第3話 お見合い相手は……
爺ちゃんからの着信は、『見合い』が用件で。
『秀一、お前もいい加減に結婚相手を定めぃよ?』
「いい加減、ってさー。俺、まだ十七だぜ?」
『この夏で一八だろうが、もうそろそろ時間切れだと諦めぃ』
このやり取りも、何度目だろうか。
無駄に古くから受け継がれている我が九条家の家訓として、『結婚出来る年齢になれば速やかに結婚しなければならない』というクソッタレなものがあるのだ。
たぶん、変な遊びとか覚える前に身を固めろってことなんだろうけど……時代錯誤も甚だしい。
『それとも、彼女の一人でもいるのか?』
「……まぁ、いないけどさ」
それどころか、人間不信を拗らせた結果友人の一人さえ存在しないわけである。
『言うておくが、結婚するまで家督は譲らんからな?』
「わかってるって」
古臭い因習はマジでクソッタレだけど、家族や家のことは大切に思ってる。
本家長男の俺が継がないとなれば、家督争いが勃発しかねないからな……でも、だからこそ爺ちゃんも父さんも俺に継がせたいはずだ。
それに、家督を継ぐとしてもまだまだ先。
まさか十八歳の誕生日に結婚しなきゃいきなり勘当ってこともしないだろうし、遅滞戦術で粘って上手い落とし所を見つけられないだろうか……と画策中なのである。
『今回はもう、先方と顔合わせの場まで詰めてある。今から断るのも失礼だ、とにかく会うだけでも会え』
「ちょっ……」
そんな、勝手に……とは思うものの。
「……わかったよ、会うだけな」
まぁ、こっちも多少の譲歩は必要か……と思い、渋々了承する。
『あぁ、それでいい』
電話越しに、爺ちゃんの満足げな様子が伝わってくる。
『それだけで……な』
「ん……?」
最後に妙に意味深な言葉を残し、その件について俺が尋ねる前に電話は切れた。
「何なんだ……?」
若干気にはなったものの、リダイヤルする程のものでもなく。
適当な爺ちゃんのことだしどうせ何かそれっぽいことを言いたかっただけだろう、と判断してすぐに頭の中から消えていった。
◆ ◆ ◆
そして、数日後。
どんな人だろうとどうせ断るんだから、時間使って貰うだけ相手に申し訳ないよな……と、気の進まないまま会場入りし。
爺ちゃん、その向かい側に先方のお母様らしき方、そして俺とお見合い相手がその隣で向かい合う形で座る。
「どうも初めまして、九じょ……ぅ?」
とりあえず愛想笑いを浮かべての自己紹介は、知らず途中から消え入ることになった。
彼女の姿を正面からしっかりと見た瞬間、全ての意識を奪われてしまったから。
意思の強さが垣間見える瞳、整った鼻梁に桜色の唇と、奇跡のように美しいバランスだ。
やや茶味がかった髪は上品にまとめ上げられ、藍色の着物によく映えている。
視線を引き込む引力でも纏っているかのように、彼女から視線を外すことが出来なかった。
こんなこと、人生で初めてだ。
いくら美人とはいえ……まさか、一目惚れだとでも……?
「あっ……れ?」
いや……違う。
ようやく、気付くことが出来た。
この胸に生じているのは、この心臓の高鳴りが示しているのは……たぶん、恋愛的なそれじゃなくて。
俺の知る姿とは随分と……本当に滅茶苦茶印象が変わってるけど、間違いない。
顔立ち? 雰囲気? 何を根拠にしているのか自分でもわからないけど、ただ確信だけがあった。
「……ゆーくん、だよな?」
幼い日に別れた、親友のあだ名で呼びかける。
「……これはビックリ」
すると、彼女は言葉通り目を丸くして驚きを表現した。
「まさか、一目で見抜かれるとは……流石は秀くん。サプライズ失敗だね」
「や、めっちゃサプライズされてるっての! だってお前、おと……!」
男じゃなかったのかよ!?
そう叫びたくなるのを、どうにか堪えた。
かつて毎日のように一緒に遊んでいた親友、『ゆーくん』。
俺の最初で最後の友人は髪も短くヤンチャ坊主って感じの風貌だったから、てっきり男の子だと思い込んでいた。
とはいえ、流石に本人を前に「男だと思ってた」って言うのは失礼すぎるし……。
「おと、音沙汰も全くなかったのに、今日はどうしたんだ?」
「うん、実は秀くんとお見合いをしに来たんだよ」
「うん? うん、あぁ、そうか、それはそうだな、うん」
いかん、動揺して頭がイマイチ働いてない……!
「おやおや、二人が知り合いだったとはな?」
「チッ……!」
隣でニマニマと笑いながら白々しいことを言う爺ちゃんを、舌打ち混じりに睨みつける。
相手の素性を調べてないわけがないし、昔のことも当然わかってるはずだ。
いやまぁ、これに関しては事前に相手を確認しなかった俺の落ち度だけどさ……どうせ断るからと思って、写真さえ見てなかった。
とはいえ、爺ちゃんは俺が確認しないことまで計算尽くな気がするけど……。
「それなら二人、積もるお話もあるんじゃない? 堅苦しい挨拶なんかは無しにして、ゆっくりと語らいなさいな」
俺の斜向い、ゆーくんのお母様もまた白々しくそんなことを提案する。
「おぅ、そうしなさいそうしなさい。それでは、邪魔な保護者は退席するとしよう」
目配せを交わし合って、爺ちゃんとゆーくんのお母様は腰を上げてさっさと退出しまった。
このスムーズさ、たぶん最初からこうする算段だったんだな……。
「あー、えーと……」
見知らぬ美少女……いや、見知った美少女? 美少女になった見知った親友? と、いきなり二人きりというこの状況……人生で初めてすぎて、何を言えばいいのか正解がわからない。
「どうも、九条秀一です」
とりあえず、さっき言い損ねた自己紹介を口にしてみた。
「ふふっ、知ってる」
「……そりゃそうだわな」
クスクスと上品なゆーくんの微笑みも、かつてあけすけに笑っていた頃とはだいぶ印象が異なる。
「それじゃ、私も改めて……烏丸唯華です、よろしくね」
一方のゆーくん……唯華さんは、自らの胸を手の平で指しながらペコリと頭を下げて。
「あ、はい……よろしくどうぞ?」
俺は、どうにも間抜けな面で頭を下げ返すのが精一杯なのだった。
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