第4話 裏の顔


※主人公が「」と『』で会話を始めることがあります。

 それについては「」が現実の主人公で、『』が心の中にいる”もう一人の自分”のようなものだと思ってください。





 ♦








【彩奈ちゃんねる】


 という名前の彩奈の配信は、主に美容やメイク、それにファッションなんかをメインに取り上げているチャンネルだ。


 視聴者の男女比は九割が女性。残りの一割も美容やファッションなどを勉強するために視聴している男性で、顔出しをしているが”異性として好き”という感情は無いらしい。


 ──が、女性ファンから向けられる感情の中には”異性以上に愛おしい存在”といった、まるで妹がお姉様に向けた感情もある。

 美しい女性への憧れ、尊敬、といったものだろう。

 それに関して不満はなく、そういった感情を向けてくれるのは素直に嬉しいと彩奈は言う。




「ただ、少し過激なファンの人もいて……」




 配信内容や配信を行う時間帯などを確認していると、彩奈は難しそうな表情を浮かべながら自分のスマホを俺に見せる。


 それはSNSのメッセージ画面だった。


 表示されていたのは軽い挨拶から始まり、自分がどれだけ彩奈のことが好きかを書き記した後──自分の願望を押し付ける内容だった。




「えっと『今後、オフ会を開く予定はありますでしょうか?』『普段はどんな服装をしてますでしょうか?』『どこに住んでいるでしょうか?』か……」




 今では有名人と同等の扱いとなっている配信者という職業。

 正直なところ、これぐらいならあるかなと思っていた。




「こういったのは、まだかわいい方で……」



 彩奈は他のファンから貰ったメッセージを見せてくれた。


 その内容は、本気で彩奈を慕っているファンからのメッセージだった。


 どこが好きとか、あなたの配信を見て元気が出ましたとか。

 呼んでいくと、ああ、こんなメッセージをファンから貰ったら嬉しいだろうなと感じた。

 が、メッセージを見ていくにつれ、内容がかなりおぞましいものに変わっていった。



『昨夜の配信の34分12秒でスマホが鳴っていました。配信では仕事のメールと言っていましたが、本当でしょうか? お付き合いしている男性ではないのでしょうか? もしそうなら悲しいです。もちろん異性とお付き合いするのは彩奈様の勝手ですが、それを隠したということは、やましいことがあるということですよね? もしそうならお別れすることをオススメします。それと最近は咳をすることも増え、少し表情も疲れているように感じます。それも交際している男性との──』



 と、長々と文面は続いていた。


 しかも前半のかわいらしいファンのコメントよりも、後半のおぞましい内容

の方が文字数が多い。




「これは、きついな」


「一回や二回なら、まだいいんだけどね。他にもこんなのが……」


「……うわ。もしかして、この手のメッセージって何度も送られてるのか?」




 彩奈は小さく頷いた。

 こんな内容のメッセージが何通もか。




「これ、相良さんに相談は?」


「した。だけど無視しろって。言い返せば余計に酷くなるから」


「だろうな。この人の文章を見るかぎり、彩奈のことが好きで好きで心酔してるイメージがある。それが悪化してか、妄想癖まで付いてるように感じる。そんな相手に反論すれば、余計な勘繰りをして妄言をSNSで発信しそうだ」




 お付き合いしている異性はいません。


 そう返しても、このメッセージを送ってくれたファンは『そうやってお付き合いしている男性に言えって脅されてるんですよね!?』と、新たな想像を口にして、そのメッセージを無視すれば、今度は違う手段を使う可能性が高い気がする。


 だからたぶん、相良さんも無視するように言ったのだろう。




「人気が上がるにつれ、そういうファンも増えて……。最近は少し疲れてきちゃって」




 モチベーションを上げてくれる。

 その人の活動を応援してくれる。

 そんなポジティブな人物だけがファンではない。


 自分の考えや欲望を押し付けるファンだっている。

 しかもそれの何が悪いかって、相手が嫌がってると聞かされるまで、自分のしていることが”良いこと”だって、自分は彼女の為に”アドバイスしてあげているだけ”だと思って押し付けてくるところだろう。




「彩奈、もう一度だけその送ってきた相手のアカウント見せてくれないか? それと、他にもこういうことを送ってくるアカウントとかあったら見せてくれ」


「え、いいけど、どうするの……?」


「まあ、対処できたらなって。無理かもしれないけど、言われっぱなしだとストレス溜まるだろ?」


「そうだけど……。大丈夫なの?」




 大丈夫なのか、というのは、そんなことして問題にならないか、という意味だろう。




「対処できるかはわからないけど、やれるだけやってみたいんだ。こういうメッセージをもらって悲しまない人はいない。彩奈だってそうだろ? それに、頑張ってる人が泣き寝入りするなんてバカげてる」


「恵……」


「これからは二人三脚で頑張っていくんだから。何かあったらすぐ言ってくれ」




 そう伝えると、彩奈は大きく頷く。


 俺は彼女の隣に座り、彩奈宛に届いた悪意のあるSNSを見せてもらった。

 先程のようにファンから届くメッセージもあったが、中には絶対にファンではないであろうアンチからの誹謗中傷のメッセージも多く送られてきていた。


 これなら、いけるか……。


 そんなことを考えていると、彩奈と目が合った。




「よく、こんなメッセージを一人で受け止めていたな」


「だって、相良さんに相談しても事務的なことしか言ってくれないから。……他に、相談できる人いないから」


「そうか。だけどこれからは俺を頼ってくれ。これでもそこそこの大学を出たから、そこそこの学はあるからな」


「ぷっ、なにそれ、そこそこしかないじゃん」


「そこそこあればいいんだよ」




 この家へ来たときよりも、少しだけ彩奈の表情は明るくなった気がする。


 おそらく、これまで配信者として活動していく中で味方になってくれる者はいなかったのだろう。

 マネージャー的存在である相良さんも、この件を対応すれば絶対に大事になると考え、問題を起こしたくなくて、彩奈にこの件は無視するようにと言いきかせたのだろう。


 その対応を、彩奈は”事務的”だと感じた。

 だから彼女は”自分は一人ぼっちなんだ”と思ってしまい、ずっと一人で悩みを抱え続け、苦しんでいたのだろう。

 



「恵って、昔と何も変わらないね」


「何がだ?」


「優しいところ。恵が側にいてくれて、なんだか安心する……」




 彩奈は俺の肩に頭を乗せる。

 微かに感じる甘い香りと、彼女の熱。




「ずっと、ストレスを溜めてきたんだな。休みの日とか何しているんだ? 趣味とかできたか?」


「ううん、ない。東京に来てから、モデルになるためレッスンとオーディションばっかで、空いてる時間はずっとバイトだったから、友達もできなくて」


「そうか。じゃあ、配信を始めてからもずっと一人で?」


「うん。辛くても、ずっと一人で頑張ってきたの」




 そして、少しの沈黙が生まれ。




「私からも、質問……。恵って、今さ……付き合ってる人とか、いるの?」


「いや、いないよ」




 彩奈に聞かれ、俺はすぐに答えた。




「へえ、そうなんだ……」




 彩奈はそれから、何も言わなかった。

 ただ表情は少しだけ嬉しそうにしているようだった。










 ♦











 それから少し話して、俺は彩奈の暮らすマンションを出た。




「少し相談してみるか」




 大学時代に知り合った”仲の良い弁護士”へと連絡を入れる。




『彼女はいるの? ねえ……。あれは確実に、よりを戻したいって意味だよな』


「……」


『久しぶりに再会して、彩奈もすっかりいい女になったな』




 自宅へと帰る途中、自分の中に潜む醜い一面が勝手に話し始める。




『休みの日は出掛けない、趣味もない。東京に来て友達もいないってことは彼氏はいない。親しい異性の友人もいない。今回の女は簡単に堕とせそうだな……?』


「……黙れ」


『それを知る為に聞いたんだろ? いまさら聖人アピールすんなよ。それに、彩奈は今やお前の大好きな”超人気者の女”だ。そんな女を裏で──』


「黙れッ!」




 誰もいない歩道で叫んでしまった。

 ハッ、と我に帰り、周囲に誰もいないことを確認して俺は早足で自宅へと向かう。


 もう、あの頃の自分には戻らない。

 もう、あんな最低な男になんて戻らない。


 彩奈の仕事を手伝う。

 優しくて、頼りがいのある幼馴染の俺が。


 そして、そして、そして──




『あの子みたいに、お前無しでは生きられないよう依存させるんだろ?』




 心臓が大きく鳴ると同時に、スマートフォンが鳴る。


 額に流れる汗を拭い、スマートフォンを取る。相良さんからの着信だった。




「もしもし、橘です」


『あっ、橘くん。申し訳ないんだけど、君に頼みがあって……』




 相良さんは謝りを入れてから本題を言った。




『君にもう二人、所属する女性タレントさんを担当してほしいんだ』


「もう二人、ですか……わかりました、自分で良ければ」


『本当かい、ありがとう。それで──』




 スマートフォンを耳に付けている自分が”今どんな顔をしているのか”、それを知るのが怖かった。





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