第82話 自分の普通は他人の普通じゃない
タクシーでの移動。
今日も、メイからはっきりとした目的地は教えてもらっていない。
ただ運転手さんに伝えた目的地から、なんとなく街の方に向かってるのだけはわかった。
そんな道中。
運転手さんとバックミラー越しに目が合った。
しかも何度も。僕と彼女の関係を気にしているのだろう。
そんなの僕が知りたい。ただ、タクシーに乗ってから僕もメイもずっと黙ってるから、危ない関係を想像されていそうだ。
気まずくて窓の外を眺める。
病院の近くでは感じない、眩しすぎる光。
病室からよく見えていた星も大きなビルたちに隠れて見えない。
「着きましたよ」
メイが僕を連れて来たかった場所は、大勢の人がいる街中だった。
タクシーを降りて辺りを見渡す。
「なんだか先輩、田舎から出てきて初めて都会に来た人みたいですよ?」
「え、ああ、ごめん。凄い人の数で面食らって」
立ち止まってたら肩がぶつかりそうになる。
そんな人の波を避けていると、メイがくすくすと笑いながら僕へと手を伸ばす。
「大きな子供ができたみたいです」
「ごめん……」
「くすっ、謝らなくていいのに。ほら、行きましょ」
手を繋がれて道を歩く。
引っ張られているというのが恥ずかしくて、歩く速度を上げて隣を歩く。
どうして手を振りほどくって判断が頭をよぎらなかったのだろう?
それはたぶん、メイの手のひらや絡めた指から伝わってくる熱が心地よかったからだと思う。
肌寒い風を感じさせない、彼女の小さな手が。
「どこまで話したか、覚えてますか?」
「え、話したって何を?」
「昨日のことです」
「ああ、たしか大学前で会って……」
「大勢の大学生にナンパされてるメイが、その群れを振りほどいて先輩だけに声をかけた話です」
「……」
「あの場にいた全員、先輩に嫉妬してましたよ? 制服姿のメイとこれからデートするって思われてましたから」
返事に困ることを言われると、つい顔を外に向けて黙ってしまう。
そんな反応を僕が見せると、メイが繋いだ手の指に力を込める。
「想像しました?」
「別に」
「じゃあ興奮しました?」
「なんでそうなるの。そんなわけないだろ」
「えー、本当ですか? じゃあ、なんで勃ってるんですか?」
「え!?」
慌てて股間に目を向けるが変化はない。
「嘘です」
「勘弁してよ」
「ごめんなさい。でも、少し反応したんじゃないですか?」
「何を馬鹿な」
「くすっ。じゃあ、そういうことにしてあげます」
「そういうことじゃなくって……。で、大学を離れてどうなったの?」
このままからかわれていたら情けない姿を見せるかもしれないと思い、話を戻すことに。
「街デートをしました。それはもう、絵に描いたような普通のデートでした。お互いに自己紹介して、一緒にご飯を食べて、ゲームセンターで遊んで」
「凄い普通だね」
「はい。デート中の先輩はずっと優しくて、話しも尽きなくて、よく笑ってくれて」
どうやら当時の僕は上手くエスコートできていたらしい。
「凄く凄く……」
そう思った。
だけどメイはくすくすと笑いながら、
「──何処にでもいる普通の、退屈な人でした」
「え……?」
聞き間違いかと思った。
だけど確かに彼女は言った。
「あっ、着きましたよ!」
どういうことか頭が追い付かないまま目的地に到着した。
目の前には大きなビル。
様々な色に輝く文字に、微かに建物の中から音楽が聞こえる。
「ここ、メイが地下アイドル時代を過ごした場所なんです」
そう言って連れて行かれる。
さっきメイが言ったことがまだ頭から離れない。
それでも強引に連れられると、僕の気のせいだった、何かの言い間違いだと忘れさせようとしてくる。
あんなかわいい笑顔で僕のことを”退屈な人”だなんて言うはずがない。
そう結論付けた僕はメイに手を引っ張られて階段を降りて行く。
一階は明るい雰囲気だったのに、地下へと続く階段を降りていくとどんどん薄暗くなっていく。
入口であろう重い扉を開けると、暗いのに慣れた目に明るい光が当てられる。
「うっ……」
耳を塞ぎたくなるほどの音楽と歌声と歓声。
静かな病院で毎日を送っていたから、そのどれもが辛く感じる。
「大丈夫ですか?」
耳元で聞かれ、なんとか頷く。
「ごめんなさい、やっぱり出ましょうか」
少し寂し気な表情で言われた。
この光景を見せて、メイがここで活躍していた頃の記憶を思い出してほしかったんだろうか。
僕も「ごめん」と謝り、賑わう光景と音を記憶に残して外へ出る。
「ごめんなさい、先輩。辛かったですよね」
「少しね。でも、凄い賑わってたね。いつもこんな感じなの?」
「いえ、今日はいろんなアイドルグループが参加するイベントの日らしくて、多くのお客さんが来てるみたいです。いつもは見てくれるお客さんが少ないグループも、他のグループのファンが来るからって張り切るんです」
「新規のお客さんを取り込むため?」
「そうですそうです。普通に活動してても、地下アイドルに興味ないファンを取り込むのは難しいですから、新しいファンの獲得はなかなか。なので小さいコミュニティ内でファンの取り合いです。それはもう、女の嫌な部分全開の醜い戦いです」
「それって……」
「聞きたいですか?」
にこりとかわいい顔で微笑まれ、僕は首を左右に振る。
「残念。もし聞いてくれたら、先輩が持ってるかもしれない夢と理想を粉々にぶち壊して、わからせてあげられたのに」
「そういうのは知らない方がいいね。ってことは、メイも?」
「さあ、どうでしょう。気になりますか?」
「いや、怖いから聞かないでおくよ」
「くすくす。メイはそういうのに無縁でした。ここでのメイ、アイドル活動は本当にやる気ありませんでしたから」
「え、そうなの? でも、元人気アイドルだったって」
「それはここを辞めてからです」
ビルを出て街中をふらつく。
夜の9時過ぎ。隣には制服姿の彼女。
いろんな意味でそれなりに視線を浴びる。
「辞めるきっかけは先輩ですよ」
「僕?」
自然と彼女の手が僕の手に伸び、腕が組まれる。
「あの日、退屈なデートが終わってそのまま、先輩のことを公演に誘ったんです」
今度ははっきりと退屈なデートと言われた。
どうしてこんなにも急に辛辣な言葉を使うようになったのかわからない。
彼女はそのことを気にもせず言葉を続けた。
「会うのもこれで最後かなって。メイが先輩に感じた他の人とは違う雰囲気は気のせいだったって、そう思ったんです。それで公演を終わってメイは聞きました。『どうでしたか?』って。そしたら先輩、『可愛かったよ』って、やっぱり普通の返事をしました。だから『そうですか』って。そこで終わらせようと思ったんです」
淡々と話すメイの表情に感情はない。
声色も変わらず、本心からここで過去の僕と終わりにしようと考えてたのが伝わった。
「でも」
だけど。
メイは頬を赤らめ、嬉しそうに笑った。
「先輩は笑いながらメイに言ったんです。『退屈だった』って」
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