三章 ~ねえ、私の彼を盗らないでくれる?
第61話 ずっと我慢してきた
恵が大好き。
優しくて、面白くて、かっこよくて、側にいると心が落ち着く。
あの時、あんな別れ方をしたのに恵は私の背中を押してくれた。
涙を流しながら「いってらっしゃい」って、優しい声で言ってくれた。
だけど私は、彼の応援に応えられなかった。
頑張ろうって。
贅沢なんて一切、望まなかった。
毎日毎日、安い食材とか半額のモノばかり食べた。
同級生が教室でお菓子を食べているのを見て「あれ、今日の私の夜ご飯代と同じ値段だな」って、惨めな気持ちになりながらもずっと我慢した。
高校に通いながら、モデルのレッスンをして。
レッスンやオーディションが無い放課後や土日はずっとバイト。
それでも時間が無いから朝は新聞配達のバイトをした。
新聞配達のおじさんに「若いのに大変だね、なんだったら相談に乗るから、なんでも言ってね?」と貧しい子を見るように、下心丸出しの誘いを何度もされた。
その度に惨めな気持ちになって、何度も挫けそうになった。
だけど、だけど、だけど。
恵が背中を押してくれた。その想いを踏みにじらないように、いつか恵に「モデルになったよ!」って報告したいから、ずっと我慢してきた。
そんな生活を三年続けた。
どれだけオーディションを受けただろう。
どれだけモデルとしての仕事をさせてもらえただろう。
びっしりと埋められたスケジュール帳。
埋まったスケジュールは全て友達と遊んだりバイトをしたりの予定。
青春とバイト。
レッスンとオーディション。
気付いたら大切だった比率は変わっていた。
私はいつからか、夢を見るのが嫌になった。
美味しい物を食べて、可愛い服を着て、年相応の女子高校生としての青春を謳歌したいという欲に負けた。
どうしてこうなってしまったのだろう。
たぶんきっかけは、友達に誘われて初めてファミレスに行ったとかだったと思う。
今までは断っていた。レッスンとオーディションがあるからって、生活する為にバイトしないといけないからって。
だけどその時は精神的に病んでいた時期で、誘惑に負けた。
友達とくだらない話をして、美味しい物を食べて、ずっと我慢していたいろんなものから解放された。
一度、美味しい経験をしてしまうと人は堕落する。
今までは断っていた友達と遊ぶ行為も、少しずつ、少しずつ、その回数が増えていった。
そうなるとどうしてもお金がいる。
今まではバイト費用のほとんどをモデルになる為に使っていた。
気付くとそのお金は友達と遊んだり、欲しい服を買ったり、美味しい物を食べるのに使うようになった。
こうして、私は大切だった夢を戸棚のずっと奥底に押し込んで、扉を開けないように背を向けた。
理想を捨て、現実を受け入れた。
それでもほんの少し、理想を諦められない気持ちが残っていたのだろう。
自然とメイクやファッション関係の配信者になっていた。
自分がなれなかったモデルに、これを見た誰かがなってくれたらいいなって……そう、思ってなのかな。
それからは余計なことを考えられなくなるぐらいたくさん
大勢のリスナーさんのお陰で学生時代では考えられないぐらいのお給料をもらえるようになった。
モデルという夢は諦めた。
自分にはその才能が無かったんだって。
それは納得した。未練は少しはあっても、そこまで大きな未練はない。
──いま、私は幸せですか?
はい、幸せです。
好きな物を食べ、着たい服を着て、いいお家に住んで。大勢のファンがいる。
──いま、私は幸せですか?
幸せです。
モデルにはなれなかったけど、今まで我慢してきたもの全て手に入ったから。
──いま、本当に幸せですか?
幸せだって言ってるでしょ!?
お金も欲望も、私が望む全ての幸せを掴んだ。
他に欲しいものなんて何も!
──本当に何も無い?
……ああ、そうか。
私がずっと欲しがっていたものが、まだ手に入ってなかった。
どうして忘れていたんだろう。モデルという夢は他のことで代えられた。だけどこれだけは他のなんにでも代えができないのに、どうして忘れていたんだろう。
──いま、私は幸せですか?
♦
「ええ、幸せよ。だって私が一番欲しかったのはあなただもの……ねえ、恵?」
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