ。
「欲しい景品とかあるんですか?」
「ううん、ないわ」
子供向けの動物のぬいぐるみだったり、絶対に取れそうになさそうなゲーム機、それから何百円かで買えるであろう駄菓子。
子供の頃はお祭りに来たらよく遊んでいたけど、大人になると、ちょっと詐欺っぽく感じる射的の屋台。
「こういうのは雰囲気が大切だから。ほら、とりあえずやってみましょ」
燈子さんに引っ張られお店へ。
一回三百円。
銃にコルクの玉を詰める。
隣に立つ燈子さんが「やるのは初めてね。確かこうやって……」と銃を片手に、景品ぎりぎりまで距離を詰める。
どうやらうさぎのぬいぐるみを狙っているらしい。
大きさは人の顔ぐらいある。たぶんあれを後ろに倒すのは無理な気がする。
「っと!」
こめかみを狙って撃つがビクともしない。
店のおっちゃんも「惜しい!」と笑っている。
取れないと思っているのだろう。
もう一発。
もう一発。
燈子さんはそのぬいぐるみを狙って撃つが、
「……ムリ」
頭を撃ってもビクともしないのだから何度やっても難しい。
燈子さんの持つ玉が無くなり、彼女は俺をジッと見つめる。
「恵くん、アレ取って?」
「え……」
燈子さんに頼まれると、店のおっちゃんや野次馬から歓声が上がる。
綺麗な彼女の頼みを断るなよ、という歓声だろう。
そこまで言われて断れるわけもなく、俺も燈子さんが欲しがっていたうさぎのぬいぐるみを狙うが……。
「ビクともしない……」
まだ一発だけだが、やはりビクともしない。
すると燈子さんがおっちゃんに何か話しかけていた。
銃に玉込めしていて何を話していたのかわからないが、顔を真っ赤にさせたおっちゃんが、狙っていたぬいぐるみの位置を後ろに下げたのがわかった。
「……」
おっちゃんが手を離せばぷらぷらと前後に揺れて後ろに倒れそうなほど、位置が後ろに下がったぬいぐるみ。
「ほら恵くん、あれ取って?」
かなり強引な手段に苦笑いを浮かべながら頷く。
銃口をぬいぐるみのこめかみに合わせて、引き金を引く。
パンッ!
すると、勝手に揺れていたぬいぐるみがポトンと後ろに倒れた。
「凄い、恵くん!」
「……ほとんど燈子さんが取ったようなものですけど?」
「ふふっ、なんのこと? それよりほら、次行きましょ」
手に入れたぬいぐるみを抱きかかえながら歩く燈子さん。
「で、どんな裏技を使ったんですか?」
「ただぬいぐるみを後ろに下げてと頼んだだけよ?」
「なるほど」
頼み方の問題なのだろう。
まあ、こんな綺麗な女性に頼まれたら、世の男なんてコロッと落ちるだろうな。
「そういえば、燈子さんってぬいぐるみとか集める趣味ありましたっけ?」
「ないかな」
「じゃあなんでそれを?」
「言ったでしょ、雰囲気が大事だって。それに恵くんが取ってくれたってことが嬉しいのよ」
ぬいぐるみの頭をなでなでする燈子さん。
まあ、喜んでくれているみたいで良かった。
「でもあれね、初めてやってみたけど射的って詐欺みたいね」
「……」
「恵くんもそう思うでしょ? 景品の駄菓子だって数百円で買えるし、ぬいぐるみはビクともしないし。ゲーム機なんてもっと取れないでしょうね」
「まあ、それを言ったらお祭りのほとんどがそうな気がしますけど」
俺はヨーヨーくじの屋台に目を向けながら苦笑いを浮かべる。
店の前では子供たちが楽しそうに丸いヨーヨーを手に遊んでいた。
「あれで五百円だって」
「高いですね。でも俺も子供の頃、あんな感じで楽しかった記憶あります」
「指に紐を引っかけて、ボンボンってするの?」
「たぶん」
子供の頃は楽しかった記憶がある。
ただそれは、あのヨーヨーが楽しかったわけではなくって、お祭りの時に友達と一緒に取ったから楽しかっただけだ。
「次の日にはあのヨーヨー、存在すら忘れられてるんですけどね」
「ふーん、ねえ、やってみよっか」
ぬいぐるみを抱きながら前を小走りする燈子さん。
その姿はまるで、学生の頃のような子供っぽさがあった。
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