第38話 修学旅行
「温泉旅行って……」
「そう、温泉旅行。本当は一人で行こうと思っていたのだけど、こういう状況だと怖くて……。そこで会社に相談したら、恵くんと一緒に行ったらどうかって」
「会社が、そんなことを許可したんですか?」
俺だって新人だけどマネージャーだ。
彩奈やメイの担当でもある。それを二泊三日……ほぼ休みみたいに自由にさせるなんて、会社が許すわけないと思うんだけど。
「会社にストーカーの件を説明したら了承してくれたわ。私の身に何かあったら大変だからって」
「本当に、快く許可してくれたんですか……?」
苦笑いを浮かべる燈子さん。
「私たちの関係は疑われちゃった。ふふっ、電話越しでもわかるぐらい、相良さんは動揺していたわね」
「それは……」
「まあ、深く聞かれたら誤魔化してね。恵くんも疑われたままだと働きづらいと思うから。それと、恵くんの担当してる他の子たちが心配なら、そこは大丈夫。偶然、その日は配信の予定とかないみたいだから」
「え……?」
「もう、恵くんが担当なのにそこら辺、把握してないの?」
俺は慌てて二人の予定を確認する。
燈子さんが両手で持っているチケットの日付と、二人の予定を確認すると……。
「本当だ、配信の予定がない」
「さすがに他の子たちをほったらかしにして付き合って、なんて言わないわよ。ちゃんと、恵くんが出掛けても問題ない日にちを選んだから」
というわけで、と燈子さんはチケットを俺に見せる。
「二泊三日の温泉旅行……もちろん、仕事として付き合ってくれるわよね?」
仕事として、と言われたら会社も許可してるのに断ることなんてできない。
ただ、勘繰りはしてしまう。
男としての期待感と、何が待ち受けているのかの不安が入り混じる。
♦
それから四日が経った。
二泊三日の温泉旅行へ向かう日の当日。
あれから会社に確認したが、特に何も言われなかった。
というよりも仕事の一貫というような、そんな当たり前のことみたいな扱いをされた。
ただ相良さん曰く、燈子さんが匂わせたらしい。
何をかというと、もしも所属しているタレントに何かあったらどう責任をとるのか、とか、そういったタレントが困っているときに何も対応してくれない会社なんですね、といった話だ。
神宮寺の件でメイが脅しのように使った「契約を解除します」といった文言は使わなかったらしいけど、それを警戒してなのか、何も深くは聞かれず会社から見送られた。
そこについてはいい。
問題なのは、俺が担当する二人についてだ。
彩奈にはただの旅行だと思われたらしく「ゆっくり休んで、楽しんできてね!」と言われたが、メイには旅行について伝えられていない。
これは仕事だから、といえばそうなのだが、それは受けての想像で変わるだろう。それに彼女に伝えられないのは、俺自身に後ろめたさがあるからだろう。
メッセージでの連絡は旅行先であっても細目にするつもりだ。何か問題があったときに対処できるよう。
「荷物の忘れ物はない? まあ、あったら向こうで買えばいいけど」
燈子さんはご機嫌な様子で荷物を確認する。
「燈子さんの仕事道具さえあれば問題ないですよ」
「もう、仕事って言わないで。二泊三日の温泉旅行なんだから、もっとムードを楽しまないと」
「はいはい、わかりました」
「もう、なんか適当!」
「適当じゃないですよ。ただ、子供みたいに浮かれる燈子さんに気後れしてるだけですよ」
いつになくテンションの高い燈子さん。
というよりもここ数日、本当に旅行のことばかり気にしている様子だった。
この観光名所は絶対に見に行きたいだとか、このお店が口コミで人気だったとか。
まるでたった一度の修学旅行へ向かう高校生が計画を立てているようだった。
「ええ、楽しみよ。だってあなたとの久しぶりの旅行デートだもの」
「──ッ!?」
嬉しそうに微笑む燈子さんに、ドキッとしてしまった。
俺は慌てて顔を背け、玄関に置かれた荷物を手に持つ。
「そ、それじゃあ荷物、車に積んできますね」
「うん、ありがとう」
今日の為に借りたレンタカーに荷物を積み込む。
一応だが、今回の件については黒鉄にも伝えた。
車で、それも都会から離れるのだから、ストーカーの心配はしなくてもいいだろう。
だが、もしもの可能性を考えてだ。
「何も無ければいいけど……」
今回の旅行については会社の人と黒鉄しか知らない。
そんな旅先で何かあれば、きっと俺は燈子さんに聞かなければいけないだろう。
──あのストーカーは誰なのか。そして何を考えているのかを。
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