第52話 手を


 小さな子供用プールの中をぐるぐると回る水に、大量の水風船のヨーヨーが流されている。

 糸を垂らしてヨーヨーをすくう子供たち。

 その隣で燈子さんもやってみた。

 何の難しさもなく取れると、出店を離れた燈子さんは俺に視線を向ける。




「ふふっ。これ、五百円だって」




 燈子さんは指に付けたヨーヨーをポンポンと叩きながら笑う。




「お祭り価格ですね」

「普通なら買わないけど、お祭りだったらアリかもね。でもこれ、こういう風に遊ぶので合っているの?」

「たぶん。……というか、これに遊び方とかないですよ。それとあんまり強く叩くと割れて水出ちゃうんで気を付けてくださいね」




 歩きながら、燈子さんはポンポンとヨーヨーを叩く。

 とはいえすぐに飽きたのか、指にはめたゴムを外すと、片手を埋めるヨーヨーをどうしようか悩んでいた。




「あっ」




 そして小さな女の子を見つけると駆け寄った。




「これ、あげる」




 目の前で座りこむ燈子さんの申し出に、女の子は「いいの?」と聞く。

 うんと頷く燈子さん。そして少女はヨーヨーを受け取ると、走って行ってしまった。




「あの子、凄く嬉しそうだったわね」

「子供にとってみれば楽しいおもちゃですから。しかも一回五百円ですからね」

「そうね。私ももう少し子供だったら、あの子みたいに飽きずに楽しめたかしら?」

「さあ、あの子ぐらいの年齢の燈子さんだったら、今と変わらない反応してるかもしれないですよ」

「何よそれ、私が冷めてるって言いたいの?」

「さあ」




 頬を膨らまして拗ねてみせる燈子さん。

 何歳であろうと、燈子さんがヨーヨーで何時間も遊んでいる姿は想像できない。

 とはいえ、そんなこと言うわけにはいかない。だから話を変える。




「そろそろ花火大会が始まるみたいですよ」




 お客さんの列の流れが出店エリアの奥にある河川敷へと向かっていくのが見えた。




「あっ、誤魔化した」

「まあまあ。それよりそろそろ移動した方がいいですよ。毎年、見る場所とか埋まっちゃうみたいですから」




 調べた情報によると、このお祭りのメインは河川敷付近から見える大迫力の花火らしい。

 花火がお祭りの終わりを告げる合図にもなっているということもあって、子供たち以外はほとんど花火大会が始まる数十分前には河川敷へと移動するそうだ。




「何か買って行きますか?」

「どうしよっか。恵くんはお腹空いてる?」

「少しだけ。燈子さんは?」

「私も少しだけ」




 そんなふわふわした会話をしていると、燈子さんがクスクスと笑い出す。




「何か買って行こっか」

「ですね」




 たこ焼き、お好み焼き、そして飲み物。

 二人で出店に並んで食べ物を買っていると。




「あらら、結構人、多くなってきたわね」




 河川敷へと向かう人はさっきよりも多くなっている気がした。




「俺たちも行きましょうか」




 流れに身を任せて移動する。




「ねえ、あそこホテル?」

「だと思いますよ。ここら辺のホテルとかって、お祭り時期の数か月ぐらい前から予約が一杯らしいですよ」

「確かに、あそこの最上階からの眺めは素敵そうだものね」




 河川敷を取り囲むように建てられたホテル。

 最上階である何十階とかだと、さぞ素敵な眺めなのだろう。




「それに、河川敷に向かう大勢の人の列を上から眺めて楽しむのもいいかもしれないわね」

「……」

「ね?」

「まあ、優越感はあるかもですけど」

「恵くん、何か言いたそうね」

「別に何も。もしかして燈子さんも、ホテルから見たかったですか?」




 隣を歩く彼女に問いかけると、すぐに首を左右に振った。




「ううん。もちろんそういうのも一回ぐらいはしてみたいけど、私はこうやって、恵くんの隣を歩く方が好きかな」

「そう、ですか」

「そうなのよ。ねえ、恵くん……」




 隣を歩く燈子さんが、右手を前に伸ばす。




「手、繋がない?」

「え?」




 不意を突かれて変な声が出た。




「手ですか?」

「そう、手。外で手を繋いで歩くのって、あまりしてなかったなって」

「そうでしたっけ……」




 そういえば、そうかもしれない。

 そもそも高校生のときに付き合っていたときも旅行に行ったりはしたけど、あんまり外を歩くことなかったな。

 今思えば燈子さんの体調とかの問題で、自然とそういう流れになったんだろう。


 外を歩くときも腕を組んでとかだったかな。




「手、繋ごう?」




 右手を伸ばした燈子さんに俺は頷き、左手を伸ばす。

 指を絡めて手を繋ぐ。

 肩を触れ合わせ、隣を歩く燈子さんは恥ずかしそうに笑った。




「エッチしてるときに手を繋ぐよりも、なんだか恥ずかしいわね……」




 そう言われると、返事に困る。

 燈子さんの繋いだ手の平に、微かに汗のような湿っぽさを感じた。

 緊張しているんだと思う。




「……なんだか」




 燈子さんは下を見ながら、小さな声を漏らす。




「高校生の恋人、みたいね……」




 小さく漏らした言葉に、俺は「そうですね」と返した。

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