第53話 夢よ覚めないで




 綺麗で鮮やかな花火が真っ暗な空に輝く。


 音を響かせ、客を賑わせる。

 顔を上げて花火を見つめる間は幸せを感じるが、時が流れ、花火の演出が終わるにつれて少しずつ寂しさが生まれる。




「お祭り、終わっちゃったね……」




 最後の花火が夜空に散ると、隣に立つ燈子さんが寂し気な表情で言葉を漏らす。




「ええ」




 笑顔で溢れた客が一組、また一組と帰って行く。




「なんだか、終わっちゃうと少し寂しいわね」

「楽しかった分、それが終わるのはより寂しく感じますね」

「そうね。ずっと続けばいいのに、花火」

「あれ、一発撃つのにめっちゃ金かかりますよ?」

「うーん、私の稼ぎじゃ難しい?」




 俺と燈子さんは宿へ向かって歩き出す。

 隣を歩く彼女は、自然と俺の手を繋ぐ。




「それはね。でも、ああいうのって短いからいいんじゃないですかね? 夏の期間だけ。時間も一瞬。だからこそ綺麗に感じるかなって」

「なるほど、言われてみたらそうかもね」

「夏の風物詩ですから、祭りと花火」

「じゃあ」




 絡めた指に、微かに力が込められた。




「また来年。一緒に見てくれる……?」




 まるで返事を聞くのが怖いみたいに、上目遣いの彼女の表情は少しぎこちない。

 



「はい、俺で良かったら」

「ほんと? じゃ、じゃあ、宿に戻ったら有名な花火大会が開催されるお祭り調べようかしら」

「えっ、来年の話しですよね?」

「そうよ。だってこういうの、調べるのも同じぐらい楽しいんだもの」




 燈子さんはそう言うと、幸せそうな笑顔を浮かべた。


 宿に着くまで彼女は来年のことを楽しみに話していた。

 まだ一年あるのにって言っても、彼女は止めることなく語り続けた。

 そんな表情を見ていたら、自然と俺の表情も明るくなる。




「ふう、お祭り楽しかったわね」




 部屋に戻ると、燈子さんは暗い部屋の明かりを付ける。




「どうしよっか。お風呂にする? それとも……」




 冷蔵庫から水を取り出す俺に、彼女は頬を赤らめ微笑む。

 浴衣姿の彼女にそんなことを言われて、俺はゴクリと唾を飲む。


 ……。


 返事に困っていると、変な間が生まれた。




「ふふ、いやらしいこと考えてる顔」

「別にそんな顔してませんよ」

「そう? 私にはそう見えたけど。だって恵くんの私の浴衣姿見る目、情熱的なんだもの」

「情熱的って」




 そんなに血走ってたか、俺の目。

 だが燈子さんの浴衣姿は綺麗だと思った。そして、もっと見たいと。

 心を読まれたというわけではなく、付き合いからすぐにわかったのだろう。


 なにせ、




「いいよ、もう。このまましても」




 燈子さんも今そういう気分なのを、俺もわかってるから。

 だから後ろから抱き着かれて、俺は拒むことができなかった。

 振り返ると、とろんとした瞳で俺を見つめる彼女は嬉しそうに小さく笑うと、そのまま目を閉じた。


 唇にキスすると、彼女からも求めるようにキスをする。

 お互いにキスを繰り返すと、もうブレーキは効かない。


 気付いていたら床に押し倒していた。

 手を伸ばす彼女は、どこか満足そうだった。




「ほんと、情熱的な目……ううん、野性的の方が正しいわね。普段は優しい恵くんがたまにしてくれるこの目、とても好き。きてっ、恵くん……っ!」




 ──部屋の中の空気が一変する。

 熱気で溢れ、お互いの吐息と彼女の喘ぎ声が響く。

 何回も、何回も何回も、俺は彼女を求めた。彼女もまた、俺を求めた。




「まだ、もっと……お願い、止めないで。もっとして、恵くん」




 まるで彼女は時を止めてと願うように、何度も俺を求めた。


 この二泊三日の旅行が終わらないでほしいと、これからも俺を独り占めしたいと、口には出さないけど繋がるたびにそう言っているようだった……。












 ♦











「忘れ物ない?」

「はい、大丈夫です。というか俺よりも燈子さんの方が心配ですけど」

「私? 私は大丈夫よ、たぶん。もし忘れてたら……その時はその時ね」

「そのことを悩まなくてすむことを願います」




 昼過ぎ。

 車のエンジンをかけると、俺と燈子さんは宿を出た。

 予定では午前中に出発して何か食べに行く予定だったのだが、お互いに起きたのが昼過ぎで、朝ご飯も昼ご飯もまだだ。




「お腹空いたわね」

「ですね。すっかり寝坊しちゃいました」

「恵くんがなかなか寝かせてくれないから」

「……」

「あっ、また『返事に困ります』みたいな反応。あーあ、事実なのに」

「……かもしれませんが、運転中は止めてください」

「興奮して、事故っちゃう?」




 両手でハンドルを握り、視線を真っ直ぐ前に向ける俺を見て、燈子さんが笑っているような気がした。

 というか、視界の端に微かに見えた。




「ところで燈子さん」

「ん?」

「気になってたんですけど、この三日間ちゃんと仕事してました?」




 昼間は燈子さんの行きたいところを観光して。

 夜は一緒に食事して、施設なんかで遊んで、終わったらお酒を呑みながら話して。


 寝る前は……。


 この三日間、基本的に一緒にいることが多かったから仕事をしている姿を見なかった。




「してたわよ」




 だが、燈子さんはすぐ答えた。




「え、本当ですか? いつの間に」

「声の録音以外の細かい作業は恵くんが寝てる時にほとんどしてたもの」

「そうだったんですか」

「ふふん、これがプロなのよ。というより、ちゃんと仕事してこなかったらさすがにマズいのよ。恵くんのこと三日間も拘束しちゃったし、恵くんが会社に怒られちゃう」

「確かに。そういえば、どんなの録ったんですか」

「気になる?」

「まあ……」

「ふふ、恵くんは私のファンだもんね」

「否定はしません。まあ、ドヤ顔してると思うので頷きたくないですが」




 燈子さんは「そういう反応の方が私としては嬉しいけどね」と鼻歌を口ずさむと、スマホを操作する。

 それからすぐ、俺のスマホが音を鳴らす。




「今回録ったデータ、まだ完成品じゃないけど送っておいたわ」

「え、いいんですか?」

「もちろん、だってあなたは私のマネージャーだもの。なんなら、お家でゆっくりと聴いてから、感想や意見を聞かせてね?」

「それはまあ。そういえば、タイトルとか決めてるんですか?」

「これを録る前から決めてたわ」




 燈子さんは「なんてタイトルか聞きたい?」と。

 俺は悩むことなく「もちろん」と答えると、彼女は少し間を空けてから言った。

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